【第六十六話】その男達、異常を知る

 ――不気味な目は消えない。

 

「何分歩いた」


「十五分」


「数が減った気がしないな」


 浮浪者自体は一喜が認識している以上に世良達の方が数を知っている。

 物資探しは常に競争だ。今日来ている人間の数が多ければ多い程に急がなければならない。

 把握しておくのは大事だ。特に危険な存在が居るとなれば、最悪は拠点で引き篭もっていた方が良い。

 先に情報を手にして、それに対して一日の方針を決める。今日もそれは変わらない筈で、しかし浮浪者の数は明らかに増えていた。

 今の時点では化け物らしい化け物の姿は無い。今居る者達は全て、言ってしまえば一喜がメタルヴァンガードになれば余裕で解決出来る状況だ。

 だが、三人はそれを頭に浮かべはしても言いはしない。過剰であるし、何よりまだ三人はこの不気味さの正体を掴んでいないのだから。


「おい、キャンプの中にはこんな目をした勢力が居るのか?」


「悪漢の勢力自体はあるにはあったが、それも最近になって減った。 あんたが殺したお蔭でな」


「無いとは言えないが、しかしこの数は異常だ」


 烈達に被害を与えていた悪漢は、キャンプ内で力のある勢力の頭領をしていた。

 それが死んだことで悪漢達の勢いは間違いなく止まり、今では逆に衰退に天秤が傾き始めている。

 つまり、増えることなど有りはしない。これで増えるとなれば、キャンプ内の人間の思惑だとは考え難い。

 特に運営側。班目は一喜に死ぬ一歩手前まで追い込まれ、結果的に見逃す形となって生還している。他のメンバーも何とか生き残り、もう二度と関わり合いになりたくないと思考しているだろう。

 いや、一喜は確信している。圧倒的な暴力の前では負け犬は腹を見せるしかなく、それでもなお復讐するのであれば時期を見定める。

 

 この段階で動くのは尚早も尚早。であれば、やはり外部の人間が何かをしていると見るべきだ。

 その何かの正体を見つけないことには安心は出来ない。接近の隙を伺う彼等に注意を払いつつ、その足で彼等の活動範囲を確認していた。

 十五分が過ぎ、三十分が過ぎ、一時間が過ぎる。

 なるべく街の外に向けて足を動かし、一時間が経過する頃で漸く人の数が目に見える形で減少していた。

 しかし、減少したとしても零になった訳ではない。更に外を目指して歩くことも出来るが、一喜達はこれ以上は無駄だと適当な廃墟ビルに入った。


 転がっている三脚の椅子を立て直し、三角になるよう座って顔を見合わせる。

 揃って顔には苦味が入っていた。歩いただけで全てが解った訳ではないが、それでも歩いて周囲を見ることは多くを三人に与えてくれる。

 

「一定方向だけを歩いたから確定とは言い難いが……」


「――恐らくは街中に人員が配置されている」


「奴等が何かを待っているのは明白だ」


 世良の配置に二人は頷く。

 キャンプの人間ではないかもしれないと一喜は思ったが、歩いたことでそれは違うと確信した。

 彼等はキャンプの人間だ。それを班目とは違う別の誰かが操作している。

 彼等を唆して街中に人間を配置し、そこで何かを探っていた。今回一喜に接触した浮浪者のような男は我慢が出来ずに話しかけ、これが原因となって三人が気付くことになった。

 仮にあれが無ければ一喜達は無視をしていただろう。空気が違うとまでは思っても、それは周りに人が居たからだと軽く考えるに留めていた。

 

「奴等が何を探しているのかは、これまでの出来事を振り返ればある程度数が絞れるな」


「その中でも確率が高いのは……やっぱり俺か」


 一喜は溜息を零す。

 想像出来る範囲の中で、最も確率が高いのは一喜の戦闘だ。

 今のところ全戦全勝。怪物の不敗神話は無かったものの、圧倒的な強者を前に真正面から潰すことに成功している。

 その情報を聞き、何処かの勢力が調査に来た。その勢力は此処に初めて訪れたので、現地民の協力を仰いだ。

 班目達もこの件は知っていると見て良い。流石に大規模な人員導入が起これば、班目にまで話が行っている筈である。

 その上で静止をしなかったのであれば――――やって来た相手は班目達の同類の線が濃厚だ。


「戦いを想定しておく必要があるってことか」


「犬やトンボは予め警戒ラインを決めてあるから、そこに侵入する場合や破壊しようとする存在が居れば近くの個体が此方に寄って来る。 いざという時はそっちを頼ってくれれば逃走経路の確保くらいは可能な筈だ」


「となると、私達が今しなければならないのは……」


 土地探しをしている場合ではないのは確実。

 必然、先ずは原因を探って止めるのが最善の行動となる。その為に三人がしなければならないのは、土地の完全制圧だ。

 これから彼等にとって過ごしやすい環境を構築したいのであれば、邪魔な存在に用は無い。仮にそれがどんな強大な怪物相手であってでも、人類が人類として生きていきたいのであれば誰かが再建を謳わねばならない。

 それをするのにはこの三人は役不足だろう。故に、三人が求めるのは居場所を作ることだけ。

 求めた平穏の為にも、不穏の種は残さず排除する。

 

「キャンプに行こう。 班目達に会いたくはないがな」


「激しく同意。 クソッタレな面は私も見たくはないよ」


 嫌な記憶に眉を顰めつつ、重々しく腰を持ち上げて一喜達はキャンプへの道を一直線に進む。

 進めば進む程に人は増え、やはりというべきかキャンプとの距離が近くなると更に多くの人間が見える。

 彼等は皆一様に物資を探す素振りをしつつ、時折視線をずらして一喜達を見ていた。

 老若男女問わず。共通項があるとすれば皆痩せ細っていることくらいだ。

 その様を見れば、如何に彼等が協力しているのかが解る。結局、彼等は食料をくれる誰かに対して容易に尻尾を振るのだ。そこに裏切りという意識は無い。

 欲しいものをくれるなら、彼等はそちらに味方する。

 特に今回は彼等の欲望を利用して動かした形なのだろう。


 最初に見掛けた時よりも増していく視線の数々を煩わしく感じつつ、キャンプ近くにまで到達した彼等はそこで一旦足を止める。

 途中からは人の質が変化し、悪漢だったろう者達が一喜達を不気味な笑みでもって眺めていた。

 探すような真似はしていない。他よりも筋肉質な身体は大胆にも瓦礫の上で静止している。腕を組んでいる様子から隠す気も無い。

 

「……なんなんだろうな、これ」


「解ることがあるとすれば……利用されてる奴等は大概馬鹿だってことだけだな」


「脳筋に考える頭なんて無いだろ」


 十黄と世良のさらっとした煽りに悪漢は憤怒の形相を向けるが、そこで手を出すことも罵倒をすることも無い。

 それをしないことも報酬を貰う条件となっているのだ。確約されていなければ悪漢は絶対に途中で手を出してくる筈で、それでも悪人が悪果をしない事実に世良と十黄は薄ら寒いものを感じる。

 班目達は管理を半ば放棄する形だった。それが原因で悪漢達は独自の集まりを作り、一喜によって核に該当する部分を破壊されている。

 

 今の悪漢達は散り散りの少数戦力のようなもので、纏めてくれる新しい頭が居なければ結局元通りにはなれない。

 しかし、今正に彼等は纏まろうとしている。それは悪漢だけでなく他の普通の者達も巻き込み、一つの大きな組織として機能しようとしていた。

 それが出来るだけの人間を世良と十黄は一喜以外には知らない。

 本当に新しい化け物が運営の頭として就任したのではないか。

 新しい化け物が此方を探しているのではないか。

 嫌な予感は消えてはくれず、出来ることならば最悪の結果にならないことを望むしかない。

 

 万が一は。

 そう考えた時、世良はズボンのポケットを手で掴んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る