【第六十四話】その男、街を歩く
「そんじゃ、早速全員動いてくれ」
手を二回叩く。それに合わせ、全ての黒光りする機械群が一斉に動き出した。
ドラゴンフライは倉庫街全体を、クレイジードックは街の全てに、ボックススパイダーは近場の崩壊した建物に。
全てが消えていくのは早かった。子供組や世良達はその光景を半分呆然としたまま見つめ、何だこれはと内心で呟く。
されど、一喜が一際大きく手を叩くことで意識を元に戻した。
皆の顔が一斉に一喜の方を向き、当の本人は悪戯が成功したような笑みを見せる。
そういう顔が見たかったのだと表情は語り、正しくその通りになった子供達は凄い凄いと一喜に駆け寄った。
あれは一体どうやって動いているのか。もっと色々な機械があるのか。
「落ち着け落ち着け。 今用意出来るのはあれで全部だ。 暫くは増やしたりは出来ないよ」
「まぁ、そうだろうな」
先程の光景を見つつ、一喜の言葉に十黄が肯定を返す。
世良も頷き、高校生組は子供達程幼くはない事で一喜が用意した品がとんでもない物であると生唾を飲んだ。
自律式であることは先に見たが、命令一つで全ての機械が勝手に作業に入った。
まるでそれしか出来ないことを知っているかのように。そして実際、あの機械のAIにはそれしか刻まれてはいないのだろう。
どれか一点に絞った結果、僅かな指示でも彼等は動き出せる。それは緊急的な状況であれば頼もしいものだ。
「で、大藤さん。 次はあれをやるのか?」
「ああ。 食料探しと並行してやってもらえると助かる」
「解った。 でかい物なら人手も必要だろうから、立道達も行くぞ」
「良いですけど……何があるんですか?」
「夏休みの自由研究を拡大させたようなもんだ」
「?」
それじゃ解らんだろと世良がツッコみ、そうだったなと十黄が苦笑して水耕栽培についてを説明する。
その内容に高校生組二人は驚いたような顔をしていた。同時に、成程とも首を何度も縦に振るう。
十黄は自身の案を口に出すようなことはしなかった。一喜の案の方が余程現実的であるし、何より彼自身が遠征を口にしたことで他の誰かが行動に移さないとも限らない。
まだまだ子供の方が多い集団だ。彼が口にしていた案を思い出し、勝手に実行しようとしかねない。この街の中であればまだ子供達は位置を把握出来るが、そこから少しでも外れれば途端に道が解らなくなる。
故に、十黄はこの案を愚策と断じたのだ。
「一喜はどうする?」
「日当たりの良い立地を探す。 今後蜘蛛達が建物を直していく関係で影になっていく場所も増えていくだろうから、なるべく影に隠れない場所を選定したい」
「それなら倉庫街の一部を使えば良いじゃないか。 少しだが広場もあるぞ?」
「少しじゃ意味が無い。 ゆくゆくを考えれば、先ずは小規模な広場と同等のサイズが必要だ。 最終的には建物の中に運び込んで、土地をあまり広く使わずに階層的に作物を育てたい」
「そりゃまた、長期的な話だ」
肩を竦める彼女だが、そこに拒否の姿勢は無い。
この街の規模が一喜の世界と同一であるならば、所謂大都市程のサイズではない。田舎とは言われない程度には栄えてはいるものの、それでも広範囲にまで設備が行き渡っているとは言い難かった。
それよりも規模が小さくなっているのだとすれば、最終的に収容出来る人数も少なくなっているだろう。
世良が語るように長期的な話ではある。しかし、最初の段階から勢力を増やして人力を蓄えられるスペースを増やせるようにしておきたい。
何が起きるかは解らないのだ。解らないからこそ、次善の策を考えられる地盤を最初から作り上げておきたい。
安定感など最初から無い。それでも、安定度のある街作りが出来るのならそうした方がずっと良い筈だ。
今日一日は一喜は土地探しに時間を費やす。そこに世良と十黄も参加し、他の面々は水耕栽培に使える容器や水の運搬をさせることにした。
一喜の視点としては子供にそんな真似をさせるのは酷かもしれないが、逆に子供達にとっては特に不思議なものではない。
大変は大変であるものの、そもそも働いていなければ死んでしまう世界だ。つい最近までは殴られて奪われる生活もしていた子供からすれば、寧ろ働いて食料を確り与えられる環境は天国でしかない。
一喜はまだ見ていない。
餓死する人間を。自分の生活の為に家族を売る者を。
人間失格が普通となった世界で、子供という未熟な存在が生きていくのはあまりにも困難だ。
武装しても元々の筋力が低い所為で負ける。頭を使おうとしても経験値では向こうが上。かといって交渉に乗ってくれるような理性等有してはいない。
真に醜い人間を一喜は知ってはいる。知ってはいるが、この世界ではその醜さを多少なりとて隠せる人間が極めて少ない。
ゾンビ映画に出て来る狂人とゾンビの違いだ。狂人は狂気を隠せるが、ゾンビには剥き出しの本能しかない。
「蜘蛛達は早いぞ。 一週間もしない内に六階建ての建物までなら内装を含めて完璧に直す。 お前は長期的と言うが、実際はそれほど時間は無いんだよ」
「わーお」
一週間もしない内に直る事実に世良は驚きの声を上げた。目も丸くなっていて、それは十黄も一緒だ。
一体どれだけ驚かすつもりなのだろう、目前の頼れる男は。
世良や十黄が言った程度では戯言としか認識出来ない言葉も、彼が言ったのであれば本当にそうなるのだと思ってしまう。
本当に、大藤・一喜という人間は助けてくれるのだろう。そこに何の下心も無いとは到底思えないが、けれど助けてくれる限りは彼等とて一喜に協力するつもりだ。
例え彼に拒否されたとて、絶対に助ける。具体的な部分までは浮かばずとも、二人はそう考えているのだから。
「よし、じゃあ全員である程度の食料を持って仕事に入ろう。 食い物は何処か安全な室内で食べるように」
「周りに人が居たら絶対に隠せよ。 奪われるかもしれないからな」
「襲われたら問答無用で殺せ。 どんな手を使っても構わない」
一喜・世良・十黄。
三人の言葉を聞いた後、先に入れておいた倉庫で缶詰をある程度持った子供達は立道と烈、瑞葉の三名に率いられる形で外へと歩き出していく。
残る三名はそのまま好立地の探索だ。一喜の要望は公園と同等のサイズに、加えて日当たりが良く、この倉庫街に近いことである。
その三つを叶えるのは難しい。大前提として倉庫街の周りには元マンションや元商業施設といった建築物が多い。
その中には確かに公園があるにはあるが、小さい砂場と滑り台があるだけの本当に小規模なものだけだ。あそこを見せたとしても彼は納得しない。
となると、必然的に選択肢は絞られる。彼は特に要望として出してはいなかったが、探索中のキャンプの人間に取られないようにもしなければならないのだ。
崩壊した道を三人は横に並んで歩く。
周りを見渡しつつ、ああでもないこうでもないと意見を交わし合っては別方向へと足を向けた。
一喜の求める理想の立地は、やはり理想でしかない。そもそもが崩壊した建物が近くにあるような立地なのだ。そんな場所で広い空間を見つけるなど無理難題とも言える。
かといって、じゃあ直ぐに無理だと言うのは違うだろう。探しに探した上で、結局無理だったとするのが一番無難だ。
「……あまり見ていなかったが、意外と人が多く居るもんだな」
「皆キャンプの人間だろうさ。 運営側が与えてくれる分じゃ我慢出来なくて、極少数のやる気がある奴等が繰り出しているんだよ」
「まぁ、やる気があると言っても虫の息に近いのは間違いない」
そうして彷徨い歩いていると、三人は食料を求めて歩き回っている浮浪者のような集団に出くわした。
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