【第六十三話】その男、希望の裏を見せず
「食料は倉庫内に入れておいた。 まだまだ少ないが、こればかりは我慢してくれ」
「無償で貰っているんだ。 文句なんてある筈ないだろ」
一喜は二人だけの話し合いを一時止め、一度用意されていた部屋に向かっていた。
元がコンテナであるが故に贅沢などまったく期待していないが、比較的綺麗な青コンテナの扉を開けた先にはカーペットやら家具やらと充実している。
その殆どは拾い物だろう。キャンプの人間は食料を第一とすることで、それ以外をかなり見落としている。
中でも運搬困難な家具類は放置され易く、それを運び込めば例えコンテナでも住居が可能となる部屋と化す。
電源類が無いので家電は不可能だが、それは元々既に不可能だ。切り捨てなければならない部分が最初からどうにもならないのであれば、コンテナのような硬い素材で覆われた密室は安全であると言える。
案内してくれた世良と共に用意されていた二脚の木製椅子に各々座り、一喜は文句のつけようもない状態に感謝を伝えた。
苦労した筈の彼女は笑って気にする素振りを見せず、寧ろ彼に対して感謝するのは自分だと返す。
「あんたが協力してくれなかったら何れ化け物によって私達は死んでいた。 あんたは私達と関係を結ぶことはないと言っていたけど、今はもうそんな過去の事を言っていられる状況じゃない。 ――あんたが居ないと今を維持出来ないくらい、私達は弱いんだ」
「……そうだな。 そこは否定出来ない部分だ」
一期一会で終わる筈だった関係は、しかし別の者達との関りによって繋がった。
過去であれば全てを捨てていた状況が今では不可能になっている。ゆっくりと世界を見て回りたいと思っても、一度拾うと決めた以上は無視することは難しい。
この街は度重なる戦闘によって不安定になってしまった。少しでも武力を多く持っている集団が現状は強く、その点では世良達の集団は弱小も弱小だ。
今回、一喜の手によって索敵と自衛の手段を得た。けれどもそれは、対人類だけにしか有効打になりえない。
「気遣わないのは良いね。 正直な方が信用出来る」
「気遣っても問題は解決しない。 この街にはこれからも厄介な連中が姿を見せるだろうし、場合によっては俺が対処しなければならないこともあるだろう」
「私達も私達で対抗手段を模索したいけど、やっぱり基礎スペックで殴られる現状じゃ太刀打ちは難しい。 かといってカードをもう一度使えば、今度はどれくらい反動が進むのか解らない」
「次もクイーンが治してくれる保証も無いしな」
一喜と世良はそれぞれカードを使えない理由を語っているが、一喜側は嘘だ。
クイーンの力は作中で幾らでも発揮された。病気は勿論、人体の健全な活動を妨げるとして怪我すらも治してのけた有能の中の有能だ。
よって、複数回の回復は可能である。けれどそれは、ベルト側の影響を引き出すことになりかねない。
ベルトはまだ何の反応も示さないが、これから使い続ければ予期せぬタイミングで一喜を地獄に引き摺り落としに掛かる可能性がある。
劇中ではそれに一度飲み込まれたことで所謂悪堕ちとなった。最終的には精神勝負で全ての人間がカードの悪意を従え、実質的な強化になったのである。
その真実を一喜は語らない。
確証も無いままいけると言ってしまう方が無責任であるし、これ以上頼られるのも勘弁願いたい。この情報の所為で余計にベルトを手に入れたいと思われのも一喜としては無しだ。
「……で、取り敢えず次はあれの放出か?」
「犬は放出して索敵を続け、蜘蛛には周辺の建物を修復させ、トンボには倉庫街を防衛させる」
「建物を直すのは何故だ?」
「衣食住は大事だろ、ていうのは建前として。 今後を見据えての話だ」
世良の疑問に、一喜は真正面から見ながら答える。
未来。それは今の世良達には想像出来ない話で、だからこそ明日を考えられる人物はこの時代の中では貴重だ。
彼等が此処で生きていく以上、勢力の拡大は必要だ。少数勢力が生き残れる世界ではないのだから、必ず群れていくことになる。
その際、コンテナだけでは住居が不足する。加え、雨風に晒される場所では稼働させられない機械を運用する場所も確保しておかねばならない。
雨風を凌ぎ、ゆっくり休める場所があることは魅力の一つになるだろう。勿論、そこで住まう人間全員を養えるだけの食料も確保しなければ話にならないが。
そして、だからこそ蜘蛛の話は切っ掛けになるのだ。生産する場所を用意しておけば、そこを基準としてどれだけの物を用意出来るかが解る。
一喜の中での食料計算も容易になるのだ。しない選択肢は彼には存在しない。
「この街は他から見ても何も無い。 キャンプが消費して、消費し切ったら捨てられるだけのゴーストタウンだ」
「そうだな。 それで?」
「逆に言えば、勢力争いも他よりは少ない。 何も無い場所に魅力なんて無いから当然だが、容易に生産に使える土地も確保することが出来る」
「生産……て、ウチに機材は無いが? それに農業にせよ漁業にせよ、成功させられるだけのノウハウも無い」
「加えていえば種すらも何処にあるか解らない状況だ。 だから、そこら辺も今後は食料探しのついでに探してもらおう。 今は取り敢えず此方で用意する初心者でも可能な水耕栽培で量を増やしてもらうぞ」
「……本気か?」
この中で具体的な技術を持っている人間は居ない。それを可能とするだけの土台が無い以上、やはり何度の低い物で少しずつ確実的に安定感を高めていく。
肉の確保、魚の確保までは未だ不可能であるも、そちらも人が多くなっていけば解決の糸口は出てくるだろう。
一番良いのは東京の人間が接触してくることだ。向こうは最も安定した生活を送っていると皆が語っているので、ならば肉や魚も生産している可能性は高い。
その肉や魚を手に出来れば、あるいは畜産業を勉強することが出来れば此方でも行えるようになる。
前提となる動物を手にしなければならないが、実のところそれは大した問題にはなりえない。
生産業は何時だって人手不足だ。肉体的苦労や、臭いや早朝勤務等の精神的疲労によって多くの人間が畜産に参加していない。
若い層は育たず、必然的に高齢者ばかりの環境で産業の長続きは難しい。
故に、怪物達が暴れた後では畜産業を営んでいる人間の数は圧倒的に減っている。手に余る動物はそのまま肉に加工されるだろうが、そもそも加工が出来るだけの人間がどれだけ残っているのかも定かではない。
動物達にも食料は必要だ。それも人間向けのものではないのだから、育てていくのは多分に苦労を背負うことになる。
本業側からしたら辞めたくなるくらいの数が既に居るのかもしれないが、東京に住まう人間がそれを許しはしないだろう。
ならば、欲しい人間が現れればどうだろうか。
諸手を挙げてとまではいかなくとも、交渉の席には容易く乗ってくれる可能性はある。その際にこの街に復興の兆しがあることを伝えれば、彼等はそこなら任せられると安心して押し付けてくれる。
全ての始まりは正にここにあると言って良い。その途中で怪物による襲撃があるのだろうが、そちらは一喜自身が対処すれば良いだけの話だ。
軽く言ってしまって良い話ではないが、一喜にとっては戦うことの方がまだ幾分気が軽いのである。
乗せるべき命のチップが自分だけというのは、つまりいざという場面で失うものが自分だけであるということ。
世良達はそれを否定するだろうが、一喜としては死ぬのなら後を考えたくない。
究極の放棄である。責任感が無さ過ぎる。けれども、そもそも一喜としては極端に大事に思っていない相手だ。
「本気だ。 ……まぁ、今はまだ何の用意もしていないが」
「その目、嘘は無いみたいだね。 ……なら、私は乗るよ」
「なら来週までに必要な物を伝えておくから、可能な限り探して集めておいてくれ」
新しい光は生まれるのか。全ては世良達の活躍次第だ。
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