【第六十二話】その男、二人で今後を話し合う

「此処が私らの拠点だ」


 歩いて早一時間は経過しただろうか。

 瓦礫の山を登ったり、倒壊した建物を避けた先を進み続け、一喜は何処か見覚えのある倉庫街に到着した。

 コンテナ群は一喜が以前に見た姿とは異なり、拉げている物や半ばから折れ曲がっている物が多い。

 土地の周りには壁らしい壁は存在せず、あるとすれば折れ掛けの電柱同士で結ばれた縄とそこに繋がっている木製の板だ。

 地面に接触するギリギリに巡らされたそれは、正しく鳴子としての役割を担っている。建物が崩れた際に発生した瓦礫やコンクリートの割れ目から生えた草が絶妙に鳴子を隠し、予めそうと解っていなければ誤って音を鳴らしてしまいそうだ。

 その上を跨ぎ、一喜達は倉庫街へと入っていく。


 世良が近くのコンテナを四度叩くと、何処からかコンテナを四度叩く音が鳴った。

 そのまま更に世良は三度叩き、そこで漸く子供達がコンテナから顔を出した。子供達は世良達の姿を見て喜色を浮かべ、一斉に飛び出しては駆け寄ってくる。

 殆どは世良や立道の下だ。基本的に一喜は親戚のお兄さんのような立ち位置であり、まだまだ懐かれるには遠い。

 とはいえ、距離があるのは世良が世話をしている子達だ。立道達と一緒に行動をしていた子供は彼に懐いている。

 

「おいおい、そんなにじゃれつくなって。 何時も言ってるけどもう少し大人しさをだな……」


「子供相手には無駄ですって。 子供は気ままに動くものですから」


「解ってるよ」


 世良達が帰って来たことを子供達の声で知り、他の大人組も顔を出す。

 揃って腰にはナイフか銃があるも、今は特に警戒せずに収めたまま。二人は一喜の姿を視界に収め、瞳に瞭然とも言える喜びを浮かべている。

 この一週間、彼等にとっては気が気ではない日々だったのだろう。大きな戦いを終え、この街は今最も注目を集め易い環境になっている。

 此処に怪物が現れるのは最悪だが、別の集団が居付くのも悪い。

 新しい集団が古い人間を追い出すのはよくある話だ。歴史の中にも、それこそ日常の中でさえ排斥は発生する。

 彼等にそれと対抗する術は無い。あったとして、所詮は焼石に水。小さな抵抗の果てに皆殺しになるのが容易く思い浮かんだ。

 

「大藤さん、今日が来る日だったか」


「ああ、確り連れて来たぞ」


「……これは、凄いな」


「うぉ!? 虫!? 犬!? あ、トンボ」


 烈は無数の機械軍団に驚きを露にしていた。

 全身黒光りの集団はやはり不気味だ。よくよく見れば人工物だと解るが、パッと見た限りではちょっとしたオカルトめいた存在に見える。

 子供達も一喜の背後に居る存在からは一定の距離を保っていた。それが自分に何か不利益を与えるのではないかと、本能的な拒絶がありありと伺える。

 今はそれも仕方ない。一喜としては怖がる必要は無いと思うも、よく解らないものに警戒するのは当然だ。逆にその辺が鈍っている方が危険である。

 この手の警戒は時間と共に解決してくれることを願うしかない。

 特に当面はこの子達に受け入れてもらうよりも安全を取るべきだ。大人組も同様の結論に辿り着き、顔を見合わせて苦笑していた。


「一喜さん。 パイセンと一緒に部屋を用意したっすよ!」


「俺の? 週末くらいしかいないのにか?」


「週二だけとはいえ、個室はあった方が良いだろ? それにコンテナも余ってるしな」


「なら倉庫として使える物はあるか?」


「前から使ってる倉庫用のコンテナがある。 案内しよう」


 この中で砕けた口調で話せるのは世良と十黄だ。

 十黄の案内で倉庫街の中央に置いてある比較的綺麗な青コンテナの前に立ち、両開きの扉に付けられている錠を彼が懐に入れていた鍵で開ける。

 開かれた内部はコンテナの大きさと比較するとあまりに物が無かった。段ボール一箱分の食料に、僅かな弾薬箱。錆の目立つ工具と世良達が暮らしていくに不足過ぎる状態だ。

 それを眺め、しかし一喜に動揺は無い。街の物資が班目達のキャンプに吸い上げられている状況を知っている以上、寧ろ多くの品があると考える方がおかしい。

 そこに一喜が背負っていたリュックを降ろし、追加で缶詰を置いていく。

 一喜の持ち込んだ食料でもコンテナ内の状態は寂しいままだ。長くは保てないのは明らかで、故に生産の二文字が脳裏を過る。


「俺が持ち込める食料には限界がある。 ……それは解っているな?」


「ああ、勿論だとも。 援助してくれているだけでも現状は奇跡的だ。 ――だから、少し考えていることがある」


「奇遇だな、俺も案がある」


「……!」


 一喜を除けば、この面子の中で一番年上の男は十黄だけだ。

 そして十黄は世良に対して淡い想いを抱いている。故に、彼は自分の力で問題解決について日々頭を悩ませていた。

 その点は一喜も変わらない。ならば、世界の違いがあっても何かしらの解決策を考えているものだ。

 そして十黄も一喜も、相手の提案に意識を向けた。何か希望的なものがあると願って。

 

「ちなみに十黄は何を考えていたんだ」


「遠征だ。 この街から一時的に離れ、遠くの別の街から物資を集める」


 十黄の案は、言ってしまえば一番現実的な案である。

 キャンプに資源が吸い上げられてしまうのなら、その影響の無い場所で物資を集めて此処の倉庫に備蓄する。

 一喜はこの街以外を碌に知らない。けれども、十黄がこれを考えたのであれば近くに小規模であれ街が存在するのだろう。

 その街に物資がある確率は高くはないが、しかしこの街よりはまだ希望がある。仮に十黄が行こうと考えている街にキャンプのような集団が存在するのであれば、そちらも枯渇した街を放棄して近くにあるこの街に手を伸ばしているだろう。

 さてそうなれば、彼等もキャンプがあることを知ることになる。その上で大きな騒ぎが未だ起きていないのだから、件の街に大規模な集団は居ないと見ることは一先ず可能だ。


「俺の考える中ではこれが一番適当な方法だと思ってる。 一応キャンプに住んでいた立道に外部から接触する人間が居たかを確認したが、それは無いとの言葉も貰った」


「躓くとすれば、相手が少数で確認に来ていた場合だな。 そこでキャンプを見つけて、この街も時間経過で同じ状態になると諦めていればお前の遠征が無駄になる」


「……確かに、それは俺も考えていたことだ」


 十黄の考えが無駄になる状況は、件の街も枯渇していた場合だ。

 そうであれば結局行っただけ体力を消耗したことになり、更に言えば道中で襲撃されるリスクだけを背負うことになる。

 つまり、この遠征を行うのは一種の賭けだ。助かるかもしれないし助からないかもしれないが、やらなければ破滅は必定である。

 そして犠牲を容認するのであれば、十黄は自分だけが犠牲になればそれで万々歳だと考えている。

 これは一喜にとって容認出来ることではない。彼にも十分に缶詰を与えているのだから、それで死なれるのはロスだ。助ける理由には当然なりえる。


「下手に自分の知る土地を離れるのは不味い。 それをするくらいなら、多少時間が掛かっても安定する方法を模索した方が良い」


「安定? 俺達には無縁じゃないか」


「今のままならな。 ――十黄、この近くに川ってあるよな」


「あ、ああ。 それで魚でも取ろうってか?」


「取れるならそこでも取りたいが、目的はそれだけじゃない。 こういう時は初心者でも出来る方法で増やすべきだ」

 

 地面のコンクリートは剥がれ、吹き飛び、土がむき出しになっている。

 その一部に一喜は落ちていた石で絵を描き、十黄に図での説明を開始した。最初は何を書いているのかと十黄は思っていたが、出来上がっていくそれの内容を理解すると興味をそそられてしまった。

 

「野菜かッ」


「有り触れた方法だが、地面を耕すよりも今はこっちの方が速い筈だ」


 ペットボトルから伸びるミニトマトの絵。それが一喜が求める、自給自足の第一歩だった。

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