【第六十一話】その男、合流する

 その後、糸口は大きな抵抗も無しに窓から家へと帰った。

 彼女は何かを考えている素振りであったが、内容についてを一喜は然程気にすることなく――そもそも考える余裕すらない状態なので、特に余計な地雷を踏むものかと早々に別れて準備を進めた。

 あまり深く眠れている訳ではないものの、休めることは休めている。巨大なリュックには食料を詰め込み、腰にはベルトを巻き、腕にも必殺兼変身アイテムの機械を装着しておく。

 そして数多くのお助けアイテム群を段ボールに詰めた状態で一旦外に持ち出していき、全てを出してから箱から取り出して起動させた。

 作中準拠であれば、お助けアイテムには専用のカードを差し込む必要がある。

 一喜は例外を除いたカード類を一纏めのパックで購入していたが、放映中はお助けアイテムとのセットでカードが同封されていた。


 よって、中古でもなければ箱の中にお助けアイテムと同じ数のカードが揃っていることになる。

 お助けアイテムの種類は三種。

 一つは空中を動き回り、更に銃撃が可能なドラゴンフライ。必要カードは銃の乙女が使用していたヴァリアルブルブラスター。

 一つは資材を独力で集め、時間を掛けて修理や修復を行うボックススパイダー。必要カードは補給箱の絵が描かれたミリステリーボックス。

 最後の一つは調査を目的としたクレイジードック。犬型の見た目をしている機械が走り回り、もし意図しない方法で解析されそうになったら自爆する。

 必要カードは首輪に爆弾が巻かれた犬が描かれたブレイジングドッグ。

 一喜は知らないことだが、その三枚は全て一喜が倒した敵が有していたカードだ。回収は世良達が行い、今は彼女達が拠点で保管している。


 これらは一喜の世界ではただの玩具に成り下がるが、異世界で起動させれば全て独力で動くことが可能だ。

 膝までのサイズしかないが、パワフルで瓦礫をどかすことなど容易い。作中内では倒壊した建物の復旧や敵拠点の偵察、主人公陣営の攻撃サポートを担った優れる機械群である。

 数は合計で三十。十ずつ光景して順番に起動させ、最後に一喜が見渡せばその全てが彼の命令を待つようにその場で待機している。


「よし、一先ずは俺に付いて来てくれれば良い。 命令権は俺だけだ」


 全ての機械に命令を送り、一喜は重い荷物を背負いながら歩き出す。

 その背後を三十の機械達が一斉に動き出し、不気味な黒い集団は待ち合わせ場所であるコンビニへと静かに移動を開始した。

 全ての機械には碌な装飾が無い。全てが全て機能性重視で、色も黒で統一とある意味ホラーだ。

 これを世良達が見たら間違いなく異常だと騒ぐだろう。条件反射で銃を向けられる可能性も十二分にある。

 けれど、大量のお助けアイテムを運ぶにはこれしか方法が無い。圧倒的なマンパワー不足はこんなところにも表れていた。


「ん、見えてきたな」


 約束の時間は昼。一喜としては十二時から十三時を想定していたので、この段階で誰も見えなくとも不思議ではない。

 されど、そこには既に二人の人物が待機していた。

 学ラン姿の立道に、相変わらず赤いジャケットを着ている世良だ。二人は何事かを話し合っているようだったが、コンビニに接近する異様な集団に気付いたのか遠くからでも身構えている姿が見えた。

 それを少々笑いつつ、先頭の一喜が真っ先おーいと声を掛けて近付く。


「待たせたか?」


「い、いや。 こっちもさっき着いたばかりだ」


「ええ。 ……その、後ろのが?」


「おう。 お助けアイテムを連れて来たぞ」


 コンビニ前で一喜が軽く説明をすると、二人の目は見事に見開かれた。

 それも当然。此方側にそんな便利な機械がある筈も無い。あったところで、それを活用出来るのは大きな組織くらいなものだ。

 二人はオールドベースの噂話を知っている。知っているが、所詮は噂。

 その内側を知ることなど現状では不可能で、故に一喜が用意したもので推測を立てていくしか方法が無い。

 そして、二人は一先ずの結論を付けた。彼等が有している技術は、恐らくは世界の誰にも負けないものだろうと。

 その究極はベルトであるが、お助けアイテム達とて生産されて他国で販売でもしようものなら即座に完売されるだろう。


 自分達が歩き回らなくても周辺を調べてくれて、時間稼ぎでも戦ってくれて、更に壊れた建物を時間は掛かれど直してくれる。

 素晴らし過ぎる代物だ。それを三十機も用意した一喜に、二人の英雄視は止められなかった。

 

「これは……凄いな。 私達の言葉でも命令は出来るのか?」


「現状では俺だけだ。 だが俺の声とこいつらのカメラで命令権を増やすことは出来る」


「ということは俺達の中で管理する人間を決めないといけませんね」


「そこら辺は皆で話し合おう。 ……んじゃ、取り敢えず倉庫街の方に行くか」


 ぞろぞろと連れ立ち、三人で先頭を進みながら一喜は自身が居ない間の出来事について二人に訊ねる。

 基本的に一喜は週末以外はこの街に居ないと二人は認識しているようで、特に彼女達は彼の質問に疑問を覚えずにすらすらと答えていく。

 その中でも極めて重要そうなのは一つ。例のキャンプについてだ。

 班目との一件以降、キャンプの運営者達は表立っては此方に来ることは無くなった。正確に言えば、皆が寝静まっているだろう夜間の時間に彼等は行動をしているようだ。

 ライトを手にして、或いは怪物お得意の脅威的な視力で物資を集めているとは世良の発言だが、彼女等は戦闘跡から運営側が怪物だらけである事実を把握している。

 そして、その数が一喜によって大きく減っていることも推測の上ではあるが考えていた。


 ならば、これまで通りに運営者達が活動していくのは難しい。

 一喜は結果的に見逃すような形にしたが、それはキャンプを背負いたくなかったからだ。彼等の内の誰かがキャンプの住民に一喜に襲われたなどと言い出せば、一部の暴徒が街中を探し回って必ず危害を加えてくるだろう。

 よしんばそうではなくとも、彼等は必ず責任追及を行う筈だ。そうなった時、一喜はもうこの街には居られなくなる。

 居たければキャンプの住人が満足する程度の物資提供を恒久的に行わねばならず、そうなれば資金は容易に底を尽く。故に、これまで通りの活動が難しくなることは彼にとってあまり歓迎したい事態ではない。


「奴等は一定の人間を生かして、カードを維持するマイナス感情を収穫している。 牧場が牧場のままで居られるように尽力するとは思うが……それでも崩壊は起きるか?」


「新しく手伝う人間が出てくればいけるとは思うけど。 というより、私は初めてカードについて聞いたよそんなこと」


「あぁ、そういえば言ってなかったか」


「あの時点では大藤さんは疲れてましたから」


 牧場。

 その言葉の意味に早々に辿り着いた世良は露骨に眉を顰め、立道も言葉を発しながらその心中は快いものではない。

 キャンプにはとてもではないが怪物を抑えられる程の設備が無い。

 壁も、武器も、特殊な装備も。あるのは粗末なテントに、僅かな食料や物資だけ。

 多くの人間が一ヶ所に留まっているような場所であれば、人の死を望む怪物は間違いなくそこを襲う筈だ。

 現に立道達の話では襲撃の話は出ていたので、昔には何回か襲われていたのだろう。


 けれど、ある日を境にしてその襲撃が止んだ。その理由が怪物達の生存に繋がる牧場化であるならば――知らぬ間にキャンプに住む人間は怪物に食料を供給し続けていることになる。

 そして、であるからこそ。怪物達もあそこを死守せねばならない。

 大規模な牧場などこの世界では早々に作れはしないのだから。手放してしまえば、次に何時作れるかが定かではないのだから。


「怪物も怪物なりに困窮しかねないって訳か。 なんか皮肉」


 世良の言葉は、今の怪物には図星だった。

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