【第四十九話】その男、未来を考えつつも相談される

「やることが一気に増えたぁ……」


 一喜は自室の中で布団に包まりながら呻いていた。

 口から漏れるのは情けない愚痴で、その全てが自業自得である。力を見せ過ぎればどうなるのかなど自明の理であるが、さりとてここまで見せるつもりは彼には毛頭無かった。

 世界を見て歩く間に戦う機会は増えるだろう。その過程で全力を出す場面もきっと出て来る筈だ。

 そういった予測の上でこれまで行動していたものの、現実は簡単に彼に対して牙を剥いた。早々に全力とまではいかずとも半分まではベルトの機能を可能させてしまったのである。

 その上、今後は自身より年下の子供達の面倒を見なければならない。比較的しっかり者が居るグループではあったが、やはり大人が居るのと居ないのとでは周囲からの目も変わってくるだろう。


 一喜は皆と別れ、自室に帰還してから昼まで寝ていた。

 そのまま布団に出て来ず、やらねばならないことを想像して出るのを拒絶している形だ。

 けれど、それでは状況は何も変わらない。嫌々ながらも彼は布団から抜け出て、次の週に持ち込む品々を通販で眺めた。

 食品、テントや布といった仮の家。――そして防衛用の支援ロボット。

 ネックなのは支援ロボットだ。安くなっているとはいえ、流石に複数台を纏めて購入するとなれば結構な値段になる。

 かといって中古屋で買おうにも、状態の良い物では大した差は生まれない。近くに中古屋があれば良かったが、残念なことに彼の住む街には中古屋は家電製品やバッグ等しか対応していない。


 これで長く使えるのであれば一喜に然程の文句は無い。最低でも二ヶ月無事であれば+となり、更に数を増やすことも出来るだろう。

 されど、彼が唯一持っているドラゴンフライは見事に大破状態だった。机の横に置かれている玩具は子供が何度も壁に叩き付けたような有様となり、一目で直しようがないことを示している。


「最大ラインは一週間弱ってところか? でもそれだと、最終的に皆がベルトに意識を向けるだろうなぁ」


 ドラゴンフライが一週間弱しか機能しないとなると、皆も支援ロボットが有用であるとはあまり思わなくなる。

 彼等が安心して行動出来るようにするには、やはり高耐久で確実なダメージを与えることが出来る存在でなければならない。それを支援ロボットが出来るかと問われれば、資金による物量戦に頼る他無いというのが事実だ。

 さてそうなれば、必然的に個の力こそを彼等も求め始める。その筆頭は一喜の持つベルトであり、使えなければ最後の方法である直挿しによる着装だ。

 怪物になったとしてもクイーンの能力で元に戻れるならと使い続け、限界であるかを判断する前に戻れない域にまで浸食を進めてしまいかねない。

 

 そうなれば、一喜は後悔を抱くだろう。結局はベルトを渡しておけばよかったのではないかと苦悩し、他の子供からも純粋な指摘をされるに違いない。

 故に、一喜に求められるのは支援ロボットをただ用意するだけではない。それらを用意しつつ、持久戦に持ち込める形にする。

 少なくとも一喜が到達するまでは時間を稼ぐことが出来れば、その時点でほぼほぼ責任は一喜本人だけに留まるだろう。

 ではそれを具体的にどのような形にするか。その時点で一喜の思考は混迷を極めた。


「近くの建物を丸ごと全部要塞化するとか? いや、それじゃあ此処が俺達の拠点だと言ってるようなもんだろ。 それならセーフティルームを街中の至る所に用意して、監視しながら暮らせるようにするか?」


 ああでもない、こうでもない。

 要は子供達が安心して暮らせればそれで良い。その為に戦力が必要で、この戦力が削られない環境を作り上げれればオールOKだ。 

 これまで倒した敵の数は五体。此方側に移ったカードの数も五枚。世良が元々持っていた分も含めれば、計六枚が存在している。

 となれば残るカードは三十四枚。三十四人分の敵が一斉に現れれば、流石にどんな街でも全滅は免れないだろう。

 上位者達は基本的に席に座って地獄を楽しんでいる。故に、二十体分はまだ動かないと見ても良い。

 警戒すべきは残りの十四体。彼等の数をゆっくりと減らすことに成功すれば、その間に戦力を整えることも出来る。

 問題は上位者の何名が途中でやって来るかだ。一人二人ならまだ戦えても、五人六人ではどうなるか解らない。


「やることが、やることが多過ぎる――!!」


 自業自得。そうは思いながらも、一喜はその一日を情報収集や通販の時間に宛てた。

 そして次の日には仕事に向かい、その途中でも思考を休める真似をしなかった。

 一度止めれば再度考え始めるのに体力が要る。まるで起電力の無駄を恐れるかの如く、仕事をしながらでも脳味噌のリソースを割いていた。

 そんな真似をしていれば、必然的にミスも増える。品出しの賞味期限間違い、廃棄商品の見落とし、お客の質問に呆けて答えていない。

 一日で起きたミスは多く、それは彼を知る他の従業員や店長からすれば珍しいことだ。


「大丈夫かい? 具合が悪いなら早退しても……」


「すいませんッ。 体調が悪いとかじゃないんです。 本当に、自分がミスをしているだけなんです」


 一度店長から心配気な言葉を送られたが、一喜は条件反射の如く相手の発言に謝罪を返した。

 彼自身に直近の問題があったとしても、それが言えないことであればミスは自分の責任だ。社会人であるかどうか以前に、大人としての常識である。

 只管に謝りを続ける彼に店長も悩み事があるなら相談に乗るとだけ告げ、そのまま彼は自身の終業時間まで仕事を続けた。

 良い答えは結局出て来ることはなく、どれも最後に行き着くのはリソースの問題ばかり。

 どうしたものかと制服から私服に着替え、食費を抑える為に廃棄商品を貰おうとし――


「あの、ちょっといいですか?」


 ――最近入ってきたばかりの新人の店員、糸口が声を掛けてきた。

 事務室での突然の言葉に一喜は一瞬思考が止まり、そして反射的に彼女へと視線を向ける。

 未だ制服姿の彼女の表情は暗く、顔自体も俯き気味だ。何かあっただろうことは明白で、思考が一度止まった時点で一喜は問題を一旦端に寄せた。

 

「どうかしたのかい? なんか解らないところがあったとか……」


「いえ、そちらは皆が色々教えてくれたお蔭で大丈夫です。 困っても渡辺さんがフォローしてくださいますから」


「そっか。 じゃあ、どうした?」


 ちなみに渡辺は後輩の青年である。

 彼女は背後の道の先にある扉を一度確認して、一度意識的に呼吸した。そして、彼へと視線を合わせて口を開ける。


「その、大藤さんは不審者を捕まえたんですよね?」


「あー、まぁ、うん。 偶然みたいなものだけどね」


 実際には皆肉塊に成り果てているが、異世界での出来事を話す訳にはいかない彼は苦笑いをしながら視線を逸らした。

 されど、彼女にとってはその実績こそが欲しかった部分だったのだろう。小さく安堵の吐息を零しつつ、彼女の瞳に救いが混ざり込む。


「でしたら相談に乗ってくれませんか」


「相談?」


「はい。 あの……実は最近ストーカーをされてるみたいでして」


 彼女の相談内容に、一喜は目を見開いて驚きを露にした。 

 確かに糸口という店員の容姿は整っている。所謂外人顔と言うべきか、金の髪にブラウンの瞳は特に人の目を集めるだろう。

 このコンビニ内でも彼女程の美人は居ない。故に、彼女が不特定多数の中で目立つのは必然だった。

 帰る時間が夜というのもあるだろう。美人が仕事帰りに夜の道を歩くというのは、ストーカーをする側としては最もやり易い。


「警察には連絡した?」


「はい。 でも、あんまり真面目には取り合ってくれなかったです」


「まぁ、警察は事態が起こってからじゃないと動かないからね。 何か相手が解る証拠はある?」


「それなら、この事を相談して一緒に調べてくれた友人が相手の姿を撮影してくれました」


 彼女は自身の服が仕舞ってあるロッカーへと向かい、一喜は一喜で面倒なことになってきたぞと気付かれないように溜息を吐き出した。

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