【第四十八話】その男、流れを変える
朝を迎え、一喜は大勢の子供が寝ている場に腰を下ろしていた。
元はファミレスだった場所の机や椅子を除去し、持ち込んだテントや布を広げてその中に子供達が入って眠っている。
外に居るのは一喜や世良のようなある程度大人寄りの人間だ。立道や女子高生の姿もあり、そちらは先に寝かせている。
立道には消毒液をぶち込んだ後に裂いた布を包帯代わりに巻き付けておいた。何処かが骨折している懸念はあるものの、そうなったらカードを使わない限り治す術がない。
最初、帰還した際に子供達は盛大に泣いていた。お守り役をしていた女子高生も帰って来ない二人の状況に泣きそうになっていて、戻ってきた時には立道に抱き着いていたのを一喜は覚えている。
安心したお蔭で今は落ち着いた表情をしていたが、子供は不安が解消されたことで疲れがどっと押し寄せてきたようだ。
次々に欠伸をし始め、そうならばと一喜が持ち込んだ巨大テントや寝袋代わりの布を室内に広げて寝かしつけた。
何をするにせよ、これで子供達が起きるまでは動けない。
女子高生にはこれまでの流れを説明した後、世良達と自己紹介を交わした。
「私達はこれで知らない仲ではなくなった。 何かあったら力を貸すよ、瑞葉」
「うっす、世良パイセン」
女子高生――瑞葉は初対面にも関わらずに距離が短い。
頼れる者が居ないからこそ、相手を不快にさせないような振舞いを心掛けている。それはつまり、沈黙や言葉を濁すような怪しまれる振舞いをしないことだ。
相手からの心象が良いことは=で生存に繋がり易い。これ自体は社会でもよくあることだが、世紀末めいた世界になればなる程に繋がりは重要になる。
特に此処は街としては大きくはない。田舎と呼ぶには大きいものの、やはり複数の団体が物資を求め合うには心許無い。
争いは必然的に増え、弱い者から順番に消えていく。世良達のグループや立道のグループは勢力としては弱いままで、特に立道側は一喜の援助が必要だ。
「差し当たっては皆が安心して暮らせる場所作りだな。 私達が活動しているエリアなら人影も全然無いし、コンテナが家になる。 そのコンテナも戦闘時には壁として使えるから場所としては良い」
「ちなみにデメリットは?」
「小さい子を見失い易いことだ。 コンテナが無造作に散らばっている所為で一度逸れると見つけるのは難しくなる。 事前にルートを暗記しておければ良いんだが、子供にそれを期待するってのは……なぁ?」
世良の言外の言葉に瑞葉のみならず一喜も頷いた。
子供が出来ることは限られるし、覚えていられることも僅か。元々が親の庇護を前提とする年齢だけに、どうしたとしても誰かが傍に居る必要がある。
子供に多くを期待するのは精神的なDVだ。流石にそこまでは馬鹿になりたくはない。
「幸いにして俺と世良の下には纏め役になってくれる子が居る。 その子のお蔭で今のところ居なくなった子は皆無だ。 君の所にもそういった子達を率いれる存在が居るか?」
「居るっていうか、そもそもリーダーが私達じゃないんですよ。 丁度中学に上がりたてってくらいの子が全体の纏め役っすね」
「……じゃあ、普段はお前達が世話を?」
「あはは、元々私達ってリーダーシップが無いもんで」
渇いた笑いで場を流す。最も年長な人間がリーダーであると思うのは自然であるが、危機的状況程年齢というのはあまりあてにならない。
余程低ければ常識通りでは良いものの、一喜が出会った少年は確かに見た目とは裏腹にしっかりしている。危なっかしい部分はあるにはあるが、そこは高校生組が補えれば安定した維持を続けることは可能だ。
そして少年の偶然によって、彼等は食料と新たな仲間と呼べる存在を得た。
これは意図しない出来事ではあったが、同時に運命的なことでもある。怪物に対して諦めよりも抵抗を選べる勢力が一気に集まったのだ。
未だ世界各地には反抗勢力と呼ばれる存在は居る。その中で最も有名なのは、やはり都市伝説として広まっているオールドベースだ。
今現在では実在はほぼ確定となっているが、彼等だけが怪物の討伐に成功している勢力と見て間違いはないだろう。
個人単位であれば世良もまた討伐を成功させたものの、そういった個人単位での成果はあまりにも運に頼り過ぎている。
自身の戦いに使用出来るリソースを全て費やした上で、偶然に頼らずに撃破を成功させた事例はどうしてもオールドベースだけになるのだ。
他に出来る勢力が居ないと一喜は考えないが、しかし可能性としてはほぼ零であろうとも思ってはいる。故に、この世界で人類の最後の砦となれるのはオールドベースであるとも半ば以上確信していた。
世良、十黄、瑞葉。
この三名は各々が有する情報交換を盛んに行っている。無言を貫いているのは疲労を回復させている一喜と、怪我で静かになっている立道だけだ。
何とも華の無い会話ばかりが続くが、それも交わすべき事柄が無くなれば自然と収束を見せていく。
そして必然、全て終われば彼等の視線が一喜の方向に固定される。さてとばかりに一喜も内心で溜息を零し、この説得の嵐をどう乗り切ろうかと思考をシフトさせた。
「大藤。 私達は私達で纏まることにした。 そうした方が互いに何が起きたか知れるだろうし、人手も増やすことが出来る」
「それには賛成だ。 大人よりも子供の方が多い現状、なるべく力のある人手は確保しておいて損は無い」
「ああ。 でもやっぱり、最後の要素だけが不安だ。 怪物がまた此処で暴れる可能性がある以上、倉庫街が何時無くなるかも解らない」
「自衛の手段が欲しい。 理想はベルトを使用で、次善策は他で行われている対策案かな?」
「――ベルトの件はさっき断られた。 だから、それを使わない形で自衛する方法はあるか?」
全体の決定権を持つのは世良になったようだ。
誰も口を挟まずに発された言葉に、一喜はどうしたもんかと頭を悩ませる。
怪物を撃破するにせよ、撤退まで追い込むにせよ、基本的にはカードは必須だ。それ無しで成し得る方法は皆無と言って良い。
ただの人間相手なら銃器でも向けて威嚇すれば足が止まるであろうが、この街に怪物が訪れる気配はますます増加するだろう。
面倒を見ると言った手前、彼等を見殺しにするのだけは勘弁したい。――となると、取れる選択肢も絞られてくる。
「怪物を倒す。 或いは撤退させるにはどうしてもカードの力が必要だ。 それ無しで敵と戦うのは無謀も無謀を極める。 自衛するとなれば、どうしても今持っているカードを使えるようにしなくちゃいけない」
「じゃあ、ベルトを?」
「いや、コイツだ」
一喜が自身のリュックサックから壊れたドラゴンフライを取り出す。
羽根は砕け、本体も歪みに歪んだ状態。されど電源は死んではおらず、腰部のスイッチレバーを弄れば小刻みに痙攣する。
「コイツはカードの力を抽出して武器として運用することが出来る。 これ以外にも他に戦力となり得る機械があるから、これを使えば上位者以外には時間稼ぎや撤退に使えるだろうさ」
「……それ、本当に大丈夫なんですか?」
立道が疑問の声を上げる。
彼だけはドラゴンフライが撃ち落とされた瞬間を見ていた。機械のボディであるが故に人間よりも耐久性は優れているが、やはりメタルヴァンガードと比較するとどうしても脆弱に過ぎる。
これ一機だけではと不安に思うのも当然。しかし一喜は苦笑した。
「まぁ、一週間待っててくれ。 こいつらが戦力として役に立つことを証明するさ」
彼等の説得力の嵐から脱出する為には、代替品でも敵を退けることを証明しなければならない。
正に今、一喜の脳内には無数の支援用のロボット達の情報が底から湧き出していた。
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