【第十四話】その男、玩具を弄る

「買ってしまった……」


 週末の金曜日。

 午前中に配達員が一喜のアパートに寄り、小振りな段ボールが一つ部屋に増えた。

 封を開けると中には新品の箱があり、銀と黒に輝く戦士の姿がプリントされた物は特撮作品の商品として実にらしさがある。

 取り出してみると、思いの外重量があった。素材はプラスチックであるのだが、彼が購入した物は複数の商品とセットにされた代物である。

 セットにした分だけ価格は上がった。ベルトだけであれば八千円で済んだところを、他の商品と合わせたことで一万は軽く超えている。

 最後に決済ボタンをクリックする際は何度も自身に確認の声を入れ、しかし必要であると彼は納得した上で購入した。

 言葉では後悔しているようであるが、一喜自身の目は煌めいている。


 学生の頃の高揚感と呼ぶべきだろうか。期待に胸を膨らませる感覚は酷く懐かしいもので、それが今もまだ存在している自分に彼は苦笑した。

 どこまでいっても、男の子は男の子という話だ。くだらないと思うようになったとしても、やはり童心を揺さぶる作品というのに男は弱い。

 早速開けてみようと箱の側面にあるシールを剥がし、よっと声をかけながら全ての中身を机の上に置いていく。

 彼が今回購入したのは三点。ベルト、カードセット、連動アイテムだ。

 

「おお……、結構本格的なんだな」


 店頭販売をされていた商品故に、言ってしまっては悪いが子供向けの品物に一喜は満足出来ないかもしれないと考えていた。

 しかし、出てきたベルトは非常に本編で使われている物に似通っている。

 マッドな銀色を基本とし、差し色として黒が入っている長方形の物体は重厚感を抱かせた。

 右側面にはカードが入るスリット。左側面には凹みがあり、そこに何かを起動させるボタンが付いている。

 表面にはあみだくじのような黒い線が走り、さながら生物の血統図を想起させられる。現在放映中の特撮作品のベルトと比べると変形機構がまったくとないが、そんなことは一喜には何の問題にも思わなかった。


「カードは……っと。 やっぱり変わらないんだな」


 カードは箱の中に全て一緒に入っていた。

 枚数は三十八枚。作品終了間際のセットを購入したお蔭で劇場版分を除いた全てが整い、その中にあるダイヤのティーガーを取り出して向こうで回収した物と見比べた。

 やはりというべきか、カードの見た目に一切の違いはない。どちらも灰色のコピーカードで、大きさに至るまで全てが完全に一致している。

 ハートのDNAも最後に少女が持っていた物と差異は無く、これを更に精微に調査しようとするならば製造会社に直接頼むしか方法が無い。

 勿論、それをするには前提として異世界についてを語る必要がある。信じられる要素が欠片も無い現在において、電話をしてもまったく相手にしてはくれないだろう。

 

「電池も買っておいたし、んじゃ早速やってみるか」


 昨日は通常通りに寝たお蔭でまだまだ眠気は無い。

 仕事に入る前にやれる確認は全て済ませてしまおうと百均で購入した電池を三本入れて背部の電源レバーを上に押し上げる。

 音は鳴らず、しかし電源がONになったことで黒い線に赤い光が走った。

 カードは向こうの世界で手にしたダイヤのティーガー。裏向きに横方向からスリットに入れると、ベルトがついに音声を鳴らし始める。


 ――standby. Diamond of Tiger.

 

「反応しやがった……」


 スタイリッシュな待機音声が鳴る中、一喜は言葉少なく驚愕する。

 カードを抜いて購入した方のティーガーを挿入すると、此方も先程と同様の音声が鳴り響いた。

 つまりこのカードと向こうの世界のカードは同一であることを示す。

 再度向こう側のカードを挿入し、待機音声が鳴っている間に上部に付いているスライド式のレバーを左から右に一気に動かした。

 途端、大音量で鳴る着装音。ヒロイックよりも何処かダークさを秘めた音声は彼の好みを実に正確に射貫いていた。

 その音を暫く聞き、おおと感嘆する。

 他のカードでも試してカード毎に違う音声が鳴る事実を確認し、最後に三号や四号が用いる着装アイテムを箱から取り出した。


 腕に巻くタイプの長方形の箱型にはベルト同様に黒い線が無数に流れている。

 外側には武器モードと着装モードを切り替える小さなレバーが付けられ、内側にはカードをスラッシュするような溝が存在していた。

 三号や四号に着装する場合には専用のモードにすることでカードの読み込み音が変わり、一号や二号の場合は必殺技の音声読み込みが始まる。

 この機構を見る限り、メタルヴァンガードを製作するにあたって予算が足りなくなったのが薄々解ってしまう。

 この作品の前後に出て来る作品にはベルトが三本か四本出て来ているのだが、メタルヴァンガードは純粋な意味でのベルトは一本しかない。


 それが悪い訳ではないものの、明確な差となっているのは誰もが予想するところだ。

 されど、そんな事情を一喜が慮る必要は無い。そもそもこの問題は二年前の話であって、現在放映されている作品とは大きな関りは無いのである。

 重要なのは、件のカードとベルトが連動したこと。あのカードは此方の世界では普通の店頭販売時のカードと同一であって、向こうと同じではない。

 これは一体どういうことなのか。

 色々な推測は浮かびはするものの、どのどれもが突拍子がなく現実的でない。

 まるで本当に物語のような出来事が起きているのだとすれば、一喜は正に物語の登場キャラの一員だと言えよう。


「おいおい……いや待ってくれよ、マジか?」


 語彙力が然程多くない彼では適切なワードは出てこない。

 手は震えていた。目は見開かれたままで、脳味噌だけが思考を巡らせ続ける。

 世の中に果たしてこれほどの不思議があるだろうか。彼が体験している以上の異常事態が、ロマンが、興奮が、他にあるだろうか。

 ――いいや無い。断言しよう、他にある訳が無い。

 彼が異世界に繋がった理由は判然とはしない。誰かしらの意図によって接続されたのかもしれないし、あるいはまったくの偶然で繋がった可能性もある。

 ただ、一喜はこの出来事を感謝した。決して金を稼げるような話ではないが、男ならばと考える昔ながらの夢を追える権利を得たのだ。


「――やろう」


 具体的に何をやると、一喜は考えていない。

 ただ、この面白味も無かった世界を少しでも楽しいものに変えようと彼は決心した。例えその過程で多くの怪我を負うことになっても、彼は諦めることを選択しない。

 ハイリスクハイリターン。金持ちを目指す上でよく使われる言葉であるが、彼にとっては自身の人生に対して使われた。

 さて、そうと決まったのならば彼は幾つか検証することがあると意識を切り替える。


「カードはこっちだと無害な物になったのは解った。 ベルトで認識したなら、他の連動アイテムでも認識はしてくれる筈だ。 ――なら、向こうで使った場合はどうなる?」


 自身に語り聞かせるような疑問は、絶対に調べなければならない内容だ。

 もし此方のアイテムが本物になるのなら。特撮番組に登場するメタルヴァンガードになることが出来たのなら――それは戦力となる。

 それも強力どころではない。切り札中の切り札として機能し、更に様々なカードの効果で生活を豊かにするのも難しくはなくなる。

 そんな都合よくいくとも思えないが、それでも夢が広がっていく光景は視界が開けていくような感覚を抱かせてくれた。


「あー、早く試してみたいなぁ!」


 胸の高揚が高まる。気分はまるで遠足前日の学童だった。

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