【第十三話】その男、金を惜しむ

「大藤さん、大丈夫なんですか?」


「大丈夫大丈夫。 気にしないでよ」


 土日が明けた月曜日。

 常と変わらぬ仕事に出た一喜を、他の従業員は驚きと共に見ていた。

 頬に絆創膏が三つ。腕から掌にかけて包帯が巻かれ、見えずらいものの首元には湿布のようなものがある。

 当の本人は努めて普段通りを心掛けていたが、やはりその姿はあまりにも彼の普段とはかけ離れ過ぎていた。まるで喧嘩でもした後のような惨状に、真っ先に心配の言葉を投げ掛けたのはちょくちょく話すようになった青年だ。

 優し気な相貌を心配気なものに変えている彼の姿に一喜は平気平気と口にしながら制服へと着替えて交代する。

 今日も出勤している店長やベテランのおば様方からも珍しく心配され、一喜は慣れぬ言葉の数々に苦笑するしかなかった。


 別に一喜自身は負った怪我を然程重大視してはいない。

 あの戦いとも呼べぬ逃走の中で怪我は擦り傷と打撲くらいなもので、それでさえも普段の生活に支障が出る程ではない。痛いなと感じることはあっても、気にしないようにしていれば数日で何時の間にか治ると彼は考えている。

 大き目な病院に行けば詳細な状態は解るであろうが、一喜自身は病院に行くことを躊躇った。

 理由は単純、金の問題である。

 細く長い人生よりも太く短い人生を好む性格もあるだろうが、やはり彼の使える生活費に余裕が無いのが原因だ。

 病気にはならない程度に食生活を気にしてはいても、多少の不調についてはまったく気にせず仕事に出る。その所為で何度も職場で高熱を引き起こすことになったが、持前の社畜根性で平気な顔で取り繕っていた。

 

 今回はそれよりは遥かに簡単だ。

 外向きの笑みを浮かべながら大丈夫だと言えば、あまり深く関係していない人間はそうかとあっさり納得してくれる。

 これは店長も一緒で、恐らく向こうとしては一人欠けることの方を危惧していたのだろう。

 雇われ店長とはいえ、この店における二番目に重要な責任者だ。人が足りない状況となれば真っ先に駆り出され、嫌々バイトの仕事を肩代わりすることになる。 

 希薄な人間関係であるからこそ出来るやり方だ。アットホームさを重視していれば何人かは彼の表情が演技であると見抜かれていた危険がある。


「いらっしゃいませー!」


 大きな声で入ってくる客に声を掛けていく中、一喜の意識は既に周りへの対応よりも次に向いていた。

 結局のところ、彼の演技は成功に終わった。カードを持って帰ることが出来たのは正しく大きな成果であり、怪我が気にならない程に彼は喜んでいた。

 その代わりとして面倒な設定を付与してしまったものの、一喜自身はそれについてあまり深くは考えていない。

 最初に出て来る場所は同じでも、遭遇するか否かは運次第だ。少女の住処が解らないものの、彼が積極的に遠くを探索していれば会うこともないだろう。

 如何に設定を盛り込んでいたとして、会わなければ嘘か本当かは誰にも解らない。


 最後にもう一度会うことになりはするので、後はそこさえクリアしてしまえば暫くゆっくりと生活することも出来る。

 既に話し合いで求められる内容については幾つか予想は出来ていた。

 一番有り得るのは、やはり自身に蓄積されているカードの毒の除去だろう。彼女自身は老人ではなく、何ならまだ大人とも言い切れない少女だ。

 自身のルックスは気になるであろうし、毒物を摂取し続ける環境は誰であっても恐ろしいと思うもの。それを解決する手段があれば、彼女は多少の迷いは見せても最終的には手を伸ばす。

 一喜には確信があった。一度沼に落ちたからこそ、そこから這い出るには多大な労力と周りの助けが必要となる。


 では一喜自身に解決する術があるかと問われれば――答えは否だ。

 カードの毒素を抜く手段はある。しかしそれはメタルヴァンガードの世界の技術であって、彼の居る世界ではどうしたとて不可能だ。

 カードによって発生する毒は、カードによって抜くことが出来る。具体的に言えば、元のカードを用いてメタルヴァンガードに着装すれば良い。

 メタルヴァンガードは無毒化をした上でのカード運用に主眼を置いていて、使用者に対する保護がかなり分厚い。

 その中にはカードから発生する毒も含まれ、着装時点で蓄積されていた分を危険と判断してシステム側が即座に排除に動くのだ。


 実のところもう一つやりようはある。

 カードの一つ。クイーンのファーストエイドには問答無用で使用者当人が害と感じたものを取り除く効果が存在する。

 それを使うことでも毒を抜くことは可能だ。ただしそれも、やはり元がカードであるので無毒化をしなければ無限ループに陥ってしまう。

 さて、そんな二つの条件でしか現状は毒を抜くことは出来ない。そして両方共に、この世界在住の一喜では実現は不可能だ。

 故に、この話は煙に巻くやり方でしか逃げることは出来ない。まるで詐欺師だなと内心で自身を軽く罵倒しつつ、そのまま仕事を済ませて彼は家へと帰宅した。


 土日を経て、月曜日になった段階で扉は正常化を果たしている。

 開ければ部屋は見知ったもので、試しにともう一度外に出てみると元の世界と同じ景色が広がったまま。

 

「やっぱりあそこと繋がるのは土日だけか……」


 土曜日に帰還を果たした日、彼は向こうの世界と此方の世界が何時になるのかを推測した。

 最初に繋がったのは二週間前の土曜日で、次の日曜日にも扉は開かれたまま。月曜日に仕事に出た際には元に戻り、一週間前の土曜日に再度扉は異世界に接続された。

 ここで解るのは、異世界への接続は一週間の内土曜と日曜の二日間だけであるということ。

 不思議な話であるが、一喜にとっては都合が良い。

 そうなる日を事前に解っておけば予定も立てやすく、彼は夕飯の入ったコンビニ袋を机の上に置いてパソコン前に座り込んだ。

 その横には一枚のカード。ダイヤのティーガーは灰色の輝きを放たず、姿自体はプラスチックカードとまったく変わりない。

 

「ふんっ」


 カードを持ち、他の二人がそうしたように一喜も自身の首にカードを差し込む。

 結果はカードは肉に潜らず、弧を描いて歪むだけ。当たった感触もプラスチックカード特有のもので、これがただの玩具と言われれば疑うことはない。

 

「……使えないよなぁ。 なんでだろ」


 カードを暫く見つめ、腕を組んで一喜は悩む。

 このカードは本物だ。本当に向こうの世界で敵は使用していて、一度敗北して排出されたからといって効力を失うなんてことはない。

 日曜日の段階で一喜はこれを入念に調べた。先ずは原作に登場していることを再確認し、僅かな絵柄の違いやお店で実際に販売されているカードとも比較したのである。

 結果解ったのは、やはり市販品のカードと目前のカードには何の違いもないということ。実物が無ければ確定とは言えずとも、収集した情報だけで判断するのであればダイヤのカードは特に珍しくも無い商品と同一だ。


 他に調べる手段があるとするなら、やはり直接メタルヴァンガードのベルトに装填して音声等が鳴るかの確認だろう。

 ただ、メタルヴァンガードのベルトは値段的には高い。新品で八千円する商品を見て、彼は口元をひくつかせていた。


「やっぱ買うしかないんかね。 出来れば買いたくなんてないんだけど……調べるならやるしかないよな」


 このカードが一喜の世界ではどうなっているのか。

 それを調べるには、例え玩具であってもベルトに差してみるのが一番解り易いのかもしれない。

 その日の夜、彼は中古屋サイトを巡りながらうんうんと呻り続けていた。

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