【第十一話】その男、演技にて踊る

 装甲の内側から肉の弾ける不快な音が鳴り、最後には装甲ごと小規模な爆散が発生した。

 いきなりの出来事に一喜は腕で顔を庇うも、そもそも攻撃ではなかったことで彼の足元には肉片と一枚のカードが転がり込むだけであった。

 そのカードを拾い、一喜は懐に仕舞い込む。あらゆる情報が欲しい身として、この世界に存在するカードは重要な意味を持つだろう。

 そうして漸く、彼は彼女と対峙する。

 敵を倒したことで着装を解除し、少女は鋭い目で一喜の行動を警戒した。

 仲間意識があるとは彼自身思ってはいない。この行動が怪しさに満ちているのも解り切っている。

 それでも情報が欲しいから、彼は言葉を募ることを決めていた。それは彼女にとっても同じである。


「……どうして俺を助けた? 見捨てて自分だけ逃げることも出来た筈だ」


「どうでもいいだろ、別に。 それよりもそのカードを寄越せ。 破棄しなければ次の奴が使いかねない」


「次の奴?」


 彼女がはぐらかしているのは一目瞭然であるが、一喜も深くは尋ねることはしない。

 ただ、次の奴という言葉には引っ掛かった。もしや、このカードは次の使い手を求めて勝手に動くのだろうかと。


「お前が何処に住んでいるのかは知らないし興味も無い。 けどな、この世界はそのカードの所為で滅茶苦茶になった。 皆カードを恨んでいるけど、同時にそのカードがあれば何でも出来ると思っている」


「……成程」


 異世界についての前提情報が無ければ十分に納得出来る話だと、彼は首肯する。

 この世界で人類が絶望の真っ只中に居る原因はやはりカードに在り、同時にカードには自身の未来を良い方に変える魅力がある。

 適合するかどうかはあれど、適合すれば自身の崩壊と引き換えに僅かな安寧を築くことは出来るだろう。

 実際に相対したからこそ、一喜は彼女の言葉に理解を示すことが出来る。

 アドバンスカードは人生大逆転の手札だ。破滅に己を導くとしても、欲する手が彼を害するだろうことは間違いない。


「言いたいことは解った。 けど、俺なら誰にも奪われずに済む方法がある。 だから心配するな」


「どうやってだ。 悪いがこの点については信用をしていないし、何ならお前が使わないとも限らない。 それで誰かを害するなら私がお前を殺す」


 二重螺旋のカードを前に突き出す彼女に一喜は肩を竦めた。

 確かに彼女とはこれが初対面。互いに深く相手を知っている訳ではない。そしてカードの脅威を彼女はよく解っている。

 奪いに来るのは誰かを害してほしくない為。彼女の顔面は着装前よりも浸食が進み、顔面の三分の二が鱗で覆われている。

 服で隠れて見えないだけで身体の方も浸食は進んでいるだろう。もうじき本当に人間扱いされなくなるかもしれない状態で、それでも彼女は戦うことを選んでいる。

 それが誰かの為であるならば――あまりにも彼女は心が優し過ぎた。


「アンタ、優しいな。 そんな風になっても戦うなんて、お前と一緒の奴等は幸せ者だ」


「……ふざけんな。 さっさとカードを寄越しな」


「大真面目だよ、俺は。 そんで、だからこそ渡したくは無い。 無理をしている女の子に更なる負担を背負わせるなんて真似は俺には出来ないからな」


 カードを破棄する。

 それは簡単な話のようで、実際のところは難しいだろう。それが出来るのならばきっと今頃はカードの枚数は減っていて、もう少し希望的な世界になってもおかしくはない。

 けれど彼女の目は暗いままだ。ハイライトの無い黒目には絶望が映るだけで、そこからどうして未来があると思えるだろうか。

 まず確実に、カードは破棄出来ない。如何なる原理か不明であれど、握った感触としては普通のカードはきっと破り捨てることも燃やすことも失敗に終わる。

 そうなれば、彼女が厳重にカードを持っておくしかないだろう。此処にはカードを管理する組織が無いのだから。

 

 一喜としては彼女が死ぬことに然程の罪悪感は無い。これはただ情報が欲しいが為に吐いている言葉で、心底から相手を心配しているものではないからだ。

 酷いと言われるであろうが、人間が一番大事なのは自分だ。一喜もまた自身の都合が一番大事であり、彼女の優しさは邪魔でしかない。

 この世界の全てを解き明かす。その為にも、カードは絶対に持ち帰られねばならない。

 人差し指で彼女を指差し、彼は更に言葉を重ねる。


「いいか、これが危険なのは百も承知だ。 俺が使わない保証なんて無いだろうとお前は言うし、実際にもう一度襲われれば俺は使うかもしれない。 でもお前が持っているよりは危険度は分散される。 お前を襲う誰かの割合が減るのは確かだ。 違うか?」


「……その言葉に否定はしない。 私が一緒に居るグループでもカードの力を欲する奴が出ないとも限らない」


「そうだ。 なら、危険な役回りは他にも背負わせろ。 俺という赤の他人に任せちまえ。 俺達は初対面だが、少なくともあの怪物を前に共闘したんだ。 一度だけ信じてみろ」


「――信じるのは無理だ」


 一喜の言葉は所詮はその場凌ぎのものだ。

 それを少女が見抜いた訳ではないが、彼女は否を再度突き付ける。彼女の不信はこの世界であれば当たり前であるし、一喜も荒廃した世界で誰かを信じることが難しいことは常識的に解っている。

 解っている上で信じろと口にして、信じられないと彼女は口にした。

 ならば残るは互いにとっての妥協点を模索する他無く、彼にはそれを成す突破口を握っている。


「なら、どうすれば預けることを許してくれる?」


「許すも許さないもない。 それは危険だから、私が管理する。 どんな危機があってもそこだけは譲らない」


「――君はオールドベースの人間じゃないぞ」


 は、と彼女は困惑の顔を向けた。

 唐突な単語の登場、そして一喜は態と訳知り顔で立つ。実際にこの世界の人間よりもカードやそれに付随する情報を知ってはいるが、自慢出来る程に把握してはいないのでこれはただのハッタリだ。

 虚勢を張り、相手の思考を狭めて極小の可能性に導かせる。

 思考誘導の類だが、嘘を吐くという点で信じ込ませるには有効な手だ。


「君のカードはハートのDNA。 兵器は細菌を使用した毒だ。 あのティーガーと比較すれば、正面からの戦闘にはあまり向いていない」


「お、まえ……」


 カードを一目見ただけで能力の全てを看破するのは不可能だ。

 特に彼女の持つ細菌兵器としての能力であれば、なおのこと具体的な作用を判別するのは難しい。

 それが毒であると思考するまでは出来るだろうが、細菌兵器であると見抜くのは事前に知っていなければ不可能だ。

 だから、彼女は困惑を驚愕に変えた。どうしてそれを知っていると目は語り、一喜は真剣な表情で彼女と目を合わせる。

 遊びではない本気の表情をここで前面に出し、説得力を増やす。


我々・・が有するカードの枚数は決して多くはない。 しかし、未だ一度も取られていないのは事実だ。 今はまだ完全な平和を与えるのは難しいが、必ず我々は使命を全うしよう」


「嘘だ、そんな筈はない……」


「事実だ。 都市伝説になる程度にまで露見したのは我々の失態ではあるがな。 余計な希望を与えたくはなかった」


 情報収集をする上で、都市伝説としてのオールドベースは実に一喜の役に立つ。

 それが実際に存在するかは兎も角、今この時点で取り繕うにはうってつけの材料だとして機能し、確かに一人の少女に衝撃と一縷の可能性を与えた。

 一喜の毅然とした態度が彼女の心を揺さぶったのだ。それでもまだ、完全に彼女の目から疑念が消えた訳ではないが。

 

「ならなんで逃げるような真似をした? オールドベースは連中に対抗する力を持ってないのかよ」


「――恥ずかしい話だが、現時点ではその通りだ」


「っは、やっぱりな。 そんな様で誰かを守れるもんかよ」


「君の意見は正しい。 我々は調査を重ね、カードを直接使用することが危険であると使用を避けた。 故に、現時点でカードを使用した戦闘は出来ないでいる」


「んじゃどうする? 使わないでどうやって奴等を倒す? 答えてみろ!」


 彼女は疑念をぶつけているが、その反応は一喜が望んでいたものだ。

 彼には彼女が沼に嵌まり掛けた人間に見えている。そのままどんどんと望み通りの言葉を吐けと内心で思いつつ、表面上は真面目な態度を崩さない。

 

「カードを使用せずに現行の兵器だけで対抗するのは不可能だ。 これは先の軍事行動が示す通り、奴等を倒す為にはカードの力には頼らなくてはならない。 ――ならば、使っても問題が無い状態に変化させるまでの話」


「は?」


「既に実験は成功している。 適合者に限定されるが、毒素を排した上でカードの性能を引き出すことは可能だ。 成したのは一人の科学者だが、あの人物が居なければ我々の足は止まったままであっただろう」


「――――」


 彼女は足を一歩前に出した。

 その様子に、一喜は内心で引っ掛かったなとほくそ笑んだ。

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