【第九話】その男、助けられる

『ウへへへへへへャヘへへへィャハヘハハハハ――――!!』


 肥満男が狂笑を上げ、二人目掛けて突進する。

 巨体特有の突撃は激突時に相手に多大なダメージを与え、迫る壁の印象を抱かせるだろう。その代わりとして速度が犠牲になりはするものの、心理的な脅威度は加速度的に上がっていく。

 一喜は竦みそうになる足を強引に動かした。少女も舌打ちをしながら横を意識して移動を開始し、二人は左右に別れる形で回避する。

 肥満男は前を見ているだけで二人を見ていなかった。碌に進路を変えることもせず、そのまま背後の廃墟へと身体をめり込ませる。

 恐ろしいのはその一撃で廃墟が吹き飛んだことだ。衝撃音が辺りに轟き、今にも崩れそうになっていた二階建ての建物は一気に崩壊を始めた。


 砂埃が舞い、一喜は相手の様子を見やる。

 肥満男は瓦礫を吹き飛ばしながら抜け出て、一喜の方に顔を向けていた。

 

「おっそろしい威力だな。 ……あんた、それを何処で貰った!」


『貰ったぁ? ――これは僕が選ばれた結果だぁ!!』


 質問に激が返される。

 相手は激昂しながら右腕の砲を一喜に向け、そのまま装填済みの弾を彼に向かって発射した。

 咄嗟に一喜は横に飛んで転がり、瞬時に耳を両手で塞ぎながら起き上がる。

 そして駆け出そうとして、背後で着弾した弾の爆発に彼の身体は吹き飛んだ。背中や四肢を地面に打ち付けながら転がり、痛みで思わず呻き声が漏れる。

 細かい石片が彼の身体に命中しつつも致命的な損傷は無い。ゆっくりと起き上がって背後を見れば、そこには廃墟があったであろう更地が出来上がっていた。

 あまりにもの威力に頬が引きつく。元の世界では体験することはないであろう殺意は、間違いなく人間を対象にすべきではない代物だ。

 

 元ネタが兵器というのもあって、メタルヴァンガードに出て来る敵はその全てに兵器としての側面がある。

 勿論これにも理由が存在するが、目前の対象物には戦車としての概念が付随している状態だ。歩兵では太刀打ちできない防御力に、砲を主武器とした脅威の攻撃力。

 攻防一体とした重戦車を止めるには装甲を突破する一点集中型の火力か、あるいは相手の生存を脅かす搦め手が求められる。

 しかし現状、一喜には両方の手が無い。つまりは逃げることが最善手となる。

 

『僕は! ボクは! あの人に選ばれて! あの人が君なら使いこなせると信じて! 選んでくれたんだ!!』


 砲が火を噴き続ける。

 激情の赴くままに一喜を殺さんとする砲撃は、そのどれか一つでも容易く彼の命を刈り取って周辺に大きな痕跡を残す。

 瓦礫が道を封鎖していく。倒れた廃墟同士が大きな壁となって逃走に使える経路を塞ぎ、一喜は人が通り抜けられることが出来そうな抜け穴を何とか探す。

 ダイヤのタンク。その言葉が示すのは、つまるところ敵もメタルヴァンガードの設定に従っているということ。

 であるならば、無差別に暴れる様子も設定通りだ。

 一喜の中にあるパズルのピースがまた一つ浮かび上がり、その手に確信と共に握られた。

 

 メタルヴァンガードに登場する力を与えるカード――アドバンスカードはそのままの使用では人体に悪影響を与える。

 それも水銀や鉛のように体内にゆっくりと蓄積されるものではなく、二回三回の使用で肉体や精神に大きな変化を与えるのだ。

 肥満男は精神が著しく狂っている。選ばれた人間だからこそ、己のする行いは全て正しいと盲信して童子が如くに暴れているのだ。

 常識や良識を捨て去った様は正しく獣であり、相手は獣の頭で現代兵器を凌駕する武器を本能的に振るっている。

 それでカードの性能を最大限にまで引き上げることは出来ない。使えることは使えるが、そもそもその状態は半適合状態として不安定だ。

 

「……畜生、俺ばっかり狙いやがって。 貧乏くじでも引いたか?」


 息も荒くなり始め、自然と悪態も口に出る。

 周りの破壊音のお蔭で誰にも彼の文句は届かないが、もしも聞かれていたとしても本人はまったく構いはしなかった。

 全てが上手くいくとは思っていない。失敗の方が寧ろ多いだろうと解っている。

 だけれども、それで実際に失敗を引いて仕方ないとは言えない。それはそれとして愚痴を吐きたいし怒りも抱く。

 

「――おい! こっちだ!!」


 不意に声が聞こえた。

 顔を声の方向に動かすと、少女が崩れた廃墟の上で一喜を大声で呼んでいる。明らかに危険な場所に立っているが、本人はまったく気にしていない。

 建物は他の倒れた場所と比較すれば高くはないが、かといって登ることが簡単な訳ではないのだ。

 加え、肥満男は常に一喜をロックオンしている。このまま彼女の所に行くのは愚行極まる行為だ。

 駄目かもしれないと、一喜は脳裏の片隅で考えた。

 生きる為の道を諦めてはいないものの、かといってそれが成せる確率は万分の一だ。

 脱出するには都合が良い出来事が起きねばならない。そして現状、それが起こる余地は皆無だ。


「お前は逃げろ! 俺のことは放っておけ!!」


 叫ぶ。

 一喜の大声に少女は困惑した顔をするが、彼としては余計な犠牲は本意ではない。

 死ぬにせよ、その時間を使って少女を逃すくらいは出来る筈だ。別に善人を気取るつもりはないが、善人っぽい振舞いは他者を突き動かす理由になる。

 少女は他人を見捨てない程度には心優しい。いざとなればまた違うだろうが、現時点での彼女は冷酷さを持ち得ていない。

 それは年齢が理由だろう。こんな希望が無い世界でも、若いというだけで何かしらのもしもを考える。

 そんなもしもは打ち砕かれるのが常なのに、若さは情熱を湧き上がらせて無謀に舵を切るのだ。

 少女もまた、そのような思考に突き動いている。一喜はそう感じていて――しかし再度彼女の様子を伺った際に目を見開く。


 少女は何か覚悟を決めたような顔をしていた。

 それは戦地に赴く兵士のような、死地へと挑む戦士のような、兎も角まだ幼さの残る少女が浮かべる表情ではない。

 ジャケットの内側に彼女は手を伸ばす、暫く弄った彼女は一枚のカードを取り出した。

 灰色の小さな光を発するそれは、肥満男が首に突き刺した物と一緒だ。

 アドバンスカードに刻印された記号はハート。絵柄は二重螺旋が崩壊している独特なもの。

 顔面の半分を占める鱗の異常に、彼女が有するカード。その二つがあれば、一喜とて彼女がどのような存在かは解る。

 敵か味方かは解らない。解らないが、彼女もまた半適合者なのだ。

 

「他人の心配をしている場合かよ! ――ッ、着装!」


 彼女も叫ぶ。

 手にあるカードを首の傍にまで持って行き、一呼吸置いて一気に突き刺した。

 身体が服ごと変化する。前進が赤い鱗に覆われ、顔面にはV字型の水色のバイザーが埋め込まれる形で出現した。

 両腕には枝のような杭が出現し、二本の足には一本ずつ触手のような物体が伸びる。

 下半身のみに白い布が巻かれ、正に化け物らしい化け物として彼女は完成した。

 

『お前の相手は私だ!』


『……お、お前ェ!?』


 建物の上から飛び降り、急速に肥満男の足元まで接近する。

 その速度は戦車では出せない。身軽で防御力が低いが故に、彼女の方が手数は上だ。

 驚きで動きの止まった身体に少女は右腕を突き出す。

 胴体を狙った攻撃は重戦車の硬い装甲に阻まれるが、そんなことなど知るかとばかりに腕に装填されている杭を射出。

 急加速で装甲に激突した杭は、相手の胴体を凹ませながら初めて後方へと吹き飛ばすことに成功した。

 戦場の攻防が一転する。赤の戦士と化した少女は相手を見据え、化け物退治への本格攻勢へと進んだ――――。

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