【第五話】メタルヴァンガード

 ――メタルヴァンガードと呼ばれる作品は、今よりも二年前に放映された特撮番組だ。

 一喜が調べた限り、件の作品は評価が難しい難題作だった。

 子供向けとはとても思えぬ重厚かつ、暗さのある話。人間関係の素晴らしさを謳いながらも、簡単に人間関係が壊れる儚さもメタルヴァンガードには描かれている。

 裏切りは当たり前。昨日の友は今日の敵であることも珍しくなく、登場する作品のキャラ達はその時々の感情によって立場を変えてしまう。

 子供が見れば人間不信に陥っても不思議ではない。こんなものを日曜の朝に放送するなと苦情は毎日あったそうで、それでもメタルヴァンガードは最後まで放送されるに至った。

 その根底にあるのは人間社会の恐ろしさに対する備えだ。


 子供達は無垢だ。自身の環境の影響を容易く受け、何が間違いで何が正解かも解らないまま成長を遂げていく。

 そうして子供が少年少女となり、大人となり、社会の海へと帆を上げる。

 社会の厳しさを容赦無く突き付けられ、世界中の同世代の子供達の何割かは社会に絶望して離反を考えるようになるのだ。

 絶望とは、全てが救いにならない時に発生する。例え誰かが助けてくれたとしても、心の何処かでは淀みとして残るのだ。自分は欠陥人間ではないかと。

 そんなことはないと言えるような人間が傍に居たら良いが、世の中の理想的な家族というのは想像以上に少ない。


 故に、メタルヴァンガードという作品はこれから成長していく幼子に向けて現実の厳しさを突き付ける作品となった。

 他とは異なる色彩を得たこの作品は圧倒的な支持を受けずとも、甘やかすばかりでは堕落すると考える者達には受けた。

 夢を持つことの容易さ、それを維持することの難しさ。そして生きるとはどんな厳しさの上で成り立っているのか。

 

「――すげぇな、今時の特撮ってこんな感じなのかよ」


 格安のノートパソコンの画面にはメタルヴァンガードの戦闘シーンが表示されている。

 一喜はそれ見て感心するばかり。自身が過去に朧気に思い出せる作品よりもCG技術や撮影技術が向上し、有り得ない現実を有り得るものとしてそこに成立させている。

 アイテムのバリエーションも豊かだ。メタルヴァンガードは腰からの変身を使うが、右腕部にもアイテムを使う機械がある。

 四号まで変身する者が居り、一号と二号を除けば後は腕部の機械で皆姿を変えて戦っていた。


「これが本当にあるならやってみたいけど、昨日調べた限りだとなぁ……」


 遅くまで調べた所為で昨日は結局寝不足のまま仕事を迎えた。

 仕事を始めた直後から同じ時間の青年と会話を交わすようになり、メタルヴァンガードについてを尋ねてみれば恐ろしい勢いで色々と教えてくれた。

 物語については然程興味は無い。必要なのは技術や敵の存在について。あの世界が元の作品と違う可能性があるのだから、そのままそっくりメタルヴァンガードの物語が広がっていると考えるのは愚かだ。

 青年からの解説と手にした情報を加味すると、結論としてはメタルヴァンガードにはなろうとしてなれるものではない。

 腰部に巻くベルトは万人が使用出来るのではなく、ある種の適性が必要となる。


 そもそもの話、変身――物語上では着装と呼称される現象を起こすにはベルトに装填するカードが必要だ。

 枚数は劇場版を含めて四十枚。トランプのダイヤ、クラブ、ハート、スペード各種四枚ずつにジャック、クイーン、キングが一枚ずつ。

 そこに最後にジョーカーが加わり、更にコピーカードとして同様の物を含めると合計で四十枚になる。

 これはトランプを知っていればおかしい話だが、トランプとの違いは数字が存在しないことと絵柄だ。

 カードには兵器の絵が描かれ、西洋風のアレンジを加えられている。

 これは人類の技術によって作られたもので、何か別の文明の技術が流入されて作られている訳ではない。


 そして重要なのは、カードには適性が存在することだ。

 使える人間・使えない人間が存在し、物語の上でも使用出来ない人物は多く存在していた。

 仮に使えたとしても適性率が低いことで暴走が起き、つまり高適性を叩き出せる人間でなければまともな運用は望めない。

 一喜が危惧するのはそこだ。仮にメタルヴァンガードが存在するとして、自分に使える機会が回ってきたとして。

 そこで自分が戦えるとは限らない。そもそもその時点になって戦おうと思えるかも定かではない。


「ロマンの塊だよなぁ。 これを本気で日本で使おうとしたら大批判をもらうだろうな」


 人を選ぶ危険だらけのロマン兵器。

 人死にが発生する確率があまりにも高い兵器故に、日本の地では絶対に採用されない。今の自衛隊が使おうと言えば、安全性について何年も議論を重ねることになるだろう。

 日本の政治は特に何かを決めることや変えることは長引くからなと内心で軽く批判しつつ、ふとノートパソコンの備え付けの時計を見る。

 仕事は終わり、その時点で二十二時を超えていた。更に資料となる動画や考察サイトを見ていたことで既に日を跨いでいる。

 二時間以上も一度も休憩せずにいたことは一喜にとって珍しい。競馬の予想を立てる時には数十分に一度は休憩を挟んでいたというのに、あの世界に対する期待が熱意を発生させているのだろう。


「ま、今日は休みだ。 気絶する寸前までやっても問題無いだろう。 飯や飲み物も大量に用意しておいたし、二日間は引き篭もり生活を送れるな」


 情報収集で多くの時間が必要となるのは既に解っていた。

 それ故にスーパーを巡って安くて大量に入っている缶詰やカップ麺を購入し、飲み物は二リットルの物を三日かけて大量に運び込んだ。

 気絶しても問題は無い状態を作り上げたお蔭か、今の彼には奇妙なことに眠気もまったくと無い。

 しかし目の疲れはどうしようもないようで、自覚した瞬間から視界がぼやけた。

 瞼を押さえつつ、机の横にある飲み物に口を付ける。まだまだ眠る気は無いが、それでも気分転換でもすべきかと飲みかけを置いて着替えを始めた。


「やり過ぎってことかな……。 こういう時は散歩でもして整理するか」


 持ち物は財布が一つに携帯一つ。

 極めてラフな状態で最後に上着を着て、そのまま外への玄関を開ける。

 そういえば、最初に繋がった時は夜に近い時間帯だった。あの時は途中まで違和感を覚えなかったものだが、どうしてあの時は周りをよく見なかったのか。

 気付けばおかしいと解った自分の鈍感さにはほとほと呆れるしかない。自分に危機など訪れる筈もないという確信が、警戒心の薄さを鮮明にしたのだ。

 次はそうなるようにはしない。そう思いつつ目を外に向け――――景色が一変していることに気付いた。


「……まさか、繋がったのか?」


 急いで扉を閉めて外に出て、振り返る。

 一喜が住んでいる建物は崩壊していた。見慣れた穴と亀裂がそこに存在し、慌てて逃げ帰った記憶のままの状態を維持している。

 工事が入った形跡は皆無だ。つまり、やはりこの今にも倒壊しそうな建物は放棄されている。

 確認してからは散歩など頭から吹き飛び、室内に入り込む。

 ノートパソコンの電源を落とし、飲みかけのお茶を一気に全て消費してゴミ箱に投げ捨てた。

 押入れの布団を広げ、最後に部屋の電気を消して布団の上で横になる。


「繋がった、繋がったぞ! よっしゃよっしゃよっしゃ、これで俺の調べものは無駄にならない……ッ!!」


 横になった状態で一喜は押入れの天井に向かって拳を突きあげる。

 いきなり現れ、いきなり消えた。ならばまたいきなり現れるだろうと思い、結果としてやはりいきなり現れた。

 予想的中。これほど嬉しいことは他にないと言わんばかりに彼の口は大きく歪む。

 携帯は土曜日を表示している。それはあの日、初めて繋がった日と同じ曜日だった。

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