【第四話】その男、正体を知る
二十歳の青年は、基本的には誰かに積極的に話しかける明るい人物ではなかった。
仕事をする上で穏やかに接することができる人物ではあったが、深く仲を築こうとすると一歩引かれるような人物でもあった。
珍しくもないが、青年は働きに出てきているのだ。本人がどのような理由で働いているのかは定かではないものの、特に問題も起こさずに周りと軋轢無く職務を熟している。
本人に深く仲良くする気が無いのであれば、そこに踏み込むのは些か以上に相手への迷惑になるだろう。
だから誰もが青年のプライベートには触れないし、青年も基本的には四方山話や迷惑な客に対する愚痴しか発してはいなかった。
そんな人物が、今初めて素の言葉で一喜に話し掛けてきたのだ。
「そう、なのかな? 俺は知らないからさ」
「形はちょっと違いますけど、ダーパタロスですよ。 髑髏頭に世紀末風のパンクな姿。 あってます?」
突然の会話となったが、一喜は青年の言葉に驚いた。
彼の語った姿形は正に一緒だ。拙い絵である筈なのに、青年はそれを見ただけで容易く答えだろうと思われる存在の名前を口にした。
此処は現実だ。少なくとも、異世界を彼が知っているとは思えない。にも関わらずに同じ姿をしている存在が居るとなれば、それは有力な手掛かりになるだろう。
脳味噌が回転する。どう答えるべきかを考え、即興で話の流れを構築させた。
「あってるあってる! これなんかのキャラクターなのか?」
「特撮番組の敵役ですね。 メタルヴァンガードって作品の中盤くらいに登場する厄介なキャラですよ」
特撮番組。
予想の斜め上からの情報に、別の意味で驚きを一喜は感じた。
一喜は特撮番組と呼ばれる作品をまったくと見ない。最後に見たのは中学一年くらいなもので、その時の主役達の姿は朧気にしか思い出せない。
「詳しいな。 ……もしかして特撮が趣味なのか?」
「う……まぁ、そうですね。 子供の頃から特撮番組を見ていまして、あんまり人には言わないようにしていました。 まさか此処でタロスを見るとは思わず、つい……」
後頭部を掻きながら若干頬を染めた青年につい微笑ましさを一喜は感じた。
別に一喜は大人が特撮を見ることを馬鹿にする気は無い。寧ろ逆に、今回は助かったと感謝したいくらいだ。彼が情報を齎してくれたお蔭であの怪物の素性に繋がる手掛かりを入手し、思考が前に進むことが出来た。
「いや、今回は助かった。 実はちょっと困ったことになってな」
「困ったことですか?」
さて、情報を手にしたのであれば即興の筋書きも自然と定まる。
異世界関係は絶対に話せないとして、その上でこのダーパタロスについてを彼に説明しなければならない。
勿論、敢えて説明しない選択肢もある。その場合は青年に少々の不信感を与えることとなるが、極端な問題には発展しないだろう。
どちらも悪い結果にはならない。――――その上で選択するのは前者だ。
「……休みの深夜に不審者に遭遇したんだよ。 なんかコスプレしているみたいなんだが、言動が大分不気味でな。 対策をどうしようか考えてたんだ」
青年に語ったのは嘘である。
不審者は此処では見ていないし、そんなコスプレ野郎が居れば彼以外にも発見していても不思議ではない。
一応は深夜にすることで人目は無かったと言外に伝え、特に隠す理由が無いような話に青年は露骨に驚きを露にする。
「え、不審者ですか?」
「そうなんだよ。 こんな格好をしてふらふらと外を歩き回っていたんだ。 しかも手は真っ赤でさ」
「うわ、それはヤバそうな感じですね。 ご愁傷様です」
青年は驚きつつ、次いで困り顔を浮かべる。
無理も無い。この店で働く人間は総じて近所に住んでいる。彼も例外ではなく、未だ電車通勤をしている人間は居ない。
それ故に、不審者が近くをうろついていることは青年にとっても嫌な話である。
万が一に出くわして話し掛けられれば、対応次第でどんなことをされるか定かではない。間違っても殴りかかられる状況は御免だ。
「俺は直ぐに家に走ったから無事だったけど、もしかしたらまだどこかでうろついている可能性があるからそっちも気を付けて」
「解りました。 なるべく夜は出歩かないようにしておきます。 ……大事にならないといいんですけど」
「どうだろうな。 もしも警察に捕まって地域新聞辺りに掲載されれば、流石に噂話に発展すると思うが」
「その所為で自分の好きな作品を悪く言われたくないんですけど……こればっかりはどうしようもありませんね」
「製作会社にクレームが来ないことを祈るばかりだな。 よし、仕事に戻るわ」
嘘に予測を含ませ、話を切る。
青年は一喜の言葉に何の疑いもせずにじゃあ自分は休憩に入りますと返し、そのまま二人は少々仲を深めつつも何時も通りの時間を過ごした。
予想外の方向からの収穫であったが、何も知らなかった彼は確かな前進を果たす。
仕事を終えた彼は急ぎ足で家へと帰宅した後、直ぐにパソコンを起動させてメタルヴァンガードについてを調べ始める。
特撮作品とジャンルも言ってくれたお蔭で似たような作品があったとしても間違いようはない。
一発で目的の作品にぶつかり、件の番組が二年前のものであることを彼はここで初めて知った。
現在は製作会社が提供している有料配信サイトで全話が見られるようで、そちらを先ずは見ずに公式サイトの悪役サイドにページを進ませる。
クリックしてページが進んだ瞬間に数多くの敵の姿が現れるが、彼の目当てはあの日見た骸骨人間だ。
目が滑ってしまいそうな数の中で何とか確認をしていき、やがて半分辺りで件の存在を発見することが出来た。
「ダーパタロス。 ……本当に居たんだな」
該当の怪人をクリックすると専用ページに移行し、その姿を大きくさせる。
横には照会文があるものの、そちらについて一喜はまったくと見なかった。過去の姿とどれだけ符号するかをよくよく見ながら確認し――――やはりそれが自身の見たあれとまったく同一の存在であることを確信する。
つまり、あの世界にはダーパタロスが居た。更にそこから思考を発展させていくとするならば、あの世界はメタルヴァンガードが活躍する世界である。
確信にまで至る材料がある訳ではない。どうしたって彼は外に出るのを怖がった過去があるのだから、全てを知るにはメタルヴァンガードそのものを理解した上で件の世界で比較しなければならない。
「こりゃ、大仕事になりそうだな。 一ヶ月や二ヶ月じゃ終わらんぞ」
口角が釣り上がるのを彼は自覚した。
あの恐ろしい怪物が居る世界なのに、彼の心中に恐怖は無かった。未知が既知に変わり、自分だけの何かが始まることを予感させられたのだ。
知りたいと思ったことが予想外の方向からやってくるなど普通ではない。偶然と言われればそこまでだが、それでは人生面白くない。
これをただの偶然ではなく、運命だとでも思った方が余程有意義だ。
人間関係が深く関与することがないのも一喜としてはグッド。面白いことを一人で追求できるというのは、彼にとっては競馬に勝る興味の対象だ。
恐ろしいことはある。この作品世界に行っているのであれば、やはりどうしても死の危険は付き纏う。
しかしだ。ローリスクにはローリターンしかない。
少額投資では少量の銭しか入らないのと同様に、危険な道を進まねば大きな成果を得ることは出来ない。
ハイリスクであることを承知の上で、ハイリターンを狙う。今の社会に対して興味関心が薄い彼であるからこそ、それは随分と魅力的に見えた。
指が躍る。自然と公式サイトのページを無数にタブに表示させ、その全てを脳味噌に叩き込む。
何時あの世界に行けるのかは彼には解らない。解らないが、それでも一回あったのだから二回目があっても不思議ではないと前のめりで全てを進めた。
その日、彼は遅くまで情報収集に勤しみ寝不足を迎えた。頭が鈍痛を訴え、瞼が今にも落ちそうな眠気に陥りながらも血色は恐ろしく良くなっていたのだった。
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