第1話④ それぞれの日常④ 重い妹?
光輝くん――――――――。
「それって……」
「「男っ!!??」」
絵美と紗代子は、二人して学食内にいるかなりの生徒に聞こえるくらいのボリュームで叫んだ。
日菜は「声大きいよ……」と白けた目つきで二人を睨む。
一部の男子生徒たちがこの世の終わりのような表情で日菜たちを見ていた。
×××
日菜は、この2カ月の間に自らの周囲で起きた出来事を話した。
とはいっても、学費のパトロンであるとか、食事まで共にしているとか、本当に大事で危ないネタは伏せておいた。あくまで家庭のトラブルがあり、その引っ越し先で出会い、色々と手助けしてくれた、という設定である。
ただし―――――――。
「ふーん、お兄さんがしてた借金を代わりに返してくれた、ねえ」
「うん。とはいっても、元々光輝くんがお兄ちゃんの借金の保証人になってたからだけど」
「そういう事情だったの……。ひなちゃんのお兄さんのお店が突然閉店になってたから心配だったんだ」
結月とは違い、日菜は光輝と知り合った一番重要な話を二人に打ち明ける。
絵美と紗代子は、日菜の兄が経営していた洋菓子店の常連でもあった。だから、この辺りの話に触れないのは不自然になる。
それに――――――――。
「借金を返してくれた後もさ、家賃の安い新しい住まいを紹介してくれたりとか、うちのめんどくさい親戚たちとの交渉の窓口になってくれたりしたんだ。要するに、めちゃくちゃお世話になった人ってわけ」
日菜は淡々と、冷静に説明した。
「いや、でもひなちゃん……」
「フツー、いくらお兄さんの友達だからってそこまでする? 日菜や結月さんに下心とかやましい気持ちがあるんじゃないの?」
やっぱり。
「そう言われると思ったから、二人にはちゃんと話したんだよ」
「「えっ?」」
それにやっぱり、光輝のことを後ろめたい存在として扱うのが嫌だった。
実は、この“設定”は、光輝と相談したうえで“明かしていい”と三人で取り決めたラインだった。光輝は最後まで渋っていたし、結月も消極的ではあったが、自分が断固主張して押し通した。結月がこのラインを二人の友人に話すことになったのは自らの不注意ゆえであるが。
「下手に勘ぐられたり、怪しまれたりするくらいならその前に言っておいたほうが早いし。まあ、あんまり言い触らしてほしくはないけど」
「いや、さすがにそこまではしないけどさあ」
「勘違いしてるかもしれないけど、あくまでお隣さんだし。アパートの大家さんもちゃんと目を光らせてくれてるし。それに、あたしもお姉ちゃんも半端な気持ちで彼を信じたわけじゃないよ。もし、本当にあたしの様子がヘンだと思ったら、二人は周りの大人に相談してくれたっていいし」
……まあ、光輝の部屋のダイニングにはもう自分用の茶碗と湯呑はあるし、ラノベの貸し借りはしょっちゅうしてるし、LINEのスタンプは毎日送りつけているし、ソシャゲのフレンド登録もしているが、それはセーフの範疇だろう。あれ以来、夜分には押しかけてないし。
と日菜は思うことにした。
「……ひなちゃんがそこまで言うなら、しばらくは様子を見るけど」
「でも、今あんた、自分で言ったからね? もしそういうことがあると思ったら容赦しないからね?」
「うん、お願い。っていうか、ありがと。そこまで心配してくれて」
日菜は微笑む。やっぱりこの二人が友達でよかった。
「それにさ、もし光輝くんにホントに下心があったとしても、お姉ちゃんはもういい大人なんだから騙されようが自己責任でしょ」
……騙されるのはどっちかわからないけど、と日菜は小声でぼやく。
「えっと……それって、その光輝さん? と結月さんがもうそういう関係、ってこと?」
絵美がおそるおそる尋ねる。日菜は答えた。
「ううん、全然。っていうかまだまだ? お姉ちゃんはもう好き好きオーラが隠せてないんだけど、光輝くんがまた鈍いしヘタレでさー。当分時間かかるんじゃないかなあ」
ようやく年頃らしい話題にシフトし、少女たちの口は滑らかになっていく。
「ほーん、でも結月さんも日菜もそこまで肩入れするなんて相当なイケメンなんだ? お兄さんに負けないくらい」
「ううん、全然。これっぽっちも」
「「は?」」
「インドア派でオタクで、いかにも大人の陰キャって感じ。っていうか本人がそう豪語してるし」
日菜はクスクスと意地悪く笑う。ホント、ダサいよね、光輝くん。
「なーんだ。社会人の年上の男で、しかも一流企業勤めで稼ぎもいいっていうから、ちょっと期待したのに」
「……紗代ちゃん。さっきのカッコいいセリフ台無しだよ」
「ホントにチャラくて口の上手いスマートな大人の男だったら、あたしたちももっと警戒してるって。特にお姉ちゃんは」
「でも、ちょっと言い方悪いけど、そういう人ならかえって安心だな。男の人としての魅力に欠けるなら」
「確かに日菜の言う通り、結月さんは大人だもんね。未成年の日菜がその人に何にも感じてないなら平気か。聞いてる限り、向こうから手を出してくるような人じゃなさそうだし」
ぽろりと絵美と紗代子がそう漏らした瞬間、日菜は真顔になった。
……無意識のうちに。
「何言ってるの、絵美、紗代子。光輝くん、魅力はめっちゃあるよ?」
「……え?」
「……日菜?」
「確かに普段はダサいし、横着だし、察し悪いし、いい大人のくせして自己評価低くてウザいし、変な自己犠牲に酔ってるし、いつまで経っても呼び捨てしてくれないし、めんどくさ!って思うけど……」
「ひ、ひなちゃん?」
「だけど……いつも優しいし、あたしを変に子ども扱いしないし、趣味は似てるし、ウザいけどなんだか危なっかしくてほっとけないし。……何より、いつだってあたしとお姉ちゃんの気持ちを一番に尊重してくれるんだ。……だからさ、光輝くんに恩返しできるような選択、したいんだよね」
日菜はそう言い切ると、残りのランチを食べ始めた。
「「…………」」
絵美と紗代子はぽかーんと言葉が紡げなくなっていた。
×××
「ちょ、ちょっと紗代ちゃん! これ、ホント平気なの? ……さっきとは違う意味で」
「……正直、意外というかなんというか。真面目な結月さんはともかく、まさか日菜までこんなめんどくさいタイプの女だったなんて……。しかも本人自覚ないっぽいし」
「わたし……むしろその光輝さんのほうが心配になってきたよ……」
「……あたし、姉妹間の刃傷沙汰で警察に相談とかしたくないんだけど……」
「とりあえず、ひなちゃんを狙ってる男子の100%が撃沈なのは確定したね……」
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