第1話③ それぞれの日常③ 日菜編
Another View ~Hina Side~
「提出期限は来週いっぱいだから、みんな、よろしくねー! それじゃあホームルーム終わり!」
「きりーつ、れいっ!」
ありがとうございましたー! と数十人分の揃った声がクラス内に響き渡る。
一番窓際の列の後ろから3番目。進級後最初の席替えでまずまずの立地を確保した日菜は、つい先ほど担任(アラサー独身の女性教師。光輝くんより1つ年上らしい)から配られたプリントに目を落とす。
(進路調査、か……)
なんてアンニュイな溜息をつくなり。
「ひーなーちゃーん!!」
「ひゃあっ!? え、絵美!? ちょっと! びっくりするじゃん!」
いきなり背後から抱き着かれ、日菜は素っ頓狂な叫びをあげる。その少し艶めかしい声に一部の男子たちの視線が彼女に集中した。クラス……いや校内でも指折りの美少女である日菜は今年も憧れの的だ。
……いや、今注目を浴びている理由はそれだけではないが。
「えへへー。今日のヒナニウムほきゅー。ひなちゃん、やっぱりいい匂いするー。髪もサラサラー」
「だ、だから
「そりゃひなちゃんの身体が出てるマイナスイオン? だよー。わたし、これがないと一日が始まらないんだー! むぎゅー!」
「って、どこ触ってるの! セ、セクハラだよセクハラ!」
日菜は抗議の声を再び上げる。
……自分がお隣に住む大の男にほぼ同じことをしていたのは棚に上げて。
「おお、また始まった」「今年もあの二人仲いいな」なんて声があちこちから聞こえてくる。
いくら女子同士とはいえ、スキンシップがやや過剰なこの少女の名は
「相変わらずラブラブだねえ、あんたたち」
そんな二人の仲睦まじい姿に、クスクスと笑いつつからかいの一手を入れてきたのは。
「ちょ、ちょっと
その金色に染めたショートヘアーにワンポイントのピアス。身長は170センチとその高い身長と、ギャルらしい短いスカートから覗くスラリと長い足が眩しい。
この少女の名は
「まったく、しょうがないなあ。ほら」
紗代子は、まるでプリンセスをダンスに誘う王子のように手を差し出す。
「え? う、うん……」
その所作があまりにも自然だったため、日菜は反射的にその手を取ってしまう。
「って、きゃっ!?」
その瞬間、日菜は紗代子に強引に手を引かれ、胸元に抱き寄せられた。
その百合にもノーマルにも見えるカップリングに、おおっー!! と今度は歓声が上がった。
「大丈夫かい、お嬢さん」
耳元で囁かれる。……それもやたら甘ったるい声で。
日菜は思わず何かに目覚めそうになってしまう気がして、とっさに紗代子の胸を押し返した。
「おっと。なんだ、酷いじゃない日菜」
「…………」
……なんでこんなイケメンなのにこんなでかいの。理不尽だ。
「あーもう! 紗代ちゃんにひなちゃん寝取られたー!!」
「寝取られ言うなし!」
絵美の誤解を招く危ない発言に、クラス内はまた笑い声に包まれ、そしてざわつくのであった。
×××
「んもう。新学期になってまだひと月も経ってないのに。今回初めて一緒のクラスになった人たち、めっちゃ引いてたじゃん」
そんなこんなで昼休み。学食で日替わりランチをつつきながら、日菜はぶーぶーと文句を垂れる。
「いやあ、あれであんたを狙おうとしてた男ども、半分は脱落したね」
紗代子がくくっと意地悪く笑うと、絵美がぷんすかとした様子で言った。
「あれくらいで引いちゃうような男なんてこっちから願い下げだよ! ね、ひなちゃん?」
「あたし、そんなこと何も言ってないんだけど……」
日菜はコロッケを口に運びつつ嘆息する。
「それに、今は彼氏の前に進路だし」
「そういやあんた……」
「……ひなちゃん」
さっきまでの騒々しさから一転、紗代子と絵美は二人して深刻な表情になる。
自分の身の上をさらけ出すことを避ける結月とは違い、日菜は親しい友人たちには自らの置かれた家庭環境をある程度説明している。まだ未成年の身ではすべてを自分の意志だけで決めるなんて無理だし、大学生のように日頃から家庭の事をまったく話題にしないのは難しい。
それに、ずっと前から兄の陽太の軽薄さをよく思っていないところがあった姉とは異なり、日菜は年の離れた兄に懐いていた。姿を消した今でも別に憎んだりもしていない。そんなところも、身内に関する口の重さに影響しているのかもしれない。
「ひなちゃん……やっぱり進学、諦めちゃうの?」
「よしなよ絵美。人様の将来に首を突っ込むのは」
「……え?」
日菜は一瞬、何のこと、と首を傾げそうになり、まだ二人には事情に進展があったことを話していないと思い出した。
「あ、そっかそっか。ごめん、まだ話してなかったよね。そっちはだいたい解決したんだよ。だから、単純にどこの大学にしようかなって考え込んでただけ」
あ、そうなんだ、と絵美は心底ホッとした表情になる。紗代子も同様だった。
そんな自分の事のように安心してくれる二人を見て、日菜はこのかけがえのない友情に感謝する。
「進学自体に問題がなくなったんなら、何をそんなに悩んでんの? あんたの成績ならよりどりみどりじゃん」
「ひなちゃん、頭いいもんねえ」
日菜は、進学校であるこの高校でも成績の上位をキープしていた。
……結月には少しばかり劣るけど。
「……どこの大学っていうより、どこの学部か、かなあ。決められないのは」
「? それこそ何で悩んでんの? ずっと文学部に行きたいって言ってたじゃん」
「ひなちゃん、本が好きだもんね」
「そうなんだけど……」
日菜は何もない天井を見上げる。
「迷惑、かけたくないんだ。光輝くんに」
「「……光輝くん?」」
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