第0話② 番外編(後) エピソード0

「へえー! それじゃエリスちゃん、これから日本の学校に通うんだ?」

「うん! 埼玉の庄本高校ってところ! 毎年の留学生の受け入れ枠があるんだ」

「庄本高って埼玉の名門私立よね。神奈川県民の私たちでも名前を聞いたことがあるわ」

「私立の名門かあー。いいなぁー。実家がお金持ちのイケメンがたくさんいるんだろうなー」

「……日菜、もう」


 ……どうしてこうなった?


 出会ってからものの数分できゃいきゃいと打ち解けた女子たちを横目に見つつ、俺は盛大に嘆息した。

 うう……居づらい……俺にはまったく関係ないのに。

 気まずい時間を少しでもごまかそうと、俺は三杯目となるアイスコーヒーを口に含む。


 すると、マスターが自ら淹れたコーヒーと調理したケーキをエリスさんたちに差し出した。……日菜さん、まだ食うの?


「……エリス、よく来たな。だいたい1年ぶりか」

「うん、去年の夏休みに来て以来だね。おじいちゃんも元気そうで良かった」

「レイアとルーシェも元気か?」

「うん、すっごく元気だよ。おばあちゃんもお母さんも おじいちゃんによろしくって」

「……そうか」


 マスターは目を細める。まさに目に入れても痛くない孫娘って感じだ。いつもの威圧感のある風貌も、この時ばかりは形無しである。

 

 ていうか、マスターの奥さんって外国の人だったのか……。しかも欧米人。意外……というか衝撃だ。


 続いて、エリスさんと一緒に現れたダンディな感じの紳士がテーブルから立ち上がり、会釈する。こちらはどう見ても日本人。年は40代くらいだろうか。どことなくマスターに顔立ちが似ている。


「昭一伯父さん、お久しぶりです」

「五郎も息災か。どうだ、店のほうは」

「ええ、やっと日々の売上に一喜一憂しなくていい程度には軌道に乗りました。エリスを預かっても問題のないくらいには」

「すまんな。残念ながら、俺には年頃の娘を育てた経験がない。その点、娘が二人いるおまえのほうが適任だろう。エリスも美夏たちがいれば安心だ」

「いやまあ、それを言われると俺としても返す言葉がないんですけど……」

「なんだ。春香さんと千秋はまだ戻ってきてないのか?」

「お恥ずかしながら……」


 五郎、と呼ばれた壮年の男性は気まずそうに頬を掻く。

 今の、男女問わず自由や幸せを求めるこの時代、各ご家庭にもそれなりの事情があるようだ。水瀬姉妹も特別というほどではないのかもしれない。


 大人たちのちょっとヘビーなやり取りの裏で、少女たちの会話はさらに盛り上がりをみせていた。


「最初のうちはちょっと大変かもしれないけど……たぶん、外国の人から見たら日本の学校って変なところいっぱいあると思うし。でもがんばって! あたし応援するから!」


「でも、これだけ日本語が上手ならそんなに心配はいらないんじゃない? すごい進学校だから変なことする人もいないだろうし。しかも、エリスさんは4分の1は日本人なわけでしょ?」


「甘いよお姉ちゃん。年頃の高校生のグループとか人間関係とかのめんどくささは半端ないよ? もうお年を召したお姉ちゃんは記憶の彼方かもしれないけど」


「ちょっとそれどういう意味……? というか、エリスさんを脅かしてどうするのよ」

「あ、ごめんね。も、もちろんそういう人ばっかりってわけじゃないから! 早めにそういう人を見つけて仲良くなれると色々とスムーズだと思うよ!」


 と思ったら、微妙にデリケートな話題だった。

 しかし、エリスさんは暗い顔を見せることはなく。


「うん……正直、ちょっと心配なところはあるけど、ホームステイ先のアパートに、わたしと同い年で同じ学校に通う男の子がいるんだって。その子が日本での学校生活をサポートしてくれるって聞いてるんだ」


 ほう……? 何だその役得なガキは。……許せんな。


「へえー! ホームステイ先で出会う現地の男の子、かー。なんか青春ドラマみたい! カッコいい子だといいね! 正直、光輝くんみたいな男子だとアレだし……」


 ……なぜそこで俺を睨む。


 まあ、確かに彼女が出会う男子生徒が俺みたいな奴だったら、イケメンガチャ外れSSRなのは間違いないが。気の毒すぎる。

 まあどっちにしろ絶許なのはおんなじだけどな!


「わたしはルックスはそこまで気にしないかなあ。普通に優しくて……あと、ちゃんと言葉にしてくれる男の子がいいな。ちょっと日本語って難しいところあるから」


「わあー! エリスちゃんやさしーい! マジ天使!!」


 うん。日菜さんとは違ってね。


「……光輝くん、なんか言った?」


 あ、やべ。口に出てた?


 ……というか、エリスさんが掲げた後者の条件のほうが、よっぽど日本の男子高校生にはハードルが高い気がするけどな。


 どうでもいいことをウェーイとさも意味ありげに語る陽キャも、大事なことを羞恥や自意識過剰で紡ぐことのできない陰キャもいくらでもいる。


 だが、大切な事柄を、きちんと自分で解釈し、咀嚼し、相手が理解できる言葉に変換し、それを過不足なく伝えられる高校生など、陰陽問わずそうはいない。いや、大人だってほとんどいない。


 それが日本人だ。俺のように外国人との商談などたまにしかしないビジネスパーソンでさえ、その差はくっきりと感じる。


 この子……気の毒だけど、一筋縄ではいかないかもな。日本の学校生活。


「……なんだと?」


 なんて俺の浮かんだ懸念を打ち消すように、苦虫を噛み潰したような顔をした強面の店主がつぶやいた。


「おい五郎。聞いていないぞ。エリスのために同級生を紹介してくれるとは知らされていたが、男ってのはどういうことだ」

「そんな殺気立てなくても、真面目でシャイな奴ですよ。むしろ、エリスと仲良くしてくれるかが心配なくらいです」

「そんなのわからんだろう! エリスはレイア譲りの佳人なんだぞ!? その少年が不届きな真似したらどうする!?」


 うわあ……親バカならず祖父バカ。あと美人ではなく佳人って言い方がめっちゃ昔の人っぽいな。

 しかし、マスターの甥っ子らしい、桐生五郎さんはにやりと笑うと、


「まあそうですね。真面目、堅物、寡黙の昭和の日本男児の典型みたいな伯父さんが、大学生のうちに、年上の講師にもかかわらずその美貌の持ち主のレイアさんを口説いたわけですからね。我が身を振り返れば、ってやつですか」


「なっ…! 五郎、貴様……!」


 貴様、ってリアルで言う人初めて見た。


「えっ!? 大家さん、それどういうこと!? 聞きたーい!」

「そういえば、わたしもおばあちゃんからばかりで、おじいちゃんから二人の話あんまり聞いたことないな」

「年上の人を落とした……。それ、ちょっと私も知りたいかもです。……今後の参考のために」


 あーあ、女子たちの矛先がマスターに向いてしまった。


「平和だねえ……」


 そんな悟りの境地の一言とともに、俺はマスターの淹れた苦味の強いアイスコーヒーを味わう。


  ×××


 この陰キャアラサーリーマン、桜坂光輝の懸念通り、この金髪の美少女、エリス・ランフォードはそのヘタレでシャイな少年に恋をし、周りの少女たちとの友情に悩み、決めたはずの将来に迷う、長い長い1年を過ごすことになる。


 しかし、それはまた別のお話。



 ※あけましておめでとうございます。

  次回から本編に戻ります。この続きの『陰キャな俺が外国人の金髪美少女をスクールカーストから救う話』もよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る