第2章
第0話① 番外編(前) 陰キャな彼と出会う半日前
それから1週間後。暦は変わり、旧暦で言えば卯月と呼ばれる4月。結月さんや日菜さんが新学期を迎える直前の土曜日のこと。
俺は、アパートのすぐ隣にある喫茶店、ホワイトラビットで遅いモーニングを取っていた。
「もう光輝くん。いくら休みだからってあんまりねぼすけさんじゃダメだよ?」
「そうですよ。規則正しい生活こそが健康への第一歩、です。光輝さん、ただでさえ不規則な生活してるんですから」
「深夜アニメのはしごとか、ソシャゲの周回ばっかりしてるもんねー」
「…………」
……目の前にいる水瀬姉妹と一緒に。
っていうか何で俺の夜の過ごし方知ってるの。微妙に怖いんだけど。
休日とはいえ、俺がかなり寝過ごしてしまい、待ちぼうけをくらった二人はややご立腹気味だ。
「いや、俺のことはいいから、先に朝メシ食っててくれて良かったのに」
「はい、光輝くん。ダウトー」
「ダメです。ルール⑦を忘れたんですか?」
「……スミマセン」
日菜さんとは、あれから数日は少しギクシャクしてしまったが、結月さんの仲介や彼女自身の素直さもあって、今ではすっかり元に戻っている。
……まあ最近は、彼女の態度に多少の違和感があるような気がしないでもないんだけれど。
というわけで、二人もまた俺と一緒にモーニングタイムだ。……ここは俺のおごりで。
「光輝」
「はい? 何ですか?」
俺はスクランブルエッグを頬張りながら、なぜか苦い顔をしているこの店の主、真宮寺昭一さんに返事をする。
「……うむ、今日は来客の予定があってな。食べ終わったら少し席を外してもらえると助かる。その間、店も閉めるつもりだ」
「来客?」
「実は孫娘が今、甥っ子と一緒に空港からこちらに向かっててな。本当は昨日のうちに来る予定だったんだが、フライトがかなりずれ込んだらしくてな」
「……お孫さんが、今からですか? え、でもマスターのお孫さんって高校生とか言ってませんでしたっけ?」
それに、いくらずれ込むとは言っても、国内線で日付が変わるほどの遅延なんてあるだろうか? 昨日は特に天気が悪かったなんてこともなかったはず。
「もう新学期始まっちゃうよね」
日菜さんが俺の疑問を分かりやすく通訳してくれた。彼女はマスターにも最初は複雑な感情を抱いていたようだが、今はそれもすっかり解消している。その証拠に……。
「その辺りは少し訳ありでな。心配しなくとも学校をサボったりするわけじゃない。むしろ逆だ」
「……逆?」
「まあ、それは今はいいだろう。だから日菜君、今日の君の採用面接はその後でもいいかな? とは言っても形式的なものだから構える必要はないよ」
「はい、大家さん。あたしは大丈夫です」
日菜さんが答えた。
その証拠に、彼女の新たなバイト先は、ここ、ホワイトラビットになる予定なのだ。
×××
こうして、朝食を取り終えた俺たちは店を後にする。マスターの言う通り、しばらくは家族水入らずにしてあげたほうがいいだろう。
マスターは今一人暮らし、奥さんはいない。これだけでも、それなりに複雑な事情が窺い知れる。あまり立ち入らないほうがいいはずだ。
「さて、今日はもうひと眠りかな」
「……光輝くん、休みの日マジで寝てばっかじゃん。どうせヒマならまた買い物にでも付き合ってよ。面接まで時間空いちゃったし」
「ええ……。先週も行ったばかりじゃんか」
「女の子は何度だって買い物したいの! もう、こんな美少女が誘ってあげてるのにー! 光輝くんのダメ男っ!」
これだ。あれから日菜さんは、時折こういった危なっかしい台詞を口にするようになっている。
「光輝さん。私は今日、ゼミのオリエンテーションでこれから大学に行かなきゃいけないんです。申し訳ありませんが、日菜に付き合っていただけませんか? 夕飯は光輝さんの好きなチーズハンバーグにしますから」
結月さんもだ。あれだけ妹が俺に迷惑をかけるのを嫌がっていたのに、最近は日菜さんの甘えを許容するような言動が増えてきている。さすがに自身はセーブしているようだが。
……あと、餌付けをすれば俺が大抵釣られると思っているフシがある。
……釣られてるけど。
「ああもう、わかったわかった。じゃあ今から準備を……」
俺も大概チョロいな。なんて自嘲しつつ、ふと道の向こうに目をやる。すると――――――、
大きなキャリーバッグを手にした少女が立っていた。
しかも日本人ではない。春の風になびく、その目の覚めるような金髪がそれを如実に示していた。
その雪化粧のような白い肌も、日本人ではありえないようなその高い鼻梁も。
しかし、一方で桃色のカーディガンと裾の長いフレアスカートが落ち着いた印象も与える。
この閑静な住宅街、公園にそびえる桜の木々たちの下。
映画のワンシーンのような情景だった。
彼女はこちらに気づくと、優しい笑みを向けてきた。
「――――――――」
その神々しささえ感じる微笑みに目を奪われていると―――――、
「あいたっ!?」
腕と脛に強烈な激痛(あえて二重表現)が走った。
「……なにじっと見惚れちゃってるんですか。失礼ですよ?」
「子どもには興味ないみたいなこと言っておいて、ああいう超絶美少女ならいいんだー。……ふん、面食い」
俺の両隣にいる水瀬姉妹がそれぞれ「こうげき」コマンドを使用していた。
姉は俺の左腕をつねり、ニコニコと笑う。
妹は俺の右足の脛に蹴りを入れ、三白眼で睨む。
何これ怖い。
そんな俺たちの漫才がウケたわけではないだろうが、その少女はクスクスと笑うと、トコトコとその重そうなキャリーを転がしながらこちらに近寄ってきた。
「あの、すみません」
完璧な発音の日本語に、俺はさらに驚いた。
「あの……えっと、君は?」
何で俺たちに声をかけて――――――。
「わたしはエリス・ランフォードといいます! このカフェのマスター、ショーイチ・シングウジの孫です! みなさん、おじいちゃんのお店のお客さんですか?」
「「「………え?」」」
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