第4話① 水瀬日菜 その1
大胆な告白? をした結月さんは。
「…………!!!」
顔をりんごのように赤らめ、
「す、すみません。私、この本ちょっと会計してきちゃいます……! その間に日菜のこと、ちょっとお願いします! たぶん、小説とか文庫のコーナーにいると思いますからっ!」
「あっ、ちょっと!? 結月さん!?」
逃げるようにレジに向かっていってしまった。
「行っちゃったよ……」
別に恥ずかしがることなんてないのに。あんな綺麗な子が“そう”だなんてむしろ嬉……。
……ってやべえ。俺マジ気色悪い。レッドカードすぎる。
俺はだらしなく緩む表情を周囲に見られらないよう、慌てて平積みになった就活本に視線を落とす。
でも、意外っちゃ意外だ。
兄貴の水瀬はイケメンで口もうまく、高校の頃やたらモテていた。女をひっかえとっかえ……というほどではなかったようだが、三年間の間に何人かの女と付き合っていたという噂は漏れ聞こえてきていた。
……でも、そんなモテ野郎がよくわからん女にハマった挙句、大事な妹たちを置いて行方をくらますとか人生わからないもんだ。俺のように異性のワクチン未接種、免疫なし人間ならともかく。
日菜さんも、彼氏がいるかどうかはともかく、明るいし距離感近いし、どう考えても男が放っておかないだろう。特にハイカーストなリア充連中が。
もし、仮に俺が日菜さんの同級生だったとしたら、たぶん3年間一度も会話をしないで終わるくらい遠い存在に違いない。低カーストにはまず縁のない女子だ。
……言われてみれば、兄妹三人の中では結月さんだけはキャラクターが少々違うように思える。三人兄弟姉妹の真ん中って、色々難しい立ち位置だとはよく聞くけど……。俺は二人っ子、しかも長男だからその辺の塩梅はあまり分からない。
「まあ、彼女も充分すぎるほど魅力的だけどさ」
我ながら相当キモい独り言だった。
×××
というわけで、俺は日菜さんを探して回る。
……こともなく、結月さんの言う通り、彼女は文庫本のコーナーですぐに見つかった。
日菜さんは真剣な表情で本を見繕っていた。
……確かに、平積みではなく棚差しになっている本を探しているあたり、読書家としては中級者以上といえそうだ。
「日菜さん」
俺は驚かさないよう、気持ち柔らかめに声をかける。ぱらぱらと中身を立ち読みしていた日菜さんは顔を上げた。
「あ、光輝くん。お疲れさま。どうだった? お姉ちゃんと二人だったんでしょ? ちゃんと会話できた?」
「心配のレベルが低すぎる……。いやその懸念も分かるけど」
「分かっちゃうんだ……それもそれで引くんだけど……。まあ、それは光輝くんだけじゃなくて、お姉ちゃんもお姉ちゃんでちょっとアレだからねー。まったく、花の女子大生なのに、男友達とか全然いないんだよ。何のために大学行ってるんだか」
「それは勉強のためじゃないかな……」
「えー。勉強しながらだって、バイトしながらだって遊べるでしょ。妹として、社会経験にも人間関係にも乏しい姉の将来が心配だよ……」
日菜さんは、およよと泣き真似をしてみせる。……うん、やっぱりこの子は小悪魔属性大だ。ちょっと大げさなくらい感情が豊か。
と思ったら、すぐにケロリと表情を戻し、
「ま、でもこれからは、少し変わってくれるかもね。その相手が誰かさんなら、お兄ちゃんみたいにはならなくて済みそうだし」
「え?」
何が、問い返す暇もなく、日菜さんは言った。
「で、光輝くん、あたしを探しに来たの?」
「う、うん。日菜さんがこの辺にいるって聞いてさ」
「じゃあ、あとちょっと付き合ってよ。ちょうど今、探してた本を見つけたところだから。あとは適当に回ろうと思ってたとこなの」
「……あ、ああ、わかったよ。って、その本は……」
「へ? 光輝くん、このシリーズ知ってるの? わりとガチめの恋愛物なんだけど。別に今流行ってるってわけでもないし」
日菜さんはそう言って俺に表紙を見せてくる。
「……うん、知ってる。俺も昔読んでた。というか、まだ続いてたんだ、そのシリーズ」
……懐かしいな。
日菜さんが手にしているのは、10年以上前から続いている恋愛小説のシリーズものだ。ストーリーは、大学生になったばかりの主人公の男子が、年上のいとこ(ただし血縁関係なし)と同居することになり、次第に惹かれ合っていくという、ベタベタでありきたりな設定のラブストーリーだ。
ただし、昨今の流行のように、主人公とヒロインがひたすらイチャイチャしてるだけの話ではない。しょっちゅう喧嘩もすれば、言葉が足りなくてすれ違ったりする。何度も破局を迎えそうになりながら、傷つけ合って、話し合って、その壁を乗り越えていく。正直、ストレスフリーを求める現代では、あまりウケないジャンルだろう。
俺も、今読んだら胸やけするかもしれない。
「うわっ、似合わなっ!」
正直すぎる感想を叫ぶ日菜さん。やめてくんない?
「でも、光輝くんもこういうの読むんだ。なんか意外。主人公が何の理由もなくモテまくるハーレムものしか受け付けないのかと思ってた」
「……なぜそう思う?」
イヤな予感がする。
「だって、光輝くんの寝室にあった本棚物色したら、そういうのいっぱいあったし。……ああ、この人モテないんだなー、イタイなーって」
「やめてくんない!?」
今度は声に出てしまった。
「あはは、光輝くんこわーい!」
その名前の通り、眩しい日の光のように、彼女は明るく笑った。
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