第3話⑤ 大胆な告白?
「……というわけで、今のうちからできることといえば、業界研究とSPIの勉強とかじゃないかな? 面接やエントリーシートの対策はもっと直前でないと意味ないだろうし。とはいっても、国立大に受かってる結月さんならSPIも余裕だと思うけどね」
SPIとは就活における適性検査……つまり共通の学力試験のようなものだ。これにつまづくのは、基本的に理数科目を避けてきたウェーイな私立文系の学生である。結月さんは元々理系選択だし、国立大生なら数学の受験も必須だ。大した問題にはならないだろう。
「一応、数学は苦手ではないですね」
「じゃあこれも直前に対策すれば平気そうだね。となると、やっぱりまずは業界研究か」
俺は手に持っていた四季報を結月さんに渡す。彼女はぱらぱらと中身に目を滑らせた。
「業界かあ……。光輝さんは何で金融業界を志望したんですか?」
結月さんの質問は、話の流れからしてごく自然なものだ。
しかし、どうしても俺は苦虫を嚙み潰したようになってしまう。
「……別に積極的に志望してたわけじゃないんだ。内定もらえたのが大量採用してた銀行だったってだけ。本当はゲ……メーカーに行きたかったんだけど、全部撃沈だったよ。お祈りメールがサイバーテロかってくらい連続で来てさ」
「あ、す、すみません……」
シリアスになりすぎないよう茶化してみたが、まったくウケなかった。
結月さんは地雷を踏んだとばかりに小さくなってしまう。俺は慌ててフォローした。
「平気平気。もう何年も前のことだしさ。それに、志望度は高くなかったけど、なんだかんだ4年続けられてるし。後悔してるってわけじゃないよ」
別に嘘じゃない。
いくらそれなりの大学を出ても、俺のような、暗い学生生活を送り続けた非リアコミュ障では当然の結果なのだ。今さら仕方がない。元の対人関係のスペックの低さを考えれば、大手に入れただけでもラッキーなくらいなのだ。
……って俺、さっき結月さんに言われたこと結局肯定しちゃってるな……。
「そうですか。なら良かったです」
素直に微笑んだ彼女に、わずかにチクリと胸が痛む。
……やめろって。今さら未練がましくしてもしょうがないだろ。俺には才能がなかったんだ。
俺は内心を覆う靄を振り払い、
「そうそう。だから、俺みたいになりたくなければ、就活対策の前に学生生活を充実させるほう先決だよ。学生時代にやったことが一番聞かれるし重要視されるから。さっき結月さんの言った通り、就活はリア充が圧倒的に有利だよ。特に文系は」
と、ちょっと脅かしてみた。
「うう……分かってはいましたけど、やっぱり自信なくなってきました……」
すると、真に受けた結月さんはしょんぼりと肩を落とす。
……まったく、君なら問題ないって言ってるのに。
「だから結月さんなら大丈夫だって。サークルは家庭の事情で難しくても、バイトを頑張ればいいし。勉強だったら、3年からはゼミもあるしさ」
「そうでしょうか……」
「そうだよ。それに結月さん、美人だし大学でモテモテでしょ? 身も蓋もないけど、異性にモテる人はだいたい就活上手くいってたよ」
つまり、裏返せば就活が上手くいかなかった俺はモテない、という結論が導き出されるわけだ。痛てえなあ……。
「え? こ、光輝さん、び、美人って……」
「……ごめん。もろセクハラ発言で気を悪くしたよね。でも、それも社会の現実な部分でもあるからさ。汚い大人の世界といえばそれまでだけど」
うちの地域総合職とか、マジで顔採用なんじゃね? と思うほど美人の比率が高い。
ま、仕事のこと以外で会話なんかしたことないんだけどね! チャラくて意識高い系の同期や先輩とはウェーイしてるとこはよく見るけど! 飲みにもしょっちゅう行ってるみたいだけど! 俺は誘われたことないけど!
さすがに失言だったかな……とおそるおそる結月さんを見ると、「光輝さんが、私のこと美人って……」とやけにテレテレしていた。
いや、別に俺じゃなくても結月さんの容姿を褒める奴などいくらでもいると思うが……。むしろ、俺のような女性を褒めるのが大の不得意科目の人間でさえ、言及したくなるくらい彼女が綺麗と言ったほうが適切だろう。
……まあ、言わないけど。
「……そうだ。今の話題のうちに、もう少し立ち入ったこと聞いておいてもいい……かな?」
「は、はい! もちろんです!」
なぜか結月さんはやけにテンションアゲめだ。
えっと、それじゃあ……。
「じゃ、じゃあ、申し訳ないけど遠慮なく。……結月さん、その……今、彼氏とか、いたりする?」
俺の唐突でぶしつけな問いに、結月さんは「え? それって……」と絶句していた。
や、やべえ。いくら何でも踏み込み過ぎたか!?
で、でも、興味本位というだけで聞いたわけではない。
「い、いや違うんだ。言い訳させてくれ。日菜さんもだけど、君たちも年頃だろ? そういう“いい人”がいるんなら、俺みたいな得体の知れないオッサンが周りをうろちょろしてたら誤解を招くし、何よりお邪魔だろ? 特に、二人きりになりたいときとか、隣の部屋に俺がいたら気まず……」
「……い、いません! そんな人!」
俺が言い終える前に、結月さんは普段出さないような大きな声で遮った。
「そ、そっか……。わかった、今はいないんだね」
「いえ! 今だけじゃなくてずっとです!! ……あっ」
「…………」
……まさかの結月さんのカミングアウトだった。
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