第4話② ジェネレーションギャップ in オタク
「ふふっ、でもやっぱ面白い作品ってすごいよね。あたしと光輝くんみたいな、全然性格も考え方も違う人同士でも、同じものを見て楽しめるんだから」
その文庫サイズの本を胸に抱えた日菜さんは、クスクスと含み笑いをしながらからかってくる。
「光輝くんがこういうの読んでるのは面白いけど。案外、少女趣味なんだ? いや、意外でも何でもないか。光輝くん、ピュアだもんねー?」
当然、頬に熱を帯びた俺は、
「う、うるさいな。何が好きだっていいじゃんか。だいたい、そのシリーズ、最初のうちは少年漫画雑誌の小説レーベルから出版されてたんだぞ。男向けのラノベだったんだから俺が読んだっていいでしょ」
とっさにそう言い訳(ただし内容は事実)をした。すると、日菜さんは驚きの声を上げる。
「えっ、そうなの!? この作品の作者、いまや恋愛小説家の重鎮だよね? そっちの出身だったんだー。しかも少年漫画系列って……」
「今はそういう作家、結構いるよな。遡ってみたらラノベ上がりだった、みたいな」
昔はラノベとはいっても、一般向けとそう変わらないテーマや内容の作品も多かった。特に、青春ものは痛い(イタい)感じのものもたくさんあって、かなり傾向は近かったように思う。
何でもかんでも転生、チート、追放、NTR、ざまあに収斂する今とは違う多様性があった。
……そういうのにまた注目が当たる時代がくればいいんだけどな。こういうのも懐古厨になるんかね。
まあ、だからって異世界やハーレムが嫌いなわけじゃないんだけどね! 俺の低俗で手の届かない望みを軽っと満たしてくれるしね! この年になると真っ当に青春してる高校生とか見ると猛烈にイラっとするしな!
「ふーん、なるほどねー」
日菜さんはなぜか神妙な顔つきになる。……?
「じゃあさ、光輝くん!」
「ん?」
「次はラノベ選びに付き合って!」
×××
そして、日菜さんにラノベコーナーに連れられてきた俺。男性向けに女性向けにWeb小説系。大手書店だけあってかなりのスペースが割かれている。
「……日菜さんもラノベとか読むの? こっちのほうが意外なんだけど」
さっき結月さんから聞かされたことではあるが、それでも今一つピンとこない。彼女のようなリア充はこういうのを小馬鹿にするイメージ。というか、実際に俺が中学の頃、ギャル系ハイカースト女子にやられたことがある。あの「ぷっ……!」って蔑んだ笑い、今でもそれなりの傷として残っている。女が苦手になった原風景の一つだ。
学生時代にトラウマがあって、隠れオタとして過ごしてきた人間は男女問わず結構いるだろう。……俺が隠れられていたかはまた別問題であるが。
「まあねー。ラノベだけじゃなくてアニメも好きだよ。うちの学校って、あんまりオタクをバカにする雰囲気とかないしね」
「え、マジ?」
何それ羨ましすぎる。
「ほら、今ってYouTubeとかネトフリとかスマホで何でも見れるじゃん? だから陽キャとか陰キャとか関係なくそういうコンテンツに触れる機会が多いからじゃないかなあ。光輝くんやお兄ちゃんの頃はそうじゃなかったんでしょ?」
「……なるほど」
時代は変わったということか。
「……はぁ。だったら、俺も今みたいなオタクに偏見のない時代に生まれてたら、高校時代に彼女の一人や二人ワンチャン……」
「あ、それは絶対ムリ」
日菜さんは手をひらひらさせつつバッサリと切り捨てた。
「酷くない!? 俺泣くよ!?」
何ならもう泣いてるまである。日菜さんの呆れた表情がやけに歪んで見えるからね。
「だって、オタク趣味にアレルギーはなくても、女子は男子のセンスとかコミュ力とかグループのポジションとかはちゃんとチェックしてるし。ハードルは変わらないよ? 光輝くん、そのへんはてんでダメでしょ?」
「……せめて、『そのへんどうなの?』 ってオープンクエスチョンで聞いてくれ……。いや、その通りダメなんだけどさ……」
回答を誘導する付加疑問文は疑問文じゃないぞ……。
ガチでへこむ俺に、日菜さんは横に回ってポンポンと肩を叩く。
……だからそういう気軽にボディタッチやめなよ? いたいけな男子はそれだけ勘違いしちゃうんだからね?
「まあまあ。元気出しなよ。あたしも、もし光輝くんが同級生だったらノーサンキューだけど、今の大人の光輝くんなら結構アリだからさ。ちゃんと見てくれる人、そのうち現れるって」
「……どういう意味?」
……それから結構アリって……。いや、深く考えるのはやめておこう。
日菜さんは考えをまとめたいのか、うーんと唸った。
「えっと……お兄ちゃんの借金を一括でさらっと返してくれたり、あたしとお姉ちゃんを引き取るのを渋る親戚の人に、『だったら俺が支援します!』って啖呵切ってくれたり……。そういう大人ならではの頼りがいがある……とこかな」
「要はカネ、貯金目当てってことすか……」
ま、自分でもそのくらいしか取り柄がないのは知ってたけどさ……。
「ち、違うよ! そうじゃなくて!」
わざとらしく拗ねてみると、日菜さんはあわあわと否定した。やっぱり、毒舌家に見えて根本的にはめちゃくちゃいい子なんだよな……。
「……なんていうのかなあ。そういう“イザ”って状況の時に、その人の本当の性格とか器って出るし、そんなときカッコいい人と出会えたらいいとは思うけど、平和な学校生活でそんな場面に遭遇することなんてまずないじゃん?」
「……ふむ、まあそうだね」
「例えばだけど、同じクラスで普段は目立たない地味な男子が、本当はそんなイケメンな性格だったとしても、それを実際に見れる機会なんてないっていうか。だとしたら、分かりやすい長所がある男の子に惹かれちゃうのはしょうがないでしょ?」
「うぐ……説得力のある主張だ……」
ま、そんな場面は大人でもそうそうないけどな。
「でもまあ」
「ん?」
「日菜さんは、まさにその“いざ”って時にもカッコいい子なんだから、見た目だけじゃなくて内面もイケメンな男を見つけないとダメだね。もったいないから」
「…………」
迷いのない感想が漏れる。結月さんだけでなく、日菜さんもまた、この一連の危機に取り乱すことなく辛抱強く耐えていた。中途半端な男では釣り合わない。
というより、俺が認めん。
………。ん? あれ?
娘を持つ世のパパさんたちってこんな気分なんだろうか……。
なんて独身男の俺が父性に目覚めかけていると、なぜか日菜さんはぷいっと顔をそむけていた。
「そ、そういうとこだよ……。まさに“大人”って感じのキザでズルい台詞じゃん……」
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