第2話③ Road to "Family"
×××
「こちらになります」
俺に借金を返せと迫ってきた職員が、水瀬姉妹のいるブースへと俺を案内する。
俺は、無言のままじっと座り込んでいる姉妹を見やった。
(……ま、ショックだよな。頼りにしてた兄貴が突然蒸発したら)
この二人の兄にして、俺の同級生でもある水瀬陽太はめちゃくちゃイケメンだったが、その血を引く彼女たちも、紛れもない美少女だった。
……いや、姉のほうはもう成人していたか。俺が水瀬から連帯保証人になってくれとサインを頼まれた5年前、高校生だと言っていたはずだから。妹のほうは小学生高学年だと聞いた記憶があるから、今は高校生くらいか。
姉の名は……結月というらしい。腰まで届くほどの黒髪がまず目を引く。顔は小さく、切れ長の瞳と長い睫毛が美しい。今日もこういう場であることに身構えたのか、きっちりビジネススーツを身に纏っていた。
一方、日菜という名の妹は、ウェーブをかけた茶色のミディアムヘアーと、ややたれた大きな目が柔らかくあどけない印象を抱かせる。学校の制服を軽く着崩していて、生真面目そうな姉とは対照的な、いかにも今時の女子高生という感じだ。
とはいえ、呑気に見惚れる気分にはなれない。
水瀬兄妹は7年前に両親を交通事故で亡くしている。そもそも、俺が水瀬の保証人を引き受けたのも、まだ小さい彼女たちを育てるために自分の店を持ちたい、と懇願されたからだった。「おまえには絶対迷惑をかけないから!!」という、借金をする人間のお決まりの台詞とともに。
(迷惑、かけられてんだよなぁ)
まあ、俺は別に水瀬とそこまで仲が良かったわけじゃないから、その後の彼女たちの足跡はほとんど知らないが。
俺の気配に気づいたのか、水瀬姉妹がこちらへと振り返る。
先に声を出したのは、姉の結月さんだった。
「あの、あなたは……?」
「あ、いや、俺は……」
不審そうにこちらを見る彼女に、言葉の行きどころを失った俺は気まずさを逸らそうと頭を掻くしかなかった。何て説明すりゃあいいんだ。いきなり赤の他人がこんなところに現れれば、怪しいと思うに決まっている。
しかし、例の無機質な職員がおかまいなしに答えた。
「この方は、水瀬陽太さんが借りたお店の借金……それをあなたたちに代わって返済していただくことになる、“連帯保証人”ですよ」
その瞬間、結月さんと日菜さん、二人の目が大きく見開かれた。
×××
「あ、いたいた。結月さん! 日菜さん!」
俺はアパートの最寄り駅である大倉山駅の改札前で、二人の姿を見つけた。
結月さんが困った顔で小さく手を振り返してくれた。
「すみません、光輝さん。いきなり勝手なことをしてしまって……」
「いや、それは平気だよ。それより……日菜、さん?」
いまだにつーんとしている日菜さんに、俺はご機嫌を窺おうと声をかける。……こういうの、実家にいるホントの妹を思い出すな……。
「……まだ、怒ってる?」
「日菜。ふてくされるのもいい加減にしなさい」
おっかなびっくりな俺と違い、結月さんがピシャリと叱る。
すると、日菜さんは自らを落ち着かせたいのか大きく息を吐き、それからこちらに向き直った。
「誤解しないでよ。あたしは別に光輝くんに怒ってるわけじゃないから」
「…………」
まあ、そのくらいはさすがに分かったけど。
日菜さんは悲しそうに目を伏せる。
「光輝くんは何も悪いことしてないのに……ううん、あたしたちはいくら感謝してもしきれないくらい、たくさんのものを光輝くんからもらったのに……なのに、それを後ろめたい、みたいに大家さんが言うのが、なんだか許せなくて」
…………。
「……別にマスターは俺の行動を反対しているわけでも、咎めてるわけでもないよ。さっきだって協力するって言ってくれたじゃないか」
「……うん、それは分かってる。でも、さっきの大家さんの言いたいことって、例えばだけど、光輝くんのことは学校の友達とかにも隠してたほうがいいってことでしょ?」
………うん。
「まあ、そういうことだな」
学校の先生くらいには、いつか説明しなければいけないかもしれないが。
「そんなの変だよ! 堂々としてればいいじゃん! そんな恩を仇で返すみたいなこと、あたし……光輝くんにしたくないよ」
「日菜……」
我慢しきれなくなったのか、日菜さんの声に嗚咽が混じる。結月さんは静かに彼女の肩に手を置いた。
……本当、真っ直ぐな子だな。捻くれた10代を過ごしたどこかの陰気野郎とは大違いだ。
ほらマスター。この子だって立派だろ?
だからこそ俺は……。
「……ありがとう、日菜さん。その気持ちだけで十分だよ」
可能な限り、明るい声を出してみた。キャラじゃないけど。
「でもやっぱさ、家族でもない大の男にあれこれ手助けしてもらってるってことは、あんまり言いふらさないほうがいいよ。俺がどうこうって言うより……日菜さんのためだ」
「…………」
日菜さんは何も言い返してはこなかった。彼女もちゃんと分かっているのだ。俺たちのこの、真っ当とはいえない歪な繋がりを。
と、思ったのだが。
「……要するに、光輝くんがあたしたちの親戚でも家族でもないから、ダメなんだよね?」
……えっ?
「あ、ああ……」
「……じゃあさ、なろうよ」
「……えっ?」
「家族に」
顔を上げた日菜さんは、どこまでも澄み切った瞳でそう言った。
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