第2話④ 姉妹との初デート②

「か、家族って……」


 声が思わずうわずってしまった。そりゃ、最初に三人で色々とルールを決めたときは、カッコつけて「家族会議」なんて称してみたけど……。

 でも、本当の意味で赤の他人同士が家族なる方法って……。えっと、それってつまり……。

 け、け、けっ……。


 連想したワードから、俺は反射的に結月さんを見てしまった。

 彼女も似たようなことを考えたに違いない、わずかに頬を赤くして目を逸らした。


「あー、光輝くん、そこで思い浮かべるの、まずお姉ちゃんなんだー。あたしだっているのにさー」


 日菜さんはからかい交じりに口を尖らせる。さすがは10代とはいえ女子。男の仕草に対して目ざといし鋭い。


「だ、だって日菜さんはまだ未成年……」

「何言ってるの。来年には成人年齢が正式に引き下げられるんだよ? ちょうどあたし18になるし。だったら問題ないじゃん」

「うっ……」


 そういえばそうだった……。独身成人男の俺には縁のなさすぎる法改正でまったく意識したことがなかった。一応法律を知らなきゃできない仕事してるのに。


「いや、いくら法律でそうなったとしてもだな……。道義的にというか、倫理的にというか、世間的にすぐ理解が得られるってわけじゃ……」


「そんなの周りが勝手に作り上げた風潮じゃん。他人や親がどう思ってても、自分の意志で色んな選択や契約ができる。それが、『成年になる』ことだって、学校で教わったんだけど? その契約に、当然、『婚姻』は含まれるよね。女子にとっては人生最大の契約だし」

「ううっ……」


 見事なまでの論理的な主張だった。反論の隙が見当たらない。やはり日菜さんもめちゃくちゃ優秀だ。『大人』ではなく、法律上使われる『成年』という言葉をとっさにチョイスするところからも、彼女の頭の回転の速さが分かる。


 とはいえ、俺だってこれでも社会人5年生だ。論理でかなわないときは、情緒で反撃するという方法を心得ている。……いかにも日本のダメリーマン的な発想だけど。


 やられっぱなしは癪だ。そんな妙なプライドが刺激されたせいで、俺は思わず口走ってしまっていた。



「えっと……じゃあ、日菜さんは俺と結婚したいってこと……?」



 ……うん、みなまで言うな。わかってる。ワンアウトどころじゃない。ダブルプレーどころかトリプルプレーレベルだ。一発チェンジ。


 俺の完全たる黒歴史発言に、日菜さんは「えっ、ウソ……」とドン引きした……のではなく、顔をりんごのように真っ赤にした。……ん?


「は、はあ!? な、なんでそうなるの!? あ、あたしはただ、光輝くんのアウトオブ眼中さにちょーっとムカついただけで、そ、そんなんじゃないんだから!」

「う、うん……そりゃそうだよな。ごめん、忘れてくれ」


 いやマジで。ホントに。


「こ、光輝くん、自意識過剰なんじゃない!? あ、あたしだからまだいいけど、そのキモい発言、ほかの女の人に言ったら100%ドン引きフェードアウトだよ!? そんなんじゃマジで一生結婚できないよ!?」

「うっ……わかった、わかったから。そ、そのへんでやめて……」


 心にエッジなナイフが刺さりすぎる。いや、女の人にはピンとこないかもしんないけど、『キモい』『ドン引き』『結婚できない』って非モテ男には本当に地雷ワードなんだって。男として……というより、人間という生物として落第を宣告されてるみたいでさ。いや、実際その通りなんだが。


 よほど俺がショックを受けた表情をしていたのか、日菜さんは「うっ……」と申し訳なさそうに一歩後ずさる。コホンと可愛らしく咳払いをし、


「……んもう、しょうがないなあ。あたしたちより光輝くんの将来のほうがよっぽど心配じゃん。じゃあ今日は、ダメダメな光輝くんのために女子のエスコートの仕方を教えてあげるよ。あーあ、本当は大人の男の人にスマートに案内されたかったんだけどなあー。光輝くんじゃ期待できないかー」


 わざとらしくそんなことを言い出した。

 その時、ずっと俺たちの様子を見守っていた結月さんが、ようやく口を挟んだ。


「……日菜、やっぱりそういうの慣れてるの? 私と違って男子の友達も多いみたいだし」


 その悪意のなさそうな問いに、日菜さんは一瞬たじろぐ。


「えっ!? う、うん、まあね! あ、あたしモテるし! そ、それにお姉ちゃんだって、デートするなら男の人にガンガンリードしてほしいでしょ?」


「わ、私はエスコート慣れしすぎてる人より、ちょっとくらい不器用なくらいなほうが安心できるかな……。あんまり口の上手い人、手が早そうでかえって怖いし」


 妹と比べると引っ込み思案なところがある結月さんらしい答え。彼女はどういうわけかちらりと俺に視線に送ってきた。うん、男もこういうおとなしい人のほうがいいに決まっている。特に俺みたいに女に自信のないヘタレ男はね。


 居心地が悪くてしょうがなくなった俺は、場の空気を変えようと改札に向けて歩き出す。


「と、とにかくもう出発しよう。もうすぐお昼になっちゃうぞ。買うものいっぱいあるんだろ?」

「あー! 光輝くん、だから女子を置いて先に行くなんてポイント低いよー! そういうところなんだってー!」


 早くもダメ出ししながら、日菜さんは俺の後を追ってくる。

 だから、結月さんの漏らした小さな一言は、俺の耳には入らなかった。


「……そうよね。私はもう『大人』なんだから、何の問題もないよね……」

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