第4話
「も……桃代……な……なんでお前がここにいるんだ?」
俺は桃代に向かって叫んだ。
「ここは、古代で、邪馬台国なんだろ?……それなのに、なんでお前がここにいるんだ? しかもそんな格好で……」
そこまで言って、俺ははっと気付いた。
「そうか……分ったぞ。やっぱりこれは嘘なんだな。お前達みんなでグルになって俺を騙そうとしてるんだろう? 新手のドッキリかなんかで……」
しかし、俺の言葉にイヨはきょとんとし、桃代はといえば心臓を貫くかのごとき鋭い瞳を俺を向ける。そして言った。
「なんなのよ、この、マヌケ面」
「マ…マヌケヅラぁ? お前、それが元カレに向かって言う事か?」
「しかも、なにわけ分かんない事言ってるのよ? この馬の骨」
「馬の骨ぇ?」
間違いない。この口の悪さ。桃代に違いない。
「おい! 桃代。お前は俺になんの恨みがあるんだ? あんなひどいふり方をしたあげく、こんな大掛かりな嘘までついて」
「何よ。桃代、桃代って。私はモヨよ」
「あーもう。嘘はいいって。俺は知ってるんだから。お前のうなじには三つのホクロがあるだろう?」
そう言って、俺は桃代の髪をかきあげてうなじを露出させた。しかし……
「ない……ホクロがない」
つぶやく俺に、桃代がぱしっと平手を浴びせた。
「何すんのよ! このハニワ野郎……!」
頬に激痛が走る。なんつー馬鹿力だこの娘。しかし、殴られた痛みよりも、ホクロがないという事実に俺は打ちのめされていた。ってことは、この人は桃代に似た他人で、つまりやっぱりここは古代で……。
茫然自失の俺にかわり、イヨがつっと前に出る。
「ハニワではありませんわ、モヨ様。この方は龍神様ですわ」
「龍神様? こいつが?」
「そうですわ。私、龍神様を呼び出す事に成功したんです」
「こんなマヌケ面が龍神様のわけないじゃない」
「いいえ。確かに龍神様ですわ。その証拠に雨が降りましたわ」
「……」
イヨの言葉に、モヨが一瞬ひるむ。
「お分かりでしょう?モヨ様。私、龍神様を呼び出す事が出来たんです。生まれて始めてお祈りを成功させる事が出来たんですわ」
「祈りを成功させた……ねえ」
モヨが呆れたようにため息をついた。
「私に言わせればこんな奴が龍神のわけないし、さっきの雨だって偶然降っただけに決まってるし……よしんばこいつが龍神だったとしても、30日もかかってやっと呼び出すんじゃ意味ないのよ」
「……」
今度はイヨが言葉を詰まらせる番だった。
「あんたがいつまでも龍神様を呼び出せないために、この30日というものみんなどうしてたと思う? 雨が全然降らないから作物は育たないし、動物だって乾きでどんどん死に絶えてくし……」
「……そうですね。雨乞いに30日もかけてるようじゃ意味ありませんわね。それで、この30日間村の人達はどうやって凌いでいたのですか?」
「飲み水は、なんとか枯れずに残ってる井戸があるから、それを皆で分けて少しずつ飲むようにして、作物は、田畑にシキコ様の呪力のこもった水と土を捲いて、私が毎日祈りを捧げて、なんとか枯れないように守っていたの。でも、それだって、限度があるわ。稲も野菜もいつもの年より明らかに発育が悪くなってる」
「……でも、龍神様がいらして下さったからもう大丈夫ですわ」
「まだ言ってるの? こいつが龍神のわけないじゃない。でも、もういいの。シキコ様が明日戻って来るから」
その言葉にイヨが目を輝かせた。
「シキコ様が戻ってくる? 本当ですか?」
「本当よ。さっき知らせが届いたわ。シキコ様がいない時にこんな事になってしまったのは災難だったけど、シキコ様さえいれば、きっとなんとかなる。シキコ様ならきっと本物の龍神様を呼び出してくださるわ」
「……嬉しい」
「だからって、あんたの運命が変わったと思わない方がいいわよ」
運命? なんだ?
俺は2人の少女を見比べる。氷のような顔をしたモヨと、今にも泣き出しそうなイヨ。なんだか、一触即発の雰囲気が漂ってるように思える。
「それより、その偽者、とりあえず長様に会わせたら? 一応それがしきたりなんだし」
言い捨てると、モヨはさっさと行ってしまった。後には涙目のイヨとマヌケ面の俺が残されている。
「なんだ? あいつ。頭来るな」
腹立ちまぎれに俺が言うと、イヨが涙を拭いながら笑った。
「いいんです。モヨ様の言う通りなんですから。それより、モヨ様の言う通り、村長様に会いに行きましょう。早くしないと夕餉に間に合いませんわ」
それから、俺はイヨに連れられ村長に会いに行った。
高床式の館にでも案内されるかと思ったら、村のまん中の広場に案内された。
村長は、白髪頭を神話の神様みたいに両耳の所で結って、顔には入れ墨をし、首には深緑や橙色の勾玉の首飾りをぶら下げていた。その、迫力たっぷりのじいさんが円座の中央に座り、杖を片手に睨み付けるように俺を見ている。その俺らを丸く取り囲むように、白い服を着た村人達が立っている。なんだか、今から尋問でも受けるみたいな気持ちになってくる。
「して、お前が龍神様の化身と言うのは、まことか?」
村長が厳かに言う。
「えーっと、あのう……」
口ごもる俺のかわりに、イヨが前に進みでる。
「そうですわ。長様。この方は龍神様に間違いございませんわ」
すると、俺達を取り囲んでいた村人の間から罵声が飛んだ。
「嘘つけ」
「助かりたい一心で、イヨが嘘をついてるんだ」
助かりたい? 一体どういう事だ?
っていうか、これ尋問みたいじゃなくて、尋問そのものなんじゃないか?
これはエライところに来てしまったと後悔してると、
「嘘じゃ、ありませんわ!」
イヨがムキになって言った。
「この方は雷鳴の鏡から出て来られたし、何よりこの方が出て来られたおかげで50日ぶりの雨が降ったのが何よりの証拠ですわ」
「確かに雨は降った」
長のじいさんがうなずく。
「しかし、すぐにやんだ。ただの偶然かもしれない」
「偶然じゃありません!」
イヨが言う。
「さっきも言った通り、この方は雷鳴の鏡から出て来られました」
「それが嘘じゃないと、どうして言える? 洞窟に居たのはお前一人。誰も見てないのではないか?」
「村長様の言う通りだ!」
村人達が声をあげた。
「助かりたいために、デタラメ言ってるだけなんじゃないのか? この厄介者が」
どうも……。モヨを含めてこの村の連中はイヨに好意を持ってないみたいだ。なぜだろう? こんなに可愛いのに。俺は気遣うように隣のイヨを見る。イヨは、唇を噛み締め、今にも泣きそうなのをこらえている。
「イヨ。その小僧が真実龍神の化身だと、どのようにして証をたてる」
村長が言う。
なんて連中だ。寄ってたかって、こんな小さな娘を、ここまで責める事ないじゃないか。頭に来た俺は、我知らず一歩踏み出していた。そして叫んだ。
「長様」
「うん? なんだ? 何か証を立てられるものがあるのか?」
「はい。実は俺とイヨは村の近くで化け物に襲われたんですが、その時その化け物が言いました『ホデリの神様の呪いをとき、雨を降らせたのはお前か?』と」
「なんじゃと?」
俺の言葉に村の連中が色めきたつ。村長も顔色を変えた。
「ホデリの神の呪いだと? それは本当か?」
「ええ。本当です。なあ、モヨお前も聞いただろう?」
円陣の中にいるモヨに俺は尋ねてみる。あの距離で、モヨに聞こえたかどうか分からないが、あの化け物の声はけっこうでかかったから、聞こえたかもしれないと思ったんだ。いきなり、話しかけられてモヨは驚いたような顔をしていたが、しばらく考えた後、
「そういえば……そんな事を言ってた気もする」
とうなずいた。
モヨの言葉にさらに周囲がざわめいたが、構わず俺は言葉を続けた。
「お聞きの通りです。つまり、あの雨が振ったのは偶然でもなんでもなくて、本来解けるはずのないホデリの神とかいう奴の呪いをイヨが破って降らせた雨だという事です」
これで、俺はイヨを庇ったつもりだった。けれど、この軽はずみな言葉が、俺の運命をさらに泥沼に導いていくとは知る由もなかった。
「なるほどな」
しばしの沈黙の後、村長がうなずく。
「と、いう事はやはりお前は、まことに龍神様の化身という事でいいんだな?」
「え?」
しまった! この時はじめて俺は事の重要さに気付く。義侠心にかられて、とんだ墓穴を掘ってしまったようだ。困惑しながら隣を見ると、イヨがすがるように俺を見ていた。信じ切った目だ。とても否定できない。追いつめられた俺は、ついにうなずいてしまった。
「そ……その通りです。俺は、確かに普通の人間と違ってよく雨を降らす事ができます」
なにしろ、究極の雨男ですから。と、心の中でつぶやく。
俺の言葉に、村長がトンっと杖をついた。そして言った。
「よし。今の言葉承認と受け取ったぞ。だが、お前も知っての通り、言葉の力は絶対だ。もし、嘘偽りがあれば、命をもってあがなってもらうぞ」
へ? 命をもってあがなうってどういう意味?
きょとんとしている俺を取り残して、村長は去って行く。その後ろ姿に向かって俺は声に出してつぶやいた。
「命をもってあがなうってどういう意味さ」
すると、どこから現れたのかモヨが言った。
「つまり、嘘だったら死んでもらうってことよ」
「へ?」
「あんたも神様の端くれなら知ってるでしょう? 言葉の力は絶大なのよ。まして、神様の名を使って語る言葉ならなおさら……」
「し……知らない」
俺は力なく首を振った。
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