第3話

 説明するまでもないが、ヤマタイ国とは3世紀頃日本にあった、女王卑弥呼が治めていたという国である。何と、あの三国志に出てくる魏ともおつき合いがあったようで、魏志倭人伝に登場したりするが、いまだに近畿にあったか九州にあったか分からないという、オカルト心を刺激する神秘の国である。

 ……ということは、歴史の話題になるたび「僕、日本史は全然駄目ですから」と笑ってごまかす俺でも知っている事実である。

 そのヤマタイ国に、今、俺が居るって?


「ほ……本当にここはヤマタイ国なのか?」

「ええ。間違いなくそうですわ」

「じゃあ、君、女王卑弥呼とか会ったことある?」

「まあ、ヒミコ様をご存知ですの?」

「え?も…もちろん知ってるさ。超有名人だもの。で、ひ…卑弥呼がいるのか?」

「ええ。おられますわ」

「マジで?」

俺は思わず唾を飲んだ。

「だって、ヒミコ様がおられなくては国がまとまりませんもの。ヒミコ様はヤマタイ国を統べる女王にして太陽なのです」

「じゃ…じゃあ、会えたりするのか?」

「今は遠くへ行っておられるから、帰ってこれば会えると思いますわ」

「す…すごい」

 俺は思わず唾を飲んだ。

「も……もう一つだけ聞いていい?」

「何ですか?」

「あの、黒い壁みたいなのは何? あそこから向こう側は、ずっと日がさしてないみたいに真っ暗なんだけど」

「あそこは、冥界ですわ」

「冥界?」

「死と闇の王、ヨモツ大神が支配する国ですの。亡者や悪鬼の暮す恐ろしい場所で、普通の人間には近付くことはできません」

「そ…そんなものが、地上にあるの?」

 教科書には載っていないが……。

「ええ、太古からありますわ。本当に怖い国なのです。あんな所、イヨは絶対に行きたくありません」

 そういうと、イヨはまるで憎むがごとく地の果ての闇を見つめた。俺も同じように闇の壁を見つめる。見事な程奇麗に光と闇とが別れている。日本史上にこんな世界があったなんて……。全く事実は小説より奇なりって本当だな。

「雨が、上がって来ましたね」

 イヨが言う。

「本当だ……」

 俺は空を見上げた。雲間から茜色の日がさしている。もう夕方らしい。そう言えば、腹が減った。

「村へ参りませんか? みんなに龍神様を紹介したいですわ」

「うーん」

 どうしようか迷ったが、せっかくだから古代の生活を見てみたいという好奇心を抑えられずついて行くことにする。何より、腹が減っていたし。


 イヨの住む村は、洞窟から一本道をまっすぐ歩いていけば辿り着くらしい。「だから私でも道に迷うことがないんですのよ」とイヨが説明してくれる。それから、イヨは村の話を色々してくれた。ヒガリイナキナカノクニヌシとかいう長い名前の村長の事や、自分を教えてくれるシキコ様のこと。そのシキコ様が半年程旅に出ていて会わせられないのが残念だという事。そして自分と同じく巫女として神に仕えるモヨ様という女性がとてもしっかりしているので、自分は叱られてばかりだということなどなど……。その話のあいまをぬって俺はイヨにたずねる。

「ねえ。俺が鏡の中から出て来っていうのは本当?」

「ええ。本当ですわ」

 イヨがうなずく。

「驚きましたわ。祈っていたら、突然鏡が光って、そこから白蛇みたいなものが現れて、消えたかと思ったらすぐに龍神様が出て来ましたんですのよ」

「でも、俺は鏡から人が現れるなんて信じられないだけどな……」

「人ではありません。龍神様です」

 参った。この子は本気で俺のことを龍神だと思っているらしい。しかし、どうやら俺が元の世界に戻るための鍵は、あの鏡にあるようだ。鏡の中に人が入るなんて信じられないが、あんな闇のカーテンがあるような世界だ。何があったって不思議じゃないかもしれない。よし、明日、もう一度洞窟に行って、鏡に入れるかどうか試してみよう。

 それから、10分程歩いただろうか。

「もうすぐ、村ですわ」

 と、イヨが振り返り、自慢気に指をさす。みると、夕暮れの光の中煙りが立ちのぼっているのが見える。夕食を作っているらしき良い匂いもしてくる。

「もうすぐ、メシが食える……」

 そう言って腹を撫でたその時。俺は本日3度めの雄叫びをあげる事になった。

「っえーーーーー?」


 それは、森が深かったからでも、イヨの腰が意外に細かったからでもない。そこに、さっき山頂で見かけた怪鳥が、バサバサと飛んでいたからである。


「あの化け鳥はナガヨヤミタマクシヒチョウですわ! 背中にヨミノシツルギフルカバネを乗せていますわ」

「はあ?」

 長ったらしい名前過ぎで一度には覚えられないが、その怪鳥は、確かに背中にダースベーダーみたいなシルエットの化け物を乗せて居た。その、ダースベーダーモドキが剣を振り上げこちらに襲いかかってくる。


「うっわー! 化け物ー」

 情けなく腰を抜かす俺の前にイヨが果敢に飛び出して言う。

「大丈夫ですわ! 私におまかせください! 私も巫女のはしくれですから!」

 そういうと、イヨは腰に結わえ付けて居た袋を取り、

「えーと、こういう時は、破魔の矢……破魔の矢……」

 と探しだした。

「って、今探して間に合うのかよ。っていうか、そんな袋に矢が入るのかよ」


 そんな事言ってる間に怪鳥が目の前に迫ってくる。


「ぎゃー! 殺されるー!」


 悲鳴を上げながら、俺はイヨの手をひき森の中に逃げ込んだ。すると、怪鳥は木々に邪魔され寄って来れないのか悔しげにギャーッと一声鳴いた。ざまーみろ、鳥類め。人類の叡智を知れ! と思っていたら、怪鳥の背に乗って居たダースベーダーモドキがしゅたっと飛びおり、草を踏み分けてこちらに向かってくる。よく見ればダースベーダーみたいに見えたのはシルエットだけだった。それは、青銅の兜と、鎧を身に纏ったミイラみたいな奴だった。

 そのミイラが、穴ぼこみたいな目で俺を見下ろすと言った。

「ホデリの神様の呪いをとき、雨を降らせたのはお前か?」

「は……はいー?」

 何をこいつは言っているんだ?

「ホデリの神様の呪いをとき、雨を降らせたのはお前か?」

「し……知りません。僕はただのしがない雨男です!」

「だまれ! ホデリの神様の呪いをとき、雨を降らせたのはお前だろう?」

 そう言うと、ダースベーダーモドキのミイラは剣を振り上げた。

「わー! 寄るな、寄るなあ! そんな目で俺を見るなあ!」

 俺はパニクって、そこらにある石をめくら滅法投げ付けた。しかし、奴はよけようともしないで近付いてくる。もう駄目だ。お終いだ!

 そう思った時だった。どこからか風を切るような音がして、次の瞬間、ダースベーダーモドキはこなごなに砕け散った。砕けだ残骸の中に一本の矢が突き刺さっている。

「?」

 何があったのか、まったく把握できないでいると、茂みがガサガサ動いて一人の女が現れた。

「もよ様!」

 イヨが叫んだ。

「もよ?」

 俺は、もよと呼ばれた女をまじまじと見た。そして、おそらく、本日ラストとなるであろう雄叫びをあげた。

「っえーーーーー?」

 それは、その女が古代日本人にあるまじきナイスボディだったからでも、たくしあげた袴の裾が色っぽかったからでもない。

「桃代ぉーーーーーー?」

 そう。その女が『傘を持って歩くのが、超ウザイ』という理由で俺をふった、山下桃代に激似だったからである。

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