第2話

「ここはどこだ?」

 思いきり上体を起こした時、ガンっと音がして、デコにものすごい激痛が走った。昔の漫画的表現にすれば、目から星が出て頭の周りをひよこがぴよぴよ回るところだ。

「イタタタ〜」

 つぶやくと、

「あいたたたた〜」

 と同じようにつぶやく可憐な声がする。誰だ? と思って目をあけるとそこに一人の娘がいた。16才ぐらいの、ウエィブのかかった薄茶色の髪の、何故か巫女さんの装束を身に纏った娘が、額をおさえている。どうやら、俺らは互いのデコどうしをぶつけてしまったらしい。

「大丈夫?」

 おそるおそる尋ねると、娘が髪を揺らしてこちらを見る。そのとたん、俺はアホのごとく動けなくなった。なぜだろうか? それは、その娘がとてつもなく可愛かったからである。

 色白で丸顔、大きなうるんだ瞳、ピンクの唇。こんな可愛い子が俺の人生に登場したことは、いまだかつてない。ぼんやりと、見とれてる俺を、少女の方もボヤーッと見ていた。お互いに固まること10秒。いきなり娘が俺の手をつかんでこちらに顔を近付けて来た。

 

 え? 何? 何ー?


 驚く俺。


「やめてください! 心の準備がまだ! でも、どうしてもと言うならぜひ!」


 と間抜けなことをのたまった俺に向かって娘が言った。


「あなた、龍神様ですよね」

「え? リュージン?」

「そう。龍神様ですよね」

「リュージンって、龍に神と書く龍神の事?」

 俺の言葉に娘がきょとんとした表情を浮かべる。

「龍神様とは龍の神様だとババ様に教わりましたわ。私は、この洞窟にこもってずっとあなたを呼んでいたのですわ」

 真剣なその娘の表情に俺は哀れみを覚えた。気の毒に、この娘、可愛いのにどうやら頭が少し弱いか、もしくは極度の妄想壁があるらしい。まったく、天は2物を与えずというが……。

 俺はとびきり優しい声で娘の言葉を否定した。

「あのね、違うよ。僕は人間だよ」

 すると、娘がぶんぶんと首をふる。

「いいえ。あなたは龍神様ですわ」

「違うんだよ。あのね、この世に龍神とか、カボチャ大王とか、サンタクロースっていうのはいないんだよ」

「でも…」

 娘が泣きそうな顔をする。しまった、この子の夢を壊してしまったか。何も、あそこまで強く言わなくてもよかったかもしれない……後悔しかけた時、娘が立ち上がって俺の背後を指さして言った。

「でも、あの鏡から飛び出したのが何よりの証拠ですわ。あの中に住んでいるのは龍神様だけだとシキコ様から教わりましたもの」

「鏡ー?」

 後ろを向くと、確かにそこには周りに派手な装飾のほどこされた、人の頭程の鏡がたてかけてある。あんな小さなところから出て記憶もないし、そんな器用なマネが出来るぐらいならとっくにそれで食ってるだろうし……。この妄想娘。何かを見間違えたに違いない。と勝手に自分を納得させたところ、娘がさらに言った。

「それに、何よりの証拠に、あなたが現れたとたん、雨が降り出しましたわ! 龍神様には雨を降らせる力があるとシキコ様から教わりましたわ!」

 言われて気がついた。確かにどこからか雨の音がする。が、しかし、

「それは、俺が究極の雨男だからだよ」

 と、屈辱的な理由を述べる。

 しかし、冷静になって、あたりを見渡せば……。


「一体ここは、どこなんだ?」

 先程娘が言ったとおり、そこは、どう見ても洞窟の中だった。振り返れば俺の背後にはしめ縄をされた大きな岩があり、てっぺんあたりに龍の彫刻がほどこされている。洞窟の入り口には井戸があって、井戸の手前には円錐の土が3つ盛られている。

 どうして、俺はこんなところにいるんだろう?

 記憶をたぐっていく。確か、俺はおはらいをしてもらうために神社に行って、そこで妙な子供にあって、そいつを追いかけているうちに岩から足を滑らせて……。気を失って……それから、それから……

「ここは、龍神様の祠ですわ」

 いきなり、俺の回想に割って入って娘が言う。

「龍神様の祠?」

 俺は思わず彼女を見た。

「ええ。そうですわ。ここは、龍神様の祠。龍神様の住むお家のようなものだとシキコ様に教わりましたわ」

「なるほどね。で、君は一体誰なの?」

「私はイヨ。神様に仕える……巫女ですわ」

「巫女さん?」

 じゃあ、この格好はコスプレでもなんでもなく……

「私はここで雨乞いの祈りを捧げていたのですわ。もう、30日も祈ってやっとあなたを呼び出すことに成功したんですわ」

 そう言って、イヨはうふっと笑った。

 龍神の祠? 巫女? いや、そういうものは確かにこの世に存在するだろう。しかし、呼び出すことに成功ってのはなんなんだ? もしかして、これは、ファンタジーによくある異世界トリップってやつなんじゃないのか? いや、そんなわけ無い。ここはきっと神社のある山の洞窟かなんかで、俺は岩から落ちて気を失ったところを彼女に助けられただけなんだ。そうさ。ああそうとも。

 俺は再び一人で勝手に納得してうなずくと、立ち上がり洞窟の外に向かった。外に出ると、やはりここは山の上だったようで、まだ雨は降っているものの結構遠くまで見渡せた。しかし、俺は眼下に広がる風景を眺めて雄叫びを上げなければならなかった。

「っえー?」

 なぜなら、そこにはいつも見なれているのとは似ても似つかない風景が広がっていたからだ。

 足元にはどこまでも広がる森、森、森、その果てには真っ黒なカーテンのような闇が広がり、ハッキリと世界を分断している。そして、闇のカーテンの向こうに羽ばたく、でっかい怪鳥の姿が見える。なんじゃ、こりゃ? こんな変な風景見たこと無い。

「マジでここは一体どこなんだ?」

 つぶやくと、いつの間にか隣に立っていたイヨが答えた。

「ここは、ヤマタイ国ですわ。龍神様」

 その言葉に俺は再び雄叫びをあげた。

「っえーーーーー?」

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