奇跡の雨男
pipi
第1話
名は体をあらわすというが、必ずしもそうとは限らないだろう。良すぎる名前はかえって良くないという。例えば幸子なんて名前をつけられた女性は、往々にして幸せになれなかったりするという。また、光という名前は女性には強すぎて、この文字を持つ女性は気が強く、男勝りなため、結婚できないなんて話もきく。そういった、良すぎて悪い文字の中に、陽という字も含まれるんじゃないだろうか?
俺の名前は青空太陽。昔の少年マンガの主人公みたいなベタな名前である。一見して、元気でポジティプなキャラを想像するかもしれない。その通り、俺は無駄にポジティヴで、元気で、落ち着きがない。しかし、ここで問題にしたいのは、人格の事ではない。とりあえず、俺が、太陽という名前がいやみに聞こえるぐらいの、ありえないの雨男だということである。
子供のころから、運動会、遠足、修学旅行等のイベントが一度として晴れたことがない。一番印象深い思い出は、中2の頃、無理矢理雨天決行した登山で大雨に降られ、ほうほうのていで下山し、一歩山から離れた途端に待ってましたとばかりに雲間から太陽が顔を覗かすという究極の嫌がらせ(天気からの)を受けた事である。その他、修学旅行で伊勢神宮にに行けば、背後から雨雲が追いかけて来て大雨をふらせ、あまつさえゴロゴロと雷が鳴り出したりとか、ディズニーランドに行けば、雨の為にアトラクションが中止になったりとか、しまいに同級生の間から『絶対にこの学年にはタチの悪い雨男がいる』という犯人さがしがはじまり、12年を通して非常に肩身のせまい思いをしていたことはいまだ誰にも打ち明けていない秘密であるが、そんなことよりももっと悲劇的なのは、この体質が原因で数多の女性にふられたことである。数多といっても1人しかいないのは究極の秘密である。そのたった1人の彼女に振られた時の言葉が今も胸をえぐる。
「傘持って歩くの、ちょーウザイし!」
まあ、無理もない。俺だって出かけるたびに傘を持って歩くのは正直ウザイ。まあ、それはそれとして、さすがに、これでは一生一人身ではないかと危機感を抱き始めた高2の夏、俺はついに決心して、神社でお払いをしてもらうことに決めた。
その日は西高東低の気圧配置で、全国的に快晴、と、天気予報は言っていたが、俺の周りは全国から除外されていたのか大雨がふっていた。まあ、予測済みだ。なぜなら、俺と神社は最悪の相性だからだ。そう、昔から、俺が神社に足を踏み入れると、必ずと行っていい程雨が降る。いや、他のシチュエーションでも雨はやっぱり降るのだが、多少の情状酌量ってのがあり、稀に晴れることもあったりするのだ。しかし、神社は駄目だった。3分前までどんなに快晴でも、俺がお社をくぐった途端に土砂降に変わる。こうなるともう、一種のマジックである。
いまさら、凹むまでもなく、傘をさし祈祷殿に向かった。そこには、霊験あらたかな神官の、阿部野きよあきとかなんとかいう30過ぎのひょろっと細みのひき目かぎ鼻のナイスガイがいて、俺を待ち受けていた。
「で、今日はなんのお払いを御所望で?」
ひき目かぎ鼻の神官がのたまう。
「え〜実は」
俺は緊張気味に言った。
「僕、すっごい雨男なので、このままでは彼女もできそうにないから、お払いをして晴れ男にしてもらいたいんです」
「はあ」
阿倍野きよあき神官は奇妙な顔をした。無理もない。こんな、妙な依頼をする客は初めてなんだろう。その証拠に、阿部野青年は、以下のような失礼千万なセリフをのたまった。
「雨と彼女ができないことに因果関係はないと思いますけどねえ」
が、しかし、やってみましょう。そう頷くと、早速祝詞を唱え始めた。そうして、唱えること30分。いきなり、阿倍野神官がその場に崩れ落ちた。真っ青な顔をして、激しく息をしている。
「どうしたんです?」
心配になっておそるおそる尋ねると、神官がか細い声で言った。
「無理です。あなたには、とんでもない物が憑いている。私にはとても払えません」
「とんでもないもの?」
俺は聞き返した。
「とんでもないものって、なんですか?」
「それは…り…り…りー」
神官はそこまで言うと、白目を向いて失神してしまった。一体なんなんだと恐ろしくなる。
それきり、いつまでたっても神官が目を覚まさないので、仕方なく神社を後にすることにした。土砂降の雨の中を歩きながら神官の言葉を思い返す。
……あなたには、とんでもない物が憑いている
とんでもないもの? とんでもないものって何だよ? まさか、悪霊とかいうなよ。俺は、お化けと雷は大嫌いなんだ。心の中でつぶやいたその時、その言葉に答えるようにガラガラピッシャーンと雷が鳴った。
「驚かせんな、バカヤロー!」
俺は、空に向かって激しく叫んだ。
「俺に一体何の恨みがあるんだ、コノヤロー。俺の青春を返せ!」
すると、また、激しく稲光りがした。
ピカッ!
目の前に火花が散る。
「聞こえてんのかコノヤロー! ありえない反応するな!」
端から見たら、さぞかし危ない奴に見えるだろうわけの分からない雄叫びをあげ続けていたその時。視界に小さな何かが横切る。何かと思って目をこらすと、子供がいた。10才ぐらいの、目のクリッとしたおかっぱ頭の男の子だ。その子供は水色の着物を着ていた。
「今日って。七五三だっけ?」
首を傾げた俺に向かって、子供がいきなりあっかんべーをした。
「こら」
俺は、極めて冷静に注意した。
「見ず知らずの人にあっかんべーをしてはいけません」
すると、子供は言った。
「こんなとこでお払いしたって、無理だもんねえ」
「何?」
その言葉に、俺はびっくりする。
「なぜ、君が、そんな大人の事情を知ってるんだ」
「秘密だもんねえ」
男の子はそう言うと、俺の横をすり抜け階段を駆け上がって行った。
「おい! 待てよ」
俺は、子供の後を追いかけた。あいつは、何か知っている! と第六感が告げるのだ。まあ、第六感が告げなくたって、どう考えても知ってるとしか思えないシチュエーションだが。しかし、後ろ姿は見えるのに、走っても走っても追いつけない。子供のくせにやけに足が早い。気がつくと俺は、神社を見おろせる程の山の中にいた。男の子は軽々と、岩上を跳ねて昇って行く。逃してなるものかと俺も岩に手をかけ、体重を移動させる。しかし、岩は雨のせいで思いのほか滑りやすくなっていて、右足をかけ損ない、俺はあっという間にバランスを崩した。そして、岩から滑り落ち、そのままどんどん下へ下へと落ちて行った。
…さま。…さま。
どこからか、可憐な声がする。あの声は、女の子の声だ。
後頭部に激痛がする。
目をあけると、ろうそくが燃えていた。天井を見れば岩、岩、岩。
いかん、記憶がとんでいる。一体俺はどうしたんだ? そして一体ここはどこなんだ?
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