第32話 TAMA300

 自動光電子午環しごかん、ゴーチェ子午環、レプソルド子午儀しごぎ室それぞれには、そこで使っていたものや、それ以外のものも含めて、望遠鏡やほかの観測装置が展示してあった。

 なずなが、いっぱい並んだ望遠鏡を見て、何か大砲みたいと言った。菜緒なおさんは、

「まあ、大砲も望遠鏡も、長くて重い筒を正確な方向に向けないといけない仕組みだから」

と説明した。

 なずなは大砲がたくさん出る漫画でも描いてるのかな、と暁美あけみはぼんやり思った。

 セリは……。

 何も考えていなさそうだ。

 三人の天文部員は、菜緒さんの説明を受けながらその装置を見学して、もと来た道を戻った。

 その途中で菜緒さんが立ち止まった。

 ゴーチェ子午環からレプソルド子午儀室に戻る途中の何もないところだ。

 「何かあるんですか?」

 暁美がきく。

 「ここさ、そのパンフレットには書いてないんだけど」

 菜緒さんは林のあいだを指でさして見せた。木のないところが一直線につづいていて、向こうに小さな建物が見える。その反対側にも木のないところがつづいている。

 「どこかへつづく、道?」

 セリが暁美の前にひょいと頭を出してきいた。

 「まあ地上にも道があるんだけど」

 菜緒さんがどこかできいた詩のようなことを言う。

 「ここの地下にね、大きい観測装置が埋めてあるの。その上がこういうふうに道みたいになってるんだ」

 ここまで見た施設は、暁美は春に来たときに見た覚えがあったけれど、地下の話は初めて聞いた。

 セリがきく。

 「埋めてあるって?」

 暁美もきく。

 「えっと、天文台だから、地球の深いところの観測もしてるってことですか?」

 「ああ、いや、そうじゃなくて」

 菜緒さんは小さく首を振った。

 「TAMAタマ300っていって、宇宙から飛んでくる重力波っていうのを観測しようってここに造った設備なんだ」

 「えっと」

 暁美がきく。

 「重力波、って何ですか?」

 セリは黙っている。なずなが遠慮がちに言った。

 「あの、昔のゲームで、何かあったような気がするんですけど。攻撃技で、「じゅうりょくは」とか」

 なずなはまじめだけど、この質問は天文学をやっている学生さんにはばかにされるのでは……。

 「うん」

 でもそんなこともなく、菜緒さんは平気で答えた。

 「重力っていうのがあるって話をさっきしたでしょ?」

 「ええ」

 「で、いきなりだけど、テレビとかラジオとか携帯電話とかで使ってる電波って、どういうときに発生するか、知ってる?」

 「えーと、電流が流れたとき」

 なずなが答える。けなげだ。

 それにもの知りだ。漫画を描いているとこんなに知識がたまるものなのだろうか。

 たぶん、そうなんだろう。

 菜緒さんが答える。

 「そう。でもね、普通に電流が流れているときよりも、電流が急に変化したときのほうが電波は強く出る。つまり、電流が急に変化した衝撃がまわりの空間に伝わるわけ。それが電波の正体」

 「あ、そうなんですか?」

 なずなもけなげに答えつづける。

 「で、重力でも、おんなじように、重力が急に変化したら、その衝撃がまわりの空間に伝わるはずで、それが重力波っていうものなんだ。でも、重力ってなかなか急に大きく変化しないし、重力の力って弱いから、なかなか見つけられない。電波はアンテナでキャッチできるけど、重力波っていうのはそんなのではキャッチできない。だから、この地面の下に、何百メートルもの、いわば重力波のアンテナを埋めてあるわけ。それでもなかなか見つからないんだ」

 「いや、えっと、……ちょっと待ってください」

 セリが口を挟む。

 「さっき、菜緒さんと引っぱり合って、重力は強いっていうのを試したんじゃなかったでしたっけ? 引っぱるとか、どこまでもはね飛ばしてしまうとか。で、いま、重力って弱いって」

 もっともな疑問だ。セリは頭がいい。

 頭はいいんだけどなぁ……。

 「うん、あ、そうね」

 菜緒さんはセリのほうを向いて目を細めた。

 「木星とか太陽とかの重力が強いのは、木星とか太陽とかがものすごく大きいから。それと、重力って、いまのところ、引っぱり合う力しか発見されてないのね。重力ではね飛ばす、っていうのも、さっきやったみたいに、引っぱった結果としてはね飛ばすんだから」

 「はい、それはわかります」

 セリはまじめに答えている。

 「だから、重力って、もともとは弱い力だけど、引っぱる力しかないから、木星とか太陽とかみたいに大きくなるとそれだけ引っぱる力が強くなるの。ところが、電気って、引っぱり合う力もあれば、反発する力もあるでしょう? 磁石なんかもそう。プラスとマイナスとか、N極とS極とかは引っぱり合うけど、プラスとプラスとか、N極とN極とかは反発し合うじゃない?」

 「ええ」

 「だから、ものがたくさん集まっても、電気のばあいは、引き合う力と反発する力で打ち消し合ってしまうから、強い電気力にはならないわけ。でも、重力は弱くても、引き合う力だけで反発する力がないから、ものがたくさん集まるとものすごく強くなるんだよね」

 「ああ、そういうものなんですね」

 セリはやっぱりあまりよくわかっていないようだ。

 「で」

 なずながきく。

 「その地下の重力の望遠鏡は、ここでいまも動いてるんですよね?」

 「うん」

 菜緒さんはうなずいた。

 「いつかその重力波が見つかるのを待ちながら、ね。それに、さっきのアインシュタイン塔といっしょで、ここまで大きい装置で精密に観測しても重力波が見つかりませんでした、ってなったら、それはそれで貴重な観測結果だから」


 (注)重力波は2015年にアメリカ合衆国の観測装置LIGO(ライゴ)で初めて観測に成功し、2016年に発表されました。日本では、より大規模で精度も高い重力波望遠鏡としてKAGRAが開発され、2020年に観測を開始しました。三鷹のTAMA300も観測を続行しています。

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