第29話 太陽系ウォーキング(2)
「ともかく、木星って大きいからさ、近くにある天体を引っぱっちゃうんだよ。だから、木星に近いところにほかの惑星があったりしたら、引っぱられて、振り回されて、はね飛ばされちゃうんだ」
「うん?」
セリがうなった。
「引力が強かったら、引っぱられてくっついてしまうっていうのはわかりますよ。はね飛ばされるって、どうしてですか?」
菜生さんがスマイルして言う。
「じゃあ、実験してみよう」
「どうやって?」
セリはむじゃきに答えた。
「セリちゃん、って言ったよね? そこ、立って」
「え、こうですか?」
セリは、言われたとおり、道のまん中に立った。
これから何が始まるのか、暁美にはわからない。セリにもなずなにもわかっていないだろうと思う。
「そう。それで両手を前に出して。わたしも出すから」
「ええ」
セリは自信なさそうに両手を前に出す。菜緒さんも手を出して、その自信なさそうなセリの左手を自分の右手で、セリの右手を自分の左手で握った。
「さ、引っぱるよ。セリちゃんも引っぱって。引力って、片方だけじゃなくて、両方で引っぱり合うんだから」
「うん」
体は
「せーのっ!」
二人は菜緒さんのかけ声で引っぱり合った。二人は近づき、軽くぼふんとぶつかる。
やっぱり華奢なセリがはね返り、一歩、二歩と後ずさりした。菜緒さんが説明する。
「いまのが、引力で引き合ってぶつかるパターンね。で、次なんだけど、右手どうしで引っぱってみようか」
「ああ、はい」
わけがわからないでいるらしいセリの右手を、握手するように菜緒さんがつかんだ。
「行くよ」
「はい」
「それっ!」
またセリが引っぱられた。今度は斜め前に引かれたので、菜緒さんの体にはぶつからないでその横を通り過ぎ、後ろの暁美にぶつかりそうになって止まる。
「ね?」
菜緒さんは振り返った。
「ずれた方向に引っぱられて、ぶつかり損なうと、そのまま飛んでいってしまうでしょう? セリちゃんは人間だからそこで踏みとどまったけれど、天体は、ずれちゃったから踏みとどまろう、なんて考えないから、そのままその方向に飛んで行ってしまうの。だから、引力で引っぱられると、はね飛ばされてしまうわけ」
「うん、だいたいわかりました」
言って、セリは笑った。
「あと、ちょっと暖まりました」
「それはよかった」
菜緒さんも言って、笑い、説明をつづけた。
「しかも、人間どうしなら手をつないで引っぱり合わないと引っぱれないけれど、天体どうしだと、万有引力っていうくらいだから、何でもかんでも引っぱってしまうのね。だから、大きい木星は、近くにあるものを何でも引っぱって、自分にぶつけたりはね飛ばしてしまったりするの。それで木星の両側はわりとあいだが空いているのでバランスが取れるわけ。でも地球とかはそんなに大きくないから、たがいに近くにくっついててもわりと平気」
「木星の重さは地球の三百倍って、夏のときに、部長さん、言ってましたよね?」
なずなが言う。
ああ、そうだっけ――と思ったことは、表情に出さないようにしよう、と暁美は思う。じつはすっかり忘れていた。だいいち、「部長さん」という呼び名に、暁美はまだ慣れない。
暁美はだれにともなく言った。
「うまくできてるんだ」
「そう」
菜緒さんはうなずいて、説明をつづけた。
「しかも、木星ぐらいに重い惑星だって、近くに大きい天体があって、それを引きつけたりはね飛ばしたりしつづけてると、作用と反作用っていう関係でさ、自分の軌道も狂ってきちゃう。さっき、セリちゃんがぶつかったりよろめいたりしただけじゃなくて、わたしもちょっとずつよろめいたでしょう? それを繰り返していると、木星ぐらいの惑星が、円の軌道からずれて、いまの彗星――あ、ほうき星のほうの彗星ね。その彗星とおんなじように、楕円に回り出すの。そうなると、木星がもっといろんな惑星に接近して、それを引っぱったりはね飛ばしたりしちゃうから、ほかの惑星もちゃんと回っていられなくなっちゃう。そうなると、太陽系はぐちゃぐちゃになって、当然、地球に生命が生まれてる余裕もないってことになる。だから、最初から木星の両側が広く空いてて、太陽系はバランスが取れてたってことになるわけ」
「ここの四〇メートルには、そういう意味があったんですね」
なずなが感心している。
「あんまりよくわからないけど、暖まったからいいや」
セリはさばさばして言った。
いや、これであんまりよくわからないと言うのは、菜緒さんには悪いと思うんだけど、と、暁美は思った。
思ったけど、言わない。
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