第27話 第一赤道儀室(2)

 なずなは話をききながら望遠鏡のまわりを見て回っている。

 たぶん、こんど「古い天体望遠鏡」を漫画で描くときの参考にするのだろう。

 「あ」

 そして、なずなは、ふと壁を見上げた。

 「この望遠鏡って太陽の観測をしてるって書いてここにありますけど」

 言って菜緒なおさんのほうに顔を向ける。その横の掲示には、


 この望遠鏡ではおもにつぎのような観測を行っている。

 1 太陽黒点の投影スケッチ観測

 2 太陽全面の写真撮影


と手書きで書いてある。

 「いまも使ってるんですか、この望遠鏡?」

 「ああ、それってだいぶ前の掲示だから。わたしがまだ小学生くらいのころのだから」

 ということは、暁美あけみたちはまだ小学生か、もしかするとまだ幼稚園ぐらいだったかも知れない。菜緒さんは見て笑った。

 「でも、そのころまではやってたのは確かね」

 感慨に浸る間もなく、

「だって太陽なんてわざわざ望遠鏡で見なくてもよく見えるじゃないですか」

 またセリが天文部員とは思えないしろうとっぽい質問をする!

 「それに、太陽を直接のぞくと目が焼けて危ないって」

 「ええ」

 余裕を持って答えてくれた菜緒さんに暁美は感謝した。

 「だから、投影観測って、影を紙に映して観測するんだ。もちろん、焦点のところに紙を置くと紙が焦げちゃうから、ちゃんと像を結ぶところにね。それで、太陽の黒点の位置とかをスケッチして書きとめるんだけど。あ、黒点ってわかる?」

 「えっと、太陽の表面で、なんか、ところどころ黒くなってて暗くなってるところですよね?」

 よく知っている――セリにしては、だけど。

 それに、この問いには暁美でも似たような答えしかできない。

 「うん」

 菜緒さんが答える。

 「ぞれで、黒点ってね、大きい黒点がいっぱい見えるときっていうのは、太陽の活動がとても活発なときで、あんまり見えないときは太陽活動が不活発だから。黒点の数を数えることで、太陽がいまどれくらい元気か、わかるわけ」

 「え?」

 セリが驚く。

 「黒点が出るって病気みたいなものでしょ? それが多いときのほうが不活発なんじゃ……?」

 セリの質問がどんどん普通になっているので暁美は安心する。

 「黒点は病気みたいなものじゃないよ」

 でも菜緒さんは否定した。

 「地球とはちょっと違うけど、太陽も磁石になってて、太陽の活動が活発だとその磁石の力が強まるわけ。それで磁石の力が表面まであふれて黒点を作るんだ。だから、黒点がたくさん、それも大きな黒点がたくさん見えるときが活発、っていうことになるの」

 「へえ。黒くなると太陽がそれだけ暗くなるから、病気みたいなものだって思ってた」

 きいて、菜緒さんはふふっと笑う。

 「普通は、太陽は一一年ぐらいの周期で、黒点の多い時期と少ない時期を繰り返してるんだけどね、でも、昔は、黒点がほとんど見えなかった時期がずっとつづいて、その時期って、地球の気候が寒かったらしいんだ。それが、日本の戦国時代ぐらいで、この時代って、日本だけじゃなくて、ヨーロッパとかでもずっと戦争が続いたのね。それは、太陽の活動が不活発だったから、作物とかが育たないで、食べものとかいろんな資源とかの取り合いになったからだ、っていう説もあるくらい。それで、もしかすると、そういう太陽活動の不活発な時期がまた来るかも知れないでしょ?」

 「え? いつ?」

 「もしかすると、来年にでも」

 「あぇっ?」

 セリはほんとうに驚いたようだった。

 「それって、予想できないんですか?」

 「いまの技術じゃ無理ね。なってみないとわからない」

 「だって、地球温暖化の予想とかあるじゃないですか?」

 「あれは地球のことだから、なんとかできるって感じかな。でも、太陽活動のことはわかってないことが多すぎて、あんまり予想はできないわけ」

 「じゃあ、いま温暖化対策とかやってるけど、急に太陽が不活発になって地球がキンキンに冷えちゃうことなんかあるんですか?」

 いや、別にキンキンに冷えなくてもいいんだけど。

 「可能性としてはないことはないよね。逆に急にものすごく活発になって、地球の状態がどうこういう以前にものすごく暑くなるかも知れないし」

 「うへー」

 セリは深刻にいやそうな顔をしている。

 「暑いのいやだ」

 暑い季節のセリも十分に活発だったと思うけど?

 菜緒さんは笑った。

 「でも、そんな急な変化っていうのは起こる確率は低いし、太陽活動がいま急に不活発になったとしても、地球には大気があって、大気が暖まったり冷えたりするのには時間がかかるから、すぐに気候が変わるわけじゃない。だから、そのあいだに準備ができるでしょ? 人類にやる気があれば、だけど」

 「うん……」

 セリは考えこんでしまう。

 セリってときどきまじめに考える。

 そっとしておこうと暁美は思う。考えているのを妨害するのもよくないし、考えているあいだはセリは黙ってしまって、天文部員らしくない質問もしないだろうから。

 かわりに望遠鏡の向こう側から、なずなが菜緒さんにきいた。

 「ところで、スケッチを描いて観測してたんですよね」

 「うん。写真も写してたけどね」

 「どうして、写真だけじゃなくて、スケッチなんですか?」

 「二つ意味があって」

 菜緒さんはすらすらと答えた。

 「一つは、写真だといろんなものが写りこんでしまって、見たいものだけ、それも特徴をわかりやすく取り出すわけにはいかないでしょう? 人間の目だと、見たいところだけ描けるから、正確にスケッチする技術さえあれば、かえって研究に役立つように記録か取れるわけ。で、もう一つは、そういう能力はすぐには身につかないから、実際にスケッチを重ねて、練習する、ってことかな」

 「あ。漫画やイラストといっしょなんですね!」

 なずなは即座に反応した。嬉しそうだ。

 「写真だとそこにあるものはぜんぶ写っちゃうけど、絵を描くときには一つひとつ描いていかないといけないって。でも、だから、何をコマに描いたか、描かなかったかで、読んでいる人にいろんなことが伝えられるんだって、だから、何でも描けるように練習しなさいって、いつも部長に言われるんだけど」

 言ってから、恥ずかしそうにする。

 わりといっぱいまとめて言ってから、恥ずかしそうにするのが、この子だ。

 「なずなちゃんは漫画くんです。漫画研究会と天文部の両方に入ってて」

 暁美が菜緒さんに説明する。

 「あ、そうなんだ」

 菜緒さんさんはにっこりしてなずなに言った。

 「うん、そうだと思う。それに、それって、何をやるにもだいじなことでさ。わたしなんかも、学校でレポートを書いたりすると、言われるもの。何を書いて何を書かないかで、人に伝わるものが違ってしまうから気をつけなさい、って。だから、たぶん、それって何をやるにも基本じゃないかな」

 なずなは、まだ恥ずかしさが消えないまま、嬉しそうに笑う。


 (注)2022年1月現在、第一赤道儀室では、土曜日・日曜日の午前10時30分から(晴天であれば)太陽観察会を行っているとのことです。→1月21日より新型コロナウイルス感染症対策で中止になりました。

 https://www.nao.ac.jp/access/mitaka/visit/

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