第26話 第一赤道儀室(1)

 「わあ」

 なずなが声を上げた。

 「何か、やっぱり天文台っぽい建物ですね。上が丸くなってて」

 ドーム屋根のことを言っているのだろう。

 「でも、それにしては何か小さくない?」

 セリが言う。

 「うん。望遠鏡は二〇センチの望遠鏡だからね。いまだったら、中学校とか高校とかでもこれより大きい望遠鏡を持ってるところはたくさんあるでしょう。でも、これができたのって、一九二一年、大正一〇年のことだから」

 「ああ、そうか」

 暁美あけみが言う。

 菜緒なおさんと並んでドーム屋根のなかに入る。セリとなずなが続いた。

 ドームのまん中に望遠鏡がある。だから、ドームの建物のなかは、外から見た印象よりもいっそう狭く感じる。

 「あ、でも、これって部の望遠鏡よりずっと大きくないですか?」

 その望遠鏡を見上げてなずながきく。暁美が答えた。

 「それはそうだよ。だって、うちの部のって、八センチと一二・七センチじゃない?」

 「でも、二〇センチだとすると、部の望遠鏡の倍ぐらいのはずなんですけど」

 「この望遠鏡は焦点距離が長いからね」

 菜緒さんが説明する。

 「望遠鏡の性能って、レンズの大きさだけじゃなくて、焦点距離でも決まるから」

 「焦点距離――って?」

 「かんたんに言うと、望遠鏡の筒の長さね」

 「ああ」

 なずながそれでわかったのかどうかわからない。セリは写真が得意なので、たぶんわかるだろうと思う。じつは暁美も焦点距離の長さと望遠鏡の見えかたの関係はあまりよくわかっていない。

 菜緒さんが説明を続けた。

 「それで、赤道儀せきどうぎってわかる?」

 「いいえっ!」

 セリがすかさず答える。

 暁美は眉を寄せてセリの顔を見た。天文部員が赤道儀を知らないというのは、少なくとも誇りにはならない。

 「うちの天文部、あんまりお金がないので、赤道儀、ないんです」

 暁美がすまなさそうに菜緒さんに説明する。

 「あんまり、じゃなくて、ぜんぜんだよ」

 言わなくてもいいことをセリが言う。ますます誇りにならない。

 セリなんか会計にするんじゃなかった。

 ――と言っても、セリしかいないからしようがない。

 それに、来年、新入生が入ってくるまでにセリに天体写真を撮ってもらうとしたら、やっぱり赤道儀は必要なのだ。自分のところでこんなきれいに星が見られます、というのを見せないと、新入部員は入ってくれない。

 見せたから入ってくれるという確信はないけれど、見せるところまでは努力しようと思う。

 だれか、天文部以外で、お金持ちの生徒が赤道儀つきの望遠鏡を持っていて、貸してくれたりしないだろうか。

 いや、そんなことを考えるために国立天文台まで来たのではなかった。

 「天体って地球の自転に合わせて空を回っていくでしょう? だから、望遠鏡で何十分も何時間もおんなじ天体をずっと見つづけるためには、その地球の自転を打ち消す方向に少しずつ望遠鏡を向け直さないといけないわけ。しかも、ほんのちょっとの狂いもなく、正確に、ね。そのための機械が赤道儀」

 「へえ、すごいことができるんですね!」

 セリがすなおに感心する。暁美はもう聞こえないふりをすることにした。

 菜緒さんは説明をつづける。

 「えっと、いまの赤道儀は電気で回るようになってるし、パソコンにつないで望遠鏡をコントロールする仕組みにもなってるけど、この望遠鏡ができたのは九〇年も前だから、とてもそんな装置がなくてね。だから、おもりを引っぱり上げて、そのおもりが落ちる力を使って歯車で望遠鏡の向きを調整するっていう仕組みが使われてるの」

 「そんなのでちゃんとコントロールできるんですか?」

 セリがきく。

 「ええ。いまから見れば原始的な仕組みだけど、原理は時計といっしょで、機械を正確にちゃんと造ればそれはだいじょうぶだから。でも、別の限界はあるんだ」

 「へえ?」

 「おもりが落ちる力を使ってるだけだから、一時間半ほどでおもりが下まで落ちちゃうのね。だから、一時間半しか使えない。電気で動かしてるともっと長い時間使えるでしょう? それがこれの限界」

 「うん……」

 たぶん、セリは、どうして同じ天体のほうに望遠鏡を向けつづけなければいけないか、まだわかっていないだろう。

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