ファイン・ガール、国立天文台へ行く

第23話 ファイン・ガール、国立天文台へ行く(1)

 桧茂土ひもと菜緒なおは日時計の下から門のほうを見た。

 ダウンジャケットにニットの襟巻えりまきをぐるぐる巻きにして、ニットの手袋をはめていても、じっとしていると一二月の寒さは防ぎきれない。

 両手を体にくっつけて、細かく足踏みしながらその場で体を回してみる。

 ペンギンみたい。ほんとのペンギンがこんな行動をするのかは知らないけど。

 なんだかかっこうが悪い。こんなのだったら毛糸の帽子も用意して来るんだった。

 到着は午後の遅い時間になるとはあらかじめ知っていた。だから、ずっと大赤道儀室だいせきどうぎしつにいて、二時三〇分を過ぎたころにここに出てきたのだけれど――。

 あいかわらず、それらしい見学者が来るようすがない。

 天文台の見学時間は一〇時から午後五時まで、入場は四時三〇分までだ。しかもいまの季節は日が暮れるのが早い。

 ――やっぱり来ないのかな。

 ここで寒いなか待ったからといって、来なかった相手をなじる気にはならない。

 けれども……。

 あの子の後輩となると、やっぱり会ってみたい気がするのだ。

 菜緒は日時計の柱に背をもたせかけた。

 この日時計は日の当たるところが高いところにあるので、支柱は菜緒の背丈より高い。菜緒は、襟巻きの端をきゅっ、きゅっと引っぱり、手袋をしている両手をダウンジャケットのポケットに入れて、あごを引いた。

 こうやっていると、何かもの思いに沈んでいるように見えるかな。

 では、ほんとうにもの思いに沈んでいるのだろうか?

 自分では、そういうことはよくわからない。

 ふと遠くから女の子の声が聞こえた。

 門のあたりからだろう。だとすると、大きい声を立てているものだ。

 「わあ、紅葉こうようがきれいですね~」

 「ほんとですね」

 「紅葉に日が沈むところ、すごいきれい。そうだ。写真撮っとこ。あ、なずなちゃん、写真に入る?」

 「あ、いえ……やめときます。部長さんがそれどころじゃないって顔でこっち見てますから」

 菜緒は、そっと日時計から背を離して背を伸ばした。

 髪の長い「お人形のような」子と、その子より背の低い、妹みたいな感じの活発な子と、その二人の後ろにもう一人――。

 まちがいなく、この子たちだ。

 菜緒は、ゆっくりと、何もやることがないので散歩しているような歩きかたで、門の横にある受付のほうへと歩いて行った。

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