第17話 セリが作ってくれた時間

 「セリちゃんっ、セリっ! あ、ちょっとっ!」

 暁美あけみ建屋たてやに駆け寄り、ノブを回してみた。

 扉は開かない。

 セリが鍵をかけた!

 何をするのだろう?

 体じゅうの血の引く思いがした。

 このままでは帰れなくなってしまう。

 自分だけじゃなく、グミ先輩まで!

 グミ先輩にとっては、オーストラリアに出発する前の貴重な時間なのに。

 暁美は、ノブを握る手に力をこめて、がちゃっ、がちゃっと引いてみたけれど、もちろんそんなので開くわけがない。

 「閉じ込められた、っていうか、締め出されちゃったみたいね」

 その様子を見ていたグミ先輩が穏やかに言った。

 笑みを浮かべて、少しも慌てもせずに。

 暁美は振り返った。

 長い髪がばさっとうしろでなびき、こんどはそれに頭が引っぱられる。

 「グミ先輩……セリちゃんが何をやるか、わかってたんですか?」

 「うん」

 グミ先輩は澄ましている。少し得意そうだ。

 「どうして?」

 「ちょっと下を見てくるだけだったら、それじゃ、なんて挨拶して、会釈えしゃくしたりはしないでしょ? それで」

 ああ、やっぱりそうだったんだ――と暁美は思う。

 「ちょっと、セリちゃん! セリっ!」

 どんどん、どんどんどんと暁美は扉をたたいた。

 「暁美」

 暁美のあわてぶりを見ていたグミ先輩が声をかける。

 「とりあえずこっち来なさいよ。下りようと思えば、そっちもあるんだし」

 グミ先輩は、平気で、外壁についた梯子はしごを指さす。

 「えっ」

 喉が詰まった。

 非常用の梯子で下に降りられるといっても、ここは三階の屋上なのだ。

 一階の天井ぐらいの高さから脚立きゃたつで下りるのも怖いのに。

 「だから、せっかくセリが作ってくれた時間なんだから。こっち来て、ちょっとお話しよう」

 暁美は、もういちど扉をたたこうとした。でも、グミ先輩があまりに落ち着いているので、扉をたたくのをやめて、暁美は自分の座っていた椅子に戻った。

 「先輩がこんなたいへんなときなのに、セリちゃんって、もう!」

 暁美はふくれている。

 「だいじょうぶだから」

 そんな暁美を、グミ先輩は、テーブルにひじをついて体を斜めにし、おもしろそうに見ている。

 「何が、ですか?」

 「だから。セリは、セリがいると、暁美が自分できかないといけないことをいつまでもわたしにきけないで終わってしまうって思ったの。だからこんなことをしたわけ」

 「えっ、あっ、えっ? えっ、でも、それ……」

 しどろもどろだ。それをグミ先輩はやさしくすくい取ってくれる。

 「暁美、最初にわたしに会ったとき、わたしにした最初の質問って、覚えてる?」

 「え、あっ? えっ?」

 暁美は、ようやく、どこかへ行ってしまいそうな自分の「思考」というのを引っぱり戻した気がした。

 「えっと、去年の、今日とおんなじような観望会でしたよね?」

 「うん」

 何をきいただろうか?

 そう思うだけで顔が赤くなりそうだ。グミ先輩がすぐには答えられないような質問をしたんだったと思う。

 「あ」

 そう思った拍子に思い出した。

 「あの、沼間ぬまSMONEASスモネアス彗星っていうのを見つけた、沼間っていう日本人は、どういうひとなんですか、とか、そういうのだったと思いますけど」

 でも、それにどういう関係があるのだろう?

 「そう」

 グミ先輩は、にっこりと笑った。

 「あの」

 暁美にあのときの恥ずかしさがよみがえってくる。頬がかあっと火照ほてる。

 「あの、その、えっと、あ、あのときはっ!」

 「わたしのお父さんなの」

 暁美が慌てるのを押し切って、グミ先輩はゆっくりと言った。

 「え……はい?」

 「だから、あの発見者の沼間そうっていうオーストラリアの大学の先生ね、わたしのお父さんなんだ」

 「えっ……!」

 ことばも止まった。考えるのも止まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る