第14話 漫研部員の質問に答える

 「はい」

 笑顔で答えられたかな、と暁美あけみは思う。

 「そのさあ、木星とか土星とかってガスでできてるって地学でもきいたんだけど、つまり、地面がないわけ? ほら、こんな感じの」

 次期部長は地面でまりをつくような、というより、バスケットボールのドリブルをするようなしぐさを右手でしてみせる。

 下は地面じゃなくて部室棟の屋上だけれど。

 「ええ、そうですけど?」

 「でも、ガスでしょ? ふわふわって飛んでいってしまったりしないの? ガスだったら、風が吹いたらなんか飛んでいきそうな感じがするんだけど。それですぐに消えてしまいそうな」

 セリがじっと暁美を見た。グミ先輩も見ている。

 セリにはいろいろと質問を考えてもらったのだけど、こんな質問はなかった。

 どう答えればいいのだろう?

 たとえば、宇宙空間には空気がないのだから、そんな風は吹かない、とか?

 ――グミ先輩ならばすらすらっと答えられるんだと思うけど。

 「えっと、だいじょうぶなんです」

 息を詰めて暁美を見ていたセリがとりあえずほっと肩を下ろした。でも、このあとが気が抜けないぞ、という目でまだ見ている。

 「その、だからですね、ぜんぶガスでできてると思うから、何か不安になったりするわけで。あ、木星って、まんなかのほうにはこちこちになった硬い部分もあるんですよ。その上が、その、地球のこの空気、っていうのか、大気みたいなのが、ずーんと分厚くくっついているっていうのか。だから、木星では、地球でいう大気っていうのがものすごく分厚くくっついているわけですよ、どーんと。で、地球でも、空気って地球の表面にくっついてて、なんかあれば飛んでいきそうだけど、でも飛んで行かないじゃないですか。台風になっても地球から空気が飛んで行ったりしないですよね? それといっしょで、飛んでいかないんです」

 この説明で、どう、と、暁美は次期部長を見る。

 「ふうん」

 次期部長は首を傾けた。

 「地球が何個も積み重なるくらい、空気がくっついてるんだ」

 少し間を置く。

 「すごいね」

 納得したのかどうかわからないけれど、次期部長は次の話を促した。

 「それで?」

 「あ、はい。それで、こんな感じで、見えるんですけど」

 暁美は、歳星さいせいとかジュピターとかいう呼び名の話は省略して、図の説明に入った。

 「なんか、木星っていうだけあって、木の板を切ったときの木目模様みたいになってます。なんか節みたいなのもありますし」

 大赤斑を指して言う。

 「あ、それで木星っていうんだ」

 奥のほうにいた一年生部員が言う。暁美は首をすくめて見せた。

 「あの、わたしもそうじゃないかと思ったんだけど、なんか違うみたいです」

 「え? そうなんですか?」

 一年生なので、二年生の暁美には敬語を使ってくれる。

 次期部長が向かいで見ていたからかも知れないけれど。

 天文部には後輩がいないので、自分が先輩になっての会話は、何かくすぐったい。

 部に入った時期があとと言うだけなら、たしかにセリは後輩だけど。

 「ええ。だって、こういう模様って、望遠鏡ができてから、そのはじめて見たわけだけど、木星って名まえはその前からあるから」

 「でも、望遠鏡って八犬伝にも出てきますよ」

 「……?」

 八犬伝という小説があったのは、国語か古典か何かで出てきたので覚えているけれど。

 「あんたさ」

 もう一人の一年生部員が後ろを振り向いて言った。

 「八犬伝ってできたの江戸時代の後ろのほうでしょ? もう一九世紀だよ、たしか。人間って、その前が長いんだから。平安時代とかいろいろあるし」

 「あ、そうか」

 何かてきとうな説明だと思う。平安時代よりあとにも江戸時代まではいろいろある。

 でも、ともかく、暁美が説明する手間は省けた。

 「木星って名まえをつけたのは昔の中国人らしいんですけど、どうして木星なのかは、調べたけどよくわからなかったです」

 「あの」

 その、前側の、平安時代とかいろいろあると言った一年生が言う。

 「五行思想ってあって、その、古代中国には、木火土金水もっかどごんすい、っていうのがあって、その最初が「木」だからじゃないですか? その、いちばん大きいわけでしょ?」

 「……?」

 その五行説がどうこうという説明はネットで見た気がする。それでも、ではなぜ木星がその「木」にあたるのかの説明はなかった。

 それより、漫研がどうしてそんな話を知っているのだろう?

 「えっと、それ、わからなくて」

 暁美はことばを詰まらせた。

 セリはもう心配そうに見てはいない。

 自分もおんなじ疑問に興味がある、という顔でにこにこして見ている。

 少し安心もしたし、そのかわりちょっと腹も立った。

 「だって、それはその望遠鏡の話といっしょで、その、木星が惑星のなかでいちばん大きいっていうのは、望遠鏡で見て、はじめてわかったことだから」

 「ああ、そうなんですね」

 一年生部員が軽く首を傾げる。

 「どうして木星かってわたしもよくわからないの」

 グミ先輩が言った。

 もう自分が何か言っても暁美が泣き出したりはしないと思ったのだろうか。

 「大きい順で言うと、たしかに木星が先頭だけど、あと、土星、金星、火星、水星の順番だし――あ、地球と、あと天王星とかあとで見つかったのは別にして、ね。だから、木火土金水の順番には合わない。明るい順だと、金星がいちばん明るくて、木星がその次、あとは残りの三つがそのときの条件によって明るくなったり暗くなったり、って感じで」

 グミ先輩がわからないというのなら、わからないのだ。暁美はほっとした。

 「でもさ」

 漫研の次期部長が質問する。

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