第13話 晴れた夜

 それからセリは毎日来た。暁美あけみが書いた原稿を二人で直した。

 それでも心配は三つあった。

 まず、観望会の日にグミ先輩が来ないという心配だ。これはすぐに解決した。グミ先輩が、観望会には出るというメールを二人あてに送ってきたからだ。

 次に、観望会の日に雨が降るのではないかということだ。ただの曇りならば、天体の説明をしてから「晴れるのを待ちましょう」という流れになるので、暁美が説明をする機会はある。けれども雨が降ってしまうと観望会そのものが中止になる。

 そして、もう一つは、観望会に部員以外だれも来ないのではないかという心配だ。去年もそうだったのだから、今年もそうなる可能性は高い。それでも、部員だけで望遠鏡をのぞいて、いっしょに屋上でお茶を飲んでということはできるけれど、せっかくセリと練習した天体の説明をする機会はなくなる。

 雨と参加者のことはどうしようもなかった。

 「雨のことはしかたないとして、だれかに来てくれるように頼もうか?」

 セリは言った。でも暁美は断った。

 「お祈りやおまじないに頼るようなことはしたくない。それに、こっちから呼ぶのも」

 暁美はセリに言った。

 「グミ先輩とわたしって、自然に任せておいたらどうなるか、ってやってみたい。わたしたちのやってることって、自然の観測なんだから、自然のままでどうなるか、みてみたい」

 「あのさ」

 セリは、暁美の言うのがまじめなのでたじろいだのだろうか。少し身を引いて、瞬きしてから言った。

 「心が動いて、人が何かをする、っていうのも自然の一部だと思うけど? でも、まあいいや。アケビの考えは、その、尊重しようって思う」

 「うん、ありがとう」

 そして、「自然」は暁美に味方したのだろう。

 その夜も晴れた。

 しかも、流星群の夜とは違って、空気が澄んで星の瞬きのきれいな夜だった。

 そのなかで、これから観測する木星は、南の空低くに瞬きもせずに落ち着いて輝いていた。ほかの星もきれいに清らかに光っているけれど、木星ほど明るくはないし、ちらちらと瞬いて見える。

 これならばなぜこの星が神々のあるじの「ジュピター」なのかわかるだろう。

 部員以外の参加者は三人だった。あの流星観測の翌朝、柵越えして出て行った漫研部員三人が、激励してもらったお礼といって来てくれたのだ。

 そういうのを、自然のまま、というのかどうか知らないけれど、ともかくほかの部活動も激励や応援はしておくものだと思った。

 部員以外で三人というのは、多くもないけれど、少なくもない。それにだれも来ないよりはずっといい。

 グミ先輩は、胸と袖にふりふりのついたシャツを着て、鮮やかな青いスカートで来てくれた。そのグミ先輩が正面の椅子に座り、後ろにセリが立つ。すると、ずっとおしゃべりしていた漫研部員もおしゃべりをやめた。

 暁美は自分から立ち上がった。

 お辞儀をして、前に落ちてきかけた髪を後ろへかき上げる。

 漫研部員のうち、向かって左に座った一年生の二人が拍手をした。いちばん奥でグミ先輩がうなずいて、暁美の顔をじっと見る。

 頬の上のほうが熱くなる。でも、ここで上がってしまってはいけない。暁美は声を出した。

 「えっと、今日は、来てくださって、ありがとうございます」

 自分の声が、滑らかで、艶があると感じたのは、もしかすると初めてかも知れない。

 「今日は、えっと、望遠鏡で木星という星を見るわけですけど、その前にかんたんに説明をしたいと思います。えっと、この図が木星の絵なんですけど」

 セリと二人で図鑑から木星の絵を写した絵を、天文部に昔から伝わっている譜面台の上まで持ち上げる。

 「えっと、あの、木星が南北、つまり、この、上下につぶれてるのはこれはもともとで、というか、木星そのものがほんとに南北のほうが短いんですけど、何か歪んでるっぽいのは、わたしたち二年生部員の絵が下手だからで」

 漫研部員の一年生がくすくす笑う。向かって右に、少し後ろに引いて座った次期部長さんが、その一年生部員をちらっと見てから言った。

 「何か図とかイラストとか必要になったらさ、次からうちに言って。いま笑ってる連中が描いてくれるから。その、うちのほうが修羅場でなければ、だけど」

 「修羅場」って何だろう? よくわからない。

 笑っていた二人の一年生は、顔を見合わせて、暁美に向かってうなずいてくれる。

 「あ、ありがとうございます。えっと、それで、ですね」

 暁美はつづけた。「えっと」が多くて、詰まる回数も多けど、そんなのは気にするな、と、先にセリに言われている。

 「木星っていうのは、太陽系で、いちばん大きい惑星で、横幅が地球の十一倍以上あります。だから、幅だけで十一倍ってことは、体積でいうと、地球が千個以上入る大きさです。……こう、奥行きとか、高さとかもあるわけですから」

 暁美は手で高さとか奥行きとかを示してみせる。

 「でも、ほとんどぜんぶ気体でできているので、重さは地球の三百倍です。だから、密度は地球の四分の一くらいしかありません」

 「あのさあ」

 漫研の次期部長がきく。

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