第9話 無理な話

 暁美あけみが残りを食べ、片づけをする横や後ろで、手伝いもせずに、汗をかいた自分の体を手でぱたぱたとあおりつづけていた。扇風機つけてもいいよと言っても、それより早くしてと言って自分の手であおぎつづける。そして、暁美が、一階の戸締まりをして、二人分のコップと、麦茶と、クッキーとを持って二階の自分の部屋に戻ると、とことことついて来た。

 こうやってセリを従えていると妹ができたみたいだ。

 部屋に入ると、セリは勝手に暁美のベッドの上に乗っかり、ふううっ、と大きな息をついた。

 「それで、どうするの?」

 セリはいきなりきいてきた。

 「どうする、って、何を?」

 「グミ先輩が外国行くまでにあんたが何をするか、ってこと!」

 「わたしたちが、じゃないの?」

 「あんたが!」

 セリはベッドの上で立てた両膝を両脇に押しのけ、身を乗り出した。暁美はもう一度だけ言い返してみる。

 「なんで、わたしだけ?」

 「理由はいくつかあるけど」

 セリは、こんどは膝を投げ出して、背を後ろに反らせる。

 「まず、あんたは決めるまでに時間がかかるから、ああでもない、こうでもないって言ってるうちにグミ先輩が出発する日が来ちゃいそうだから。それとさ」

 ちょっと口ごもる。

 「アケビってさ、なんていうのかな、やっぱりさ、わたしよりもグミ先輩に近いと思うんだ」

 「どうして?」

 こういう、いかにもいい子のようなききかえしかたを「カマトト」と言うんだろうな、と暁美は自分で思う。セリはたじろがなかった。

 「だって、アケビってグミ先輩のすぐ次に入った天文部員でしょ? 去年の三年生ってあんまり熱心じゃなかったから、わたしが入るまでは、グミ先輩とあんたで二人だけでいろいろやってたんじゃないかって思うんだけど」

 「そう言われれば、そうだけど」

 「じゃ、どうする?」

 また身を起こした。

 「グミ先輩のために、彗星でも見つける? それとも小惑星見つける? それとも系外惑星?」

 「むちゃ言わないでよ」

 べつに、暁美が落ちこんでいるだろうと冗談を言っているわけではなさそうだ。だから暁美もまじめに言い返す。

 「彗星とか小惑星とかは探し慣れてないと見つけられないし、だいたい、最近は大きい天文台の全天掃索そうさくで見つかってしまうってきいたじゃない? それに系外惑星って何?」

 系外惑星というのは、太陽以外の星のまわりを回る惑星のことだ。

 もちろん目で見てあっさり見えるものではない。それどころか世界最高性能の大望遠鏡でだってかんたんには見えない。そんな望遠鏡ででも直接に見ることができた系外惑星はまだわずかだ。残りは、見つけかたがいくつかあって、その方法で「系外惑星があるらしい」と推定しているだけだ。

 「だってさ」

 言いわけする子どものようにセリが言う。

 「高校の天文部で系外惑星探しやってるところ、あるんだよ。わたしたちだってできるよ、だから、きっと。それに、系外惑星って四日とか五日で回ってるんでしょ? いまから捜しても間に合うって」

 「だからさ」

 暁美は床からベッドの上のセリをじっと見つめた。

 「あれって、一つの星をずっと観察して、ほんとに細かい明るさの変化か、ほんのちょっとだけの、その、スペクトルっていうの? それの変化をつかまえないと見つからないんだから。だいいち、当てずっぽうで捜してもだめで、候補を絞らないといけないんだけど、そんな準備してる時間はないよ」

 それ以前に、八センチ屈折と一二・七センチ反射の望遠鏡だけでそんなすごい観測ができるはずがないのだ。第一高校みたいにドームと三〇センチの望遠鏡があればまだ何とかなるのかも知れないけれど。

 「どこかにその候補っていうのの表とか、ネットに出てないかな?」

 セリはあきらめない。

 「あると思うけど」

 暁美は、ことばを切った。

 「でも、英語だったらどうする?」

 「うげっ」

 セリはそのひとことでさっさとギブアップした。

 「だめだ」

 そうだ。

 グミ先輩は外国に行くということは、英語しか通じないところに行くってことなのだ。

 家の中はともかく、家から外に出たら英語しか通じないところでなんて、どうやって暮らせばいいのだろう? 暁美は見当がつかない。

 いや、外国ということは、英語も通じない、ということだってある。

 しゃべれるのだろうか、グミ先輩は?

 暁美はそんな思いをいったん向こうのほうに追いやってしまう。

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