第8話 セリが来る!
体の近くで電話が鳴って目が覚めた。
何度か電話を取り損ねて、やっと拾い上げる。
だれだろう、と思う。お母さんだろうか。
「もしもし」
心配そうな、抑えた声は、セリだった。
「ああ、おはよう」
暁美は顔の前にかかってくる髪を左腕でかき分けながら言った。横目で時計を見る。一時三二分を指していた。
午後一時三二分は、お早くはない。
「あ、おはようじゃなかった。ごめん」
電話機を左手に握り直して、こんどは右側をかき分ける。それで、やっと、自分がいつの間にかベッドの上に上がって眠っていたことに気がついた。
いまもタオルケットの青空のひつじ雲の上におしりを下ろしている。
しかも、知らないうちにエアコンもちゃんとつけている。胸の横の髪がなびくのでやっと気づいた。
「いいよ。わたしも起きたところだもん」
電話の向こうでセリが言う。
「で、確かめた?」
「うん」
「どうだった」
「ほんとだって」
「うん」
会話がこれだけですむのがセリらしい。
暁美もセリも、しばらく何も言わずにいた。
いきなりセリが言った。
「いまからそっちの家行っていい?」
「いいけど」
「じゃ、行くから。あとで」
それでセリは電話を切ってしまった。
「あ……? えっ?」
暁美が声を立てても、もちろんセリはきいているはずもない。
「えーっ?」
それからがたいへんだった。
グミ先輩の外国行きのことを忘れるためにせわしくしているのか、それともほんとうにせわしいのか自分でもわからない。
でもほんとうにせわしくしたほうがいい。
セリの家からここまで、電車だと三十分ぐらいかかる。二駅だけれど、セリの家から駅までと、駅から暁美の家までがまた時間がかかるのだ。電車がすぐ来るとはかぎらないから、タイミングが悪いと一時間ぐらいかかることもある。
でもセリはたぶん自転車で来る。いなかで、信号は少ないし、車通りも少ないし、道のほとんどが田んぼと畑のまんなかで見通しもいいから飛ばしてもだいじょうぶだ。
そしてセリは「風を切って」というのが大げさでないぐらいすごい勢いで飛ばす。そうすると、駅への行き来の時間や電車待ちの時間がないぶん早く着く。
もたもたしていたら昼ご飯も食べないうちにセリが来てしまう。
制服のまま寝てしまったので、お姉ちゃんが買ってきてくれたTシャツに着替え、お母さんが用意していってくれたシーフードパスタを温め、タラモサラダといっしょに食べる。
タラモサラダというのはタラコの入ったポテトサラダで、お姉ちゃんがどこかで習ってきて、それを「タラモサラタ」というのだとお母さんに教えたのだ。
その昼ご飯をもう少しで食べ終わるというところでセリが着いた。やっぱり電話から三十分かかっていない。
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