第2話 グミ先輩と暁美とセリ

 四時を過ぎると空が明るくなって、流星観測は終わった。

 今年は、セリが怪談で悲鳴を上げることもなく、暁美も髪の毛をベッドに絡みつかせることもなく、平和な観測会の終わりだった。

 空の低いところに小さい雲のかたまりが見えるだけで、高いところには雲は一つもない。

 よく晴れた、暑い、夏の盛りの一日の始まりだ。

 グミ先輩がコーヒーを入れてくれる。先輩と、暁美あけみとセリとは、それぞれの観測結果を持ってテーブルについた。

 ペルセウス座流星群は北の空に流星の流れる中心点がある。だから、観測した数は、その北の空を一人で担当したセリがいちばん多いはずだ。

 でも、実際には、暁美がいちばん多くて、グミ先輩がその次で、セリがいちばん少なかった。

 もっとも、北側は、高いもみの木と隣の校舎の屋根があって、空が見える範囲が狭いのだけれど。

 セリの記録には一時三一分から二時四六分まで出現の記録がない。

 セリは眠っていたのかも知れない。

 でも、活発な流星群でも、まったく流星が流れない時間があることもある。だから眠っていたとも言い切れない。

 「なに暁美の」

 そのセリがまず暁美の観測結果を見て文句をつけてくる。

 「ほとんどが〇等とか一等とかマイナス一等とかじゃない?」

 星は「等」の数が小さいほど明るい。つまり一等より〇等のほうが明るく、〇等よりマイナス一等のほうが明るい。日本の空で、惑星以外でいちばん明るい星シリウスがマイナス一等で、織女星のベガが〇等、牽牛星のアルタイルが一等だ。

 明るい星のほうが数が少ない。それは流れ星でも同じだ。二等、三等の流星が少なくて、一等より明るいものが多いというのはたしかにおかしい。

 自分でも気がついてはいた。

 「ほらぁ、そんなに明るいのばっかりのわけないでしょ?」

 「うん……」

 セリのこの責めるような言いかたは最初のうちはこたえた。悪気はないとわかっても、やはり気になった。

 慣れたのは去年の年末ごろだっただろうか。

 「でも、やっぱり、流れ星ってぱっと出てくるから、明るいって感じちゃう……」

 「ペルセウス群は速いから、よけいにそう感じるのかも。確かめようと思ったときには消えてるしね」

 グミ先輩がマグカップを胸の前まで持ち上げたまま言った。

 「それに、セリのは暗く見過ぎだと思う。昨日の空のコンディションで、四等の流れ星がそんなにたくさん見えるわけないよ」

 セリの表は、一等が一つあるだけで、ほとんどが三等か四等、五等というのもあった。

 ここは小さな街で、夜も八時になったら街は寝静まってしまう。そんなところだから空を明るくする光も多くなく、夜空は暗い。

 でも、空は湿気で霞んでいたから、五等星が見えるほどではなかっただろう。

 グミ先輩がコーヒーを飲むと、セリもコーヒーをくいっとひと息でマグカップの半分ぐらい飲んだ。

 熱くないのかな?

 「うーん、そうかなぁ」

 熱くないらしく、セリは不服そうに続けて言った。

 「暗いと思ったんだけどなぁ」

 「だから、ほんの短い時間に流星の明るさを正確に見るのは難しいんだって」

 「でも、プロの天文学者の人たちは、一発でわかるんでしょぉ?」

 コーヒーを飲んだにもかかわらず、セリの声は眠そうだ。

 だれている。

 徹夜したんだから、しようがない。

 途中で寝たとしても、徹夜は徹夜だったんだから。

 さっきからの不機嫌も、流星の明るさの記録のことを言われたからではなく、眠かったからなのかな、と暁美は思う。

 「天文学者というより、観測家の人たちね」

 「そういえば、コメット・ハンターと天文学者はちがう、って話を、最初に会ったときにしましたね」

 暁美がグミ先輩に顔を向けると、髪の毛が暁美の肩からパイプ椅子のひじ置きをすっとでた。

 そのようすをセリがぼんやりと見ている。

 「あ、そうだったね」

 グミ先輩が笑顔で頷いた。

 「去年の春、彗星を見ていたとき、ね」

 「はい」

 ああ、覚えていてくれたんだ。暁美は嬉しい。

 セリが斜めに暁美をにらむ。

 セリが知らない話をしているからだろうけれど、あれはまだセリが部にいなかったころのことだから、にらまれてもどうしようもない。

 グミ先輩は説明をつづける。

 「観測家の人は訓練するの。星座を覚えて、それぞれの星が何・何等級かって小数点のした一桁まで覚えてね、それを実際に見てみて、その明るさを一瞬で思い出せるところまで訓練するわけ。そして、流れ星なんかを見ると、一瞬でまわりの星と見比べて、ぱっ、と、あれは何・何等級だったかってことまで言えるようにするんだ」

 「人間にそんなことができるんですか?」

 セリは疑わしそうに言った。グミ先輩は答えない。

 セリが身を乗り出す。

 「あ、もしかしてグミ先輩はできるんですか?」

 「できるわけないじゃない」

 グミ先輩はさらりと答えた。

 「二人より長くやってるから、比較的慣れたっていうだけ」

 「そういえば、先輩は小学校のころから観測とかやってるんですよね」

 「うん」

 何でもないことのようにグミ先輩が頷く。先輩はしばらくマグカップのコーヒーに目をやってから、カップを上げてコーヒーを飲んで、つづけた。

 「うちに望遠鏡があったからね。しばらくだれも使ってなかったんだけど、それを勝手に持ち出して、小学校の六年生のときに土星を捜して、望遠鏡で見て、あ、ほんとに土星の輪ってあるんだ、って、自分で見てびっくりして、あんなのがほんとに空に浮いてるんだ、って思ったら、ふしぎで。天体写真とかはそれまでにも見たことあったけど、それからは夜空の見かたが変わった。ほんと、変わったんだ。それから、だから、自分で観測するようになったのって。それに、流星群を見て流星の数を数えたり、とかいうのは、中学校で天文部に入ってからだよ」

 言って、先輩はカップをテーブルに置いた。

 「だから、わたしは、どっちかというと観測家かな。学者っていうんじゃなくて。理論的な計算とかしたいとは思わないけど、流れ星の数を数えたりとか、そういうのは好きだから」

 「そう、そうですよ!」

 セリが勢いよく言って腰を浮かせた。

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