第4話

車を走らせながら、ユキは自分のことを想いながら死んでいった友人のことを思い出していた。

ユキの左手の薬指にアザが浮かんだのは高校生の時だった。


年頃になったユキが首都の高校を受験したいと言った時、正直、両親は安堵した。

幼少期の頃から自分の主張が少なく、わがままも言わない。

だが、仲の良い友人もいなかった。

社交性がないわけではないし、いじめられているわけでもないが、どこか子供らしさが足りない。育てるのに苦労はしなかったが、父母は娘が心配だった。

そんなユキが一人で上京し、しかも全寮制の女子校に行きたいと言った時、両親は二つ返事で良いと答えた。

娘の自立心に喜ぶ両親をよそに、ユキはある不安を抱えていた。

それは将来の夢がない、ということだった。

大人から「静かだね」「大人びている」と言われるたび、自分は言われるほどなのか、とユキは疑問に思ってきた。

周りと何が違うのだろう。ユキは学友を観察して、違いを探った。

そして、自分が大人しいのは、他に比べて熱中したり、興奮したり、興味を持ったりしないからだとユキは思い至った。

実際はただの性格であり、特段気にするようなことではなかったが、ユキは冷静に悩んだ。このままでは自分のやりたいことも、好きなことも、見つけられないのではないか、と。

思春期には様々な悩みや、不安がある。距離をおいてみれば笑ってしまうようなことも、当人にとっては一大事。

なぜか、別に必要ないのにユキは自分が最も選びそうに無い、首都のお嬢様学校に自分探しの旅に出たのであった。


ユキはわがままを言わない子供だった。

知らない土地での生活にも、初めての寮生活の厳しいルールにも全く動じることはなかった。

そこで、ユキは後に自分の運命を変える人物に出会う。

名前は「トモエ」嘘つきアレルギーの前任者である。

トモエは目立つ生徒だった。文武両道で模範的、容姿も端麗。良いところはたくさんあるが、何より明るい性格が彼女の一番の長所だった。トモエは皆に好かれていた。

リーダーシップがある。なのに嫌味っぽくない。所作の一つ一つが具体的な理由は分からないが上品で良い。世の中にはなぜか見方を作るのが上手な人間がいる。トモエはその一人だった。

ユキは入学前からトモエを知っていた。

寮員は全員「同腹(どうふく)部屋」というグループに入ることになる。

4、5人で構成され、それぞれの学年が一人以上入っていて上級生は下級生に寮生活のノウハウを教える。メンバーは寮長が大体ランダムで決める。

上級生に新しく入ってきた者の面倒をさせ、校則違反をした時は連帯責任をとる、という社会性を育てる便利な仕組みであり、この学校の伝統であった。

学生たちの間では「同腹部屋」は言い難いので、「腹」の文字を省略して「同部屋」と呼ばれていた。ちなみに自室は一人一部屋である。

ユキはトモエと同部屋だった。

二人に共通点は少なかった。だが、なぜかとても息があった。すぐユキとトモエと意気投合した。

そして、ユキにとって初めて出来た親友だった。



上級生は下級生の面倒を見る、という名目だった「同部屋」制度だが、その実態は少し違った。

寮では上級生は絶対。上下関係はさながら王様と奴隷であった。

洗濯、炊飯、買い出し、課題までもが下級生の仕事。

基本的に上級生は「同部屋」の下級生を使いパシリにしていた。

と、いうこともあって、ユキとトモエは寮ではほとんど一緒だった。一緒に先輩から押し付けられた仕事を片付けた。

洗濯機の前は二人が長い時間を共に過ごした場所だ。寮の洗濯機は寮員に比べて数が少ないのでいつも奪い合いになってる。

洗濯機が空くのを待ちをしながら、二人は課題をしたり、アイロンをかけたり、お菓子を食べたりした。色々な話もした。


そんなある日、トモエが言った。私の秘密、教えてあげようか、と。

「ねえ、ユキ、何か嘘をついて見て」

トモエがユキに顔を近づけて言った。

今度はユキがトモエに耳打ちするように言った。

「私、トモエのこと好きになっちゃったかも」

くしゅん。

ユキが言い終えるとともにトモエがくしゃみをした。

「汚い」とユキは眉を寄せた。

トモエはごめんごめん、と笑った。そして

「えー、なんでよりによってそんな嘘つくわけー」と拗ねたように言った。

ユキはよく意味がわからなかったので首を傾げる。

トモエが左手をユキに見せつけながら補足した。

「私はね、嘘発見器なのです」

ユキはトモエの左手をそっと掴んだ。薬指にあざがある。まるで長年はめていた結婚指輪がポロッと落ちてしまったかのようなあざだ。ユキは言う。

「初めて見た。これって、魔法使いのあざでしょ?」

トモエが、いかにも、と答えた。さらに続ける。

「嘘を聞くとね、くしゃみとか、発疹とか出るの。私、そばアレルギーなんだけど、それと一緒。だから、この魔法の正体はね、嘘つきアレルギー」

ユキは「へえ」と呟いた後、「私の髪の毛は金髪です」とつぶやく。トモエがくしゃみをした。ユキは「おお」と感嘆の声を漏らした。ユキの髪の色は黒色である。

鼻を啜るトモエにユキは聞く。

「今までバレなかったの?」

「うん。私要領いいから。なんとかなったよ」

「誰かに話したことは?」

「お姉ちゃんくらいかな」

「ちなみに、ご両親が不幸にあったとか?」

「健在だよ。誰からもらったんだろうね。」

「そっか」とユキは頷きながら呟いた。呟きながら、今までに無い感覚をユキは感じていた。

これはきっと、嬉しい、だ。ユキは思った。

ユキはロボットでも感情が欠落しているわけでもない。だが、今までに経験した嬉しい、とは比べ物にならない高鳴りが、ユキの心いっぱいに広がった。魔法を見せてもらったからではない。親友だと思っていた友人が自分に秘密を共有してくれたからこんなに嬉しいんだ。そうユキは思った。今までわからなかった女の子同士の内緒話の醍醐味を知ったような気がした。

ユキは思わず尋ねた。

「なんで私に教えてくれたの?」

トモエが答える。

「私、お姉ちゃんっ子だったんだよね。いつもべったりでさ。でね、私より先にお姉ちゃんが私の魔法に気がついたんだよ。お姉ちゃんに言われるまで、みんなそうなんだろうって思ってくらいだしね。一緒にいる時間が多いと流石に誤魔化せないよ、この魔法。この寮にいる間はユキと一緒にいる時間嫌でも多いし、バレる前に言っておいた方が今後の人間関係上手くいくかなと思って」

トモエは、本当はユキに「これからも一緒にいようね」と言いたかったが、照れ臭くて言えなかった。

ユキはというと、トモエ言葉がただ素直に嬉しかった。

ユキが「じゃあ、これからも、上手くやっていこうね」と言うとトモエは笑顔で「そうだね」と答えた。




















車を走らせながら、ユキは左手を見つめた。


「将来は捜査機関に入って、この力を活かしてたくさんの人を助けるんだ。これね、騙そうとしてる書類とかもなんかむずむずするんだよ。でも、相手の意思に反して得た証拠は、たとえ本当でも証拠にはならないんだって。お姉ちゃんが言ってた。」


時折、トモエの言葉を思い出す。

秘密を教えてくれた親友。大変だったけど、トモエがいたから楽しかった学生時代。

全ては遠い過去の話。


トモエは既に死んでいた。

そして、今、ユキの左手にはトモエの左手と同じ場所にあざがあった。

それはトモエからユキが魔法を引き継いだ証拠。

トモエが最後までユキのことを考えていた証拠。

このあざを見るたび、ユキはトモエが自分のことを本当の親友だと思ってくれていたのだと思い出す。思い出すたび、胸が苦しくなる。






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