第70回 違い
「――はぁ、はぁ……」
終わりが見えない超巨大病室にて、俺は何時間もベッドの間を走っているうちに、妙な感覚を味わうことになった。
それは、自分があたかも電車とか、高速で移動する乗り物の中にいるような、自動で走行しているかのような不思議な感覚なんだ。
それだけ走りすぎたってことで足の感覚が麻痺しているというのもあるが、自分の力とは思えないほど異常なスピードの中にいるためだろう。大昔の漫画でよく見かける、足が渦巻きみたいになっているイメージだ。
俺は前回ステータスポイントを速度に振ったことで、蛆のモンスター、ホスピタルマゴットより速くなり、こうして延々と走り続けることが可能になっていた。
今まではすぐ蛆に追いつかれてしまうってことで、見つかったらいちいち立ち止まることを余儀なくされていたから、少しでも先に進むという点においては効率が極端に上昇していた。
よーし、いいぞ。この調子であれば当初の予測とは違い、もうあとちょっと進めば野球帽のところへ到達するはずだ。
「「「「「ウジュルッ……!」」」」」
ただ、それでも蛆どもはしつこく追ってきていた。距離を広げられるほどスピードに差がないため、ある程度溜まってきたら立ち止まって殲滅せざるを得ないことも確かだった。処理を怠れば蛆の数が増えすぎてしまい、いざ足を止めたときに耐え切れなくなるのは明白だからだ。
「――ほらほら、相手にしてやるからとっとと来いよ、蛆虫どもっ!」
俺は30匹ほど溜まったマゴットのほうを振り返りながら叫ぶ。
執拗に追跡してくるストーカーどもに対し、
クエスト【病院の絶対者】が解放されました。
クエストランク:A+
クリア条件:絶対者を倒すか、その魔の手から逃れるか。
成功報酬:【レアスキル】獲得。
注意事項:失敗した場合、100%死亡します。
「なっ……!?」
こ、これは……確か、絶対者って杜崎教授のことだよな……。
そういえば、俺の現在地は野球帽のいるマーカーにかなり近い……。これはつまり、絶対者の杜崎教授があいつの近くにいて、なおかつまだ姿すら見えないのにこっちに気付いたっていうのか。
俺はそのとき、二人に関する悪夢を見たということもあってなんとも嫌なシチュエーションを想像してしまったが、首を横に振りながら一掃する。
野球帽のやつなら大丈夫だ。コンビニダンジョンでも学校ダンジョンでも生き残った、悪運の強いあいつがこんなところで死ぬはずがない。
絶対者と呼ばれるだけあって、これから相手にする杜崎教授は甚大な力を持っていると思うが、以前とは決定的に違うことがある。初めて虐殺者の羽田と遭遇したとき、俺は【クエスト簡略化】スキルを持ってはいなかった。だから、今回はその恩恵を受けられるということだ。
それに、今の状況も俺に味方してくれるかもしれない。待ってろ、野球帽、杜崎教授、俺はもうただの一般人じゃない。憧れのスレイヤーの一人だ。
◆◆◆
「……ほう。ようやく厄介者が消えてくれたと思ったら、またどこかの患者がこちらへやってくるようだ……」
「「「「「えっ……?」」」」」
鋭い眼光で前を見据えた杜崎教授の言葉で、落ち着きを取り戻しつつあった白衣の集団が俄かに色めき立つ。
「君たち、安心したまえ。羽田氏のような凶暴極まりない患者と違い、今度の患者は暴れたとしてもなんら大したことはないだろう。とはいえ、側にいたら邪魔にしかならないから少しの間離れていてくれ。今から僕が最高の手術を見せてやろうと思う」
「「「「「りょ、了解っ……!」」」」」
即座に引き下がる医師団のほうを杜崎は見向きもせず、前方を見ながら怪訝そうに首を傾げてみせる。
(うーむ……もうそろそろ、というか既に僕に関するウィンドウが出ている頃合のはずだが……なのに一切逃げようとする素振りを見せないとは、実に奇妙ではあるものの面白味はある。ま、気付いた以上絶対に逃しはしないがね。今日は活きのいい生贄が多いから、全部残さず食べきれるか心配になってくる。あとで強めの胃薬を用意しなくては……)
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