第67回 自然淘汰


「――ウゴオォォッ!」


 こめかみに矢が突き刺さったゾンビが倒れ、這い回っていた蛆たちとともに消失する。


「ふう。これじゃきりがねえなあ」


 超巨大病室の一角にて、館野が細目で遠くを見やりつつ溜め息を吐いた。


「「「「「さすが、ボスッ!」」」」」


 班員たちが脱帽した様子を見せるのも当然で、館野の放つ矢はいずれもゾンビの急所に命中していた。


「もう、最高ッス、館野さん、いや、ボスッ!」


「私、ファンになりそー」


「蔵見さんよりカッケー!」


「渋いよねー」


「おいおい、お前たち、俺をいくら褒め殺したところで、煙草臭い息くらいしか返してやれないぞ……?」


 ヘラヘラと笑いながら髪を掻く館野だったが、まもなく一転して険しい形相になる。


「「「「「ボス……?」」」」」


「おい、お前たち、すぐにウィンドウを確認しろ……」


 クエスト【病院の絶対者】が解放されました。


 クエストランク:A+


 クリア条件:絶対者を倒すか、その魔の手から逃れるか。


 成功報酬:【レアスキル】獲得。


 注意事項:失敗した場合、100%死亡します。


「「「「「ぜっ、絶対者……」」」」」


 スレイヤーたちの視界に突如、クエストの条件が提示されると、館野以外の面々が見る見る青ざめていった。


「……魚や小鳥は、何故群れると思う? それはな、希釈効果といって、自分たちが捕食の対象にされたとき、仲間を囮にしてでも生き延びるためだ。そういうわけだからお前たち、今すぐ四方に散れっ!」


 館野の発言により、班員たちは一瞬戸惑った様子を見せたものの、少し経って言われた通り四方へ散らばるように走り始める。


「はっ……!?」


 少し逃げ遅れたことで懸命に遅れを取り戻そうとするスレイヤーがいたが、振り返っても誰の姿もないどころか、絶対者クエストのウィンドウも消えていたために安堵した表情に変わる。


「よ、よかったぁ、死ぬかと思った……って!」


 だが彼の顔は数秒後にこの上なく険しくなる。絶対者クエストのウィンドウが消えたのは、前を見るために一時的に視界から取り除かれただけで、実は片隅に残っていたのだ。


(だ、ダメだ。きっと自分が狙われてるんだ。このままじゃやられる。逃げ切れない……そ、そうだ。ここに隠れれば……!)


 班員の男がはっとした顔でベッドの下に潜り込む。


(はぁ、はぁ……に、逃げ切れた……? ってことは、このままいけばレアスキル獲得か!? やったぜ。最初から逃げずにこうすりゃよかったんだ……)


 ほどなくして男は安堵の笑みを浮かべてみせた。


(今頃、必死に逃げてるやつらが気の毒だな。館野っておっさんもそうだけど、みんな頭悪すぎだろ――)


「――おやおや、スレイヤーがこんなところで、一体どうしたんだい?」


「うぇっ……?」


 男はによって、ベッドの下から一気に引きずり出される。彼の視界には、暗くて見えなかっただけで絶対者のウィンドウが残っており、その目の前では白衣を着た男が白い歯を覗かせていた。


「……い、い、嫌だあ、た、たたっ、頼むっ、なんでもするから、金も何もかもやるから、助けっ、たしゅけてくれえぇっ……!」


「知っているかい? 弱者は淘汰されなければならないということを。これは残酷に見えるかもしれないが、神が我々人間にくださった絶対的な自然の掟であり、僕はそれを身をもって示す立場でもあるのだ……」


「い、い、嫌だ、嫌だああぁぁ――!」


 隠れていた男が泣きながらナイフを取り出し、自身の喉を掻き切ろうとしたときだった。それは寸前で白衣の者に止められることになる。


。マルコの福音書8章36節から引用したものだ。その大切な命は、己のためではなく偉大なる神のために使うといい。生贄のためにね。そうすれば、その魂は永遠のものとなるのだから……ガリッ」


「ぐぎっ……? あぎゃっ……あがああああぁあぁぁっ!」


 痛ましい叫び声が響き渡る中、遠方にて散らばっていた館野らスレイヤーたちが合流する。


、みんないるか? よし、行くぞ。おい、後ろを見るな、そこのお前だっ! 決して振り返るなっ! いいか、少しでも生き延びたければ、やつが食われている間に絶対者からなるべく離れることだっ!」


「「「「「りょっ、了解、ボスッ……!」」」」」


 館野の背中を追う班員たちの目は、いずれも真っ赤になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る