第66回 癖
「――はぁ、はぁ、はぁぁっ……」
俺はしばらくその場にうずくまっていた。
呼吸が苦しいとかいうレベルじゃない。今にも心臓が破裂しそうだと思えるほどだ。肩で息をするっていうより、全身でというほうが正しいかもしれない。
ここまで一切休まずに全力で走り続けてきただけでなく、滅法強いモンスターたちとも戦わなきゃいけなかったから、この上なく疲労困憊になるのも当然の話だった。
大きな蛆のモンスター、ホスピタルマゴットは本当に俊敏で、超スピードタイプの自分が逃げても執拗に追いついてくるため、その本体である患者ゾンビ、すなわちペイシェントゾンビを倒すしかない。そうしないと無限式でどんどん蛆が溜まっていくからだ。
なので、マゴットが現れたら一旦引き返してゾンビが来るのを待つしかない状況になるので、とにかく忍耐力が必要になってくる。とはいえ心身ともに限界が近付いているのがわかるし、これ以上体力を消耗してしまうのはまずい。
それでも希望がまったくないわけじゃなく、そろそろ体感では12時を過ぎた頃だからレベルを上げられるはず。
そういうわけで、俺は強くなることを意識し、レベルアップクエストの解放を試みることに。
クエスト【レベルアップ】が解放されました。
クエストランク:F
クリア条件:腕立て伏せ6回 腹筋6回 6メートルランニング OR 6文字読む 瞑想6秒
制限時間:一週間
成功報酬:全回復 レベルアップ
注意事項:失敗した場合、回数は全てリセットされ、最初からやり直しとなります。
お、やはり俺の予想通りレベルアップクエストが出てきた。これでまたしばらく戦えそうだ。
今度は両腕も両足もちゃんとあるってことで、腕立て伏せ、腹筋を6回ずつ、さらに6メートルのランニングをすぐに終わらせ、レベルが6から7に上がる。
「――おぉぉっ……!」
報酬の全回復によって、俺は心身ともに生き返ったような、天にも昇る気持ちになった。疲労や眠気だけでなく、鬱屈した気持ちまでリカバリーできるし、体の底から力が漲ってくるこの感覚、何度でも味わいたくなるし癖になりそうだな。
ステータスポイントを何に振るかだが、方針はまったく変わってないので迷わず速度に10ポイント振って49にした。これも、一刻も早く野球帽の元へ辿り着くためだ。そろそろ、蛆どもを置き去りにできるレベルの速度になってきているはず。
というわけで俺は早速、永遠に続くかのようなベッドの合間を走り始めた。
……お、思っていたよりずっといい感じのスピードが出ている。ただ、大分近付いたとはいえ、あいつのいるところへは最低でもあと数時間はかかると思われる。
学校ダンジョンのときと同じようにマーカーが全然動かないのが気になるが、今はとにかく、できる限り接近するためにひたすら邁進するのみだ……。
◆◆◆
「ふう……ご馳走様……」
杜崎教授は満足げにハンカチで口元を拭うと、研究室から出て両手を大きく上に伸ばした。
(ん-、人肉はもちろんのこと、ダンジョン化したばかりのこの空気も最高だから癖になりそうだ。窮屈な場所から解放されたダンジョン菌が、人間どもを駆逐できることの喜びのあまり打ち震えている。まさにこれは、様々なものと戦い続ける人類にとって、最悪かつ最良の試練といってもよいのではないか――)
「「「「「――杜崎教授ーっ!」」」」」
いずれも慌てた様子で、杜崎教授の元へ駆け寄る白衣を着た者たち。彼らはいつもとは違って一様に怯んだ表情を浮かべていた。
「た、た、大変であります!」
「びょ、病院が、ダンジョン化してしまったようです!」
「杜崎教授はスレイヤーでもあるのですよね!?」
「あ、あの、私たちは一体、どうすれば?」
「何をどうすればいいのでしょうか!」
「君たちは一体、さっきから何をそんなに慌てているんだ? いつも通り、僕の総回診の時間じゃないか」
「「「「「え……?」」」」」
「そういうわけだから、君たちは何もせず、ただ黙って僕のあとをついてくるだけでいい」
「「「「「……」」」」」
杜崎教授は余裕の表情を崩さずにそう言ってのけると、唖然とした顔の医者たちを尻目に前へと進み出した。
(さて、今日はいつもとは違う形の
杜崎教授の右の口角が吊り上がり、少しばかり赤色の混じった歯が覗いた。
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