第65回 矢面
「ウヴォオォ……」
果てしなく続くかのような、病院ダンジョンの長細い通路にて。
身を屈めるようにして、よたよたと歩くモンスター――ペイシェントゾンビ――が遠くに見える中、それに対して一切動揺する様子もなく弓を構える中年男性がいた。
「――ガアァッ!」
男が放った弓矢はターゲットの口内に命中し、それからまもなく周囲を這い回っていた蛆たちとともにゾンビは姿を消した。
「「「「「さすがボスッ」」」」」
班員たちがこれでもかと褒め称える中、館野は一転してヘラヘラとした笑みを浮かべる。
「ところで、お前たちは知っているか?」
「「「「「へ……?」」」」」
「初期の頃のスレイヤーは、重火器を使っていたんだ。それがいつしか使われなくなった。その理由がわかるか?」
「えっと……仲間に対しても危険だから、とかですか?」
「途中で弾切れになるからじゃ……?」
「あ、わかった! 威力が足りないんでしょー?」
班員たちが次々と答えたあと、館野は首を横に振ってみせた。
「いや、銃弾をな、逆に利用されちまったんだよ。ゼリー状のモンスターに打ち込まれた大量の銃弾が、のちに数倍の威力で撃ち返されて、スレイヤーたちを蜂の巣にしちまった。ちなみに、当時の俺はそこに居合わせていた警官の一人だった」
青い顔で一斉に黙り込む班員たち。その反応に対して苦笑する館野を先頭にして、彼らは再び歩き始める。
「――た、助けてくれええぇっ……!」
彼らが通路を1時間ほど進んだときだった。
大きな蛆たちに体中を食いつかれながらも、班員たちのほうへと懸命に走ってくる若い男の姿があった。
「…………」
それに対し、表情も変えずに弓を向ける館野。
「ボ、ボス? 何をやってるんですか!?」
「早くあの人を助けないと!」
「そうですよ、本体のゾンビを倒せばあの蛆も消えるっぽいし、それを探さないと!」
「ボス? なんで弓を向けたままなんですか? こ、こうなったら、俺らだけで助けようぜだ――!」
「――死にたければそうしろ!」
冷たい台詞と同時に館野は矢を放つと、それは駆け寄ってきた青年の胸部を貫通した。
「たすけ――かはっ……」
「ボ、ボス! どうしてこんな惨いことをっ!」
「そうですよっ! それでも人間なんですかあなたは!?」
「こ、こんなの、人間のやることじゃねえよ!」
班員たちから抗議の声が次々と上がる中、館野はまったく気にする素振りもなく、前方を指差してみせた。
「お前たち、あれをよく見てみろ」
「「「「「えっ……」」」」」
青年の死体に集っていた蛆たちが消えていく。その後方には眼球に矢が突き刺さった状態で倒れたゾンビがいて、まもなく姿を消した。
「あの男の後ろには追いかけてくるゾンビがいたから、それも纏めて殺した。もしお前たちがあれを助けようとしていたら途端に蛆どもの標的になり、さらにゾンビに殺されていたかもしれねえ。どうせ助からない命のためにな。全ての責任は俺にあるから、お前たちは何一つ気にするな」
館野は、またしても沈黙する班員たちを尻目に一人で歩き出す。取り残された彼らはお互いの顔を見合わせたあと、一斉にうなずいて班長のあとを追うのであった。
◆◆◆
「な、なんだこりゃ……!?」
黒坂優菜が飛び出さんばかりに目を見開くのも当然で、その場は超巨大病室の一部になっており、見渡す限りベッドが並んでいたのだ。
「フンッ、ダンジョンのランクはF++か。+が並ぶとは、珍しい。これは楽しみだなぁぁ……」
「そ、そりゃ、羽田からしてみたら楽しみなんだろうけどさぁ、ダブルで変異してるなんて気味が悪いぜ……」
嬉々とした様子の羽田京志郎がベッドから降り、対照的に臆した表情の黒坂とともに歩き始めた矢先だった。
「ちょっと、二人とも、待ちな!」
二人に待ったをかけたのが、一人の老婆であった。
「病院がダンジョン化したんだろう? だったらここでじっとして、スレイヤーが助けに来るのを待つほうがいいよ」
「ちょ、婆さん、あたしらはこう見えてもスレイヤー――」
「――こいつは私に任せろ、黒坂ぁ……」
「ちょ、羽田!? ま、まさか、婆さんを死体に変えちまうのか!?」
羽田が黒坂の質問に答えずに老婆の目の前まで近寄ると、両方の口角を吊り上げてみせた。
「な、なんだいなんだい、そんな余裕そうな顔なんかしちゃって……ガールフレンドの前だからって、あんたが虚勢を張ってるのは丸わかりなんだよっ! いいかい? あたいはあんたらが心配で言ってるんだから、素直に言うことをお聞きっ!」
「……フン、お前はそこで座して死ぬのを待てばいい」
「ま、まだ言うのかい! もう、どうなっても知らないよ――!」
「「「「「――ウジュルッ……!」」」」」
それからほどなくして、彼らは大きな蛆たちに取り囲まれることになった。
「あ、嗚呼ぁっ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
老婆が目を瞑ってその場に座り込み、合掌して念仏を唱え始める間、蛆たちは見えない壁に当たるようにして弾かれるとともに、その体が見る見る削られていく。
少し経って現れたゾンビも、蛆たちが息絶えるタイミングで跡形もなく溶けるように散っていった。
「婆、目を開けろ。敵はもういないぞ」
「えっ……?」
きょとんとした顔で周囲を見渡す老婆。
「あ、あたいの祈りが通じたんだね!」
「フンッ。神なんて存在しない。覚えておけぇ」
「な、なんて罰当たりなことを言うんだいっ! どうなっても知らないよ!」
叫ぶ老婆を尻目に悠然と歩き出す羽田。
「いるとしたら、犬だ」
「へ? 犬……?」
眉をひそめる黒坂の横顔を一瞥して、羽田はニヤリと笑った。
「そうだ、飢えた犬だぁ……」
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