第64回 生存競争


「……う……?」


 今にも途切れかかっていた自意識が、少しずつではあるが回復してきた。ゾンビ患者の握力が急に弱まったかと思うと、前のめりに倒れて蛆どもと一緒に動かなくなったのだ。


 一体、どうして……って、そうか。おそらく、俺のレア武器であるデスサイズの持つ、即死効果の影響を受けた格好なんだ。


 こっちが攻撃しなければその効果は発動しないと勝手に思っていたが、そうじゃなかった。ってわけだ。さすが死神の大鎌。


 というか、マゴットまで消えたのは意外だったな。もしかしたら、その本体がペイシェントゾンビで、それを倒せば取り巻きの蛆も消えるっていう仕組みなのかもしれない。だとすると、倒しにくい蛆より最初からゾンビを狙ったほうが効率よく倒せそうだ。




「「「「「――ウジュルッ!」」」」」


 それから俺はベッドとベッドの間を激走しつつ、蛆に狙われたら立ち止まってベッドの横でうずくまり、本体のゾンビが来るのを待つ作戦に出た。


 マゴットたちを振り切って逃げられるならそれが一番なんだが、今のところやつらのほうが自分より素早いのでそれはできない。


 だからこうして両手で頭を抱えるようにしてガードを固め、ゾンビがノコノコとやってくるのを待つしかないんだ。


「ウゴォ……」


 お、来た来た。大抵の患者ゾンビは間抜けな鳴き声を発しながら迫ってくるのでわかりやすい。たまに齧ろうとしてくる厄介なやつもいるものの、ほとんどのゾンビは何故か両手で首を絞めようとするのでダメージを受けにくいんだ。かつては人間だったことの名残か?


 ゾンビどもが腐った目でひたすら俺の首を探している間に、それが攻撃とみなされてやつらはいずれ即死効果でくたばるって寸法だ。よし、今回は発動するのが結構早くてすぐに消えてくれた。早速出発するか。




「――ぐぐっ……」


 それからしばらく走っていたら、またしても蛆たちに絡まれてしまって、俺はいつものようにベッドの下にうずくまっていたが、本体のゾンビが中々現れなかった。


 たまにこういう風に延々と蛆どもに攻撃されるときがあって、やつらに比べて足の遅いゾンビが迷子になってしまうケースが往々にしてあるんだ。


 そういうときは蛆どもを相手にデスサイズの即死効果が発動するのを辛抱強く待つしかないわけだが、ずっと体を触ってくるゾンビと違い、一度離れた上で体当たりをしてくるので痛い上に即死確率も減るってことでかなり苦しかった。ゾンビを探そうにも、マゴットの群れを引き連れたままじゃ却って時間がかかってしまう。


 そんなわけで我慢して耐えていると、ようやく蛆が一匹まで減ってくれた。負担が軽くなったとはいえ、相当に体力を消耗してしまったのでしんどいが、急がなきゃいけない状況だしこいつが死んだらすぐに出発するか――って、待てよ……?


 モンスターたちは倒したら消えるとはいえ、それまで3分ほどの猶予があるんだ。つまり、消えるまでに食べてしまえば栄養になるかもしれないってことだ。


 最後の一匹が動かなくなったことで、俺は早速こいつを食べてみることにした。といっても生じゃさすがに怖いので、そのまま口にするというわけにはいかない。


 さて、調理開始だ……。


 横たわったマゴットの体に、俺はデスサイズの握る箇所の底を当てると、素早く回し始めた。これぞキリモミという火を起こす有名な作業だ。かなり前の話だが、キャンプをしたときに成功させたことがあるから大丈夫だろう……お、すぐに火がついた。やはりそこは速度の部分が大きく影響しているんじゃないか。


 それからほどなくして美味しそうな匂いが漂ってくるが、所詮は蛆だからな。とはいえ、そんなことを考えたら吐き気を催しそうなので、何か別の生き物だと思うことにする。


「モグモグ……うっ……ゴクンッ……」


 元の姿を想像してしまって吐き戻しそうになったものの、なんとか完食することに成功した。というか、見た目はアレだが味は意外と良かった。少し硬くて臭みがある海老みたいなもんだ。


 まさに生存競争サバイバルと言った感じだが、無人島じゃあるまいしまさかそれを病院でやることになろうとは。それでも腹は膨らんだし、こんな状況なんだから尚更栄養を取らないとな。


 さて、と。そろそろ行くとしようか。食事を終えた俺は立ち上がり、終わりの見えない超巨大病室の先へ視線を送った。野球帽、絶対に死ぬなよ……。

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