第6話 爆弾処理




「航太ー?」


「ツカサ」のTwatterを見てしまった次の日、なぜか大学へ出てこなかった航太を心配して、風間は航太の住むアパートを訪ねていた。


昨日の今日で休まれると、風間もさすがに気になった。インターホンを二度押しても部屋のなかから反応はなく、三度目を押そうとしたところで、突然ドアが開いた。


「うわっ、びっくりした……」

「……風間」

「どうしたのお前……」


ドアチェーンをつけたままこちらを窺う航太の目の下には、色濃く隈が浮かんでいた。陰鬱な空気を背負いながら、航太は低い声で言う。


「ちょうどよかった。入って。見せたいものがある」

「え、なに、怖いんだけど」

「いいから!!」


航太はクワッと目を見開き、突然声を張った。しかし次の瞬間弱々しく「ごめん……」と呟く不安定さに、風間は少し薄ら寒いものを覚えたが、友人の一大事の気配を感じて部屋に乗り込んだ。


「……適当に座っといて」

「お、おう」


ぽつりとそう言って、航太はふらふらと部屋の奥へ向かう。どうやら昨日帰ったあと何かあったらしい、と風間は察した。おそらく、「ツカサ」に関する何かが起こったのだと。


カチカチいう金属音の後、現れた航太の右手には、銀色のトング——夏にバーベキューをしたときに使ったものだ——が握られていた。


「これ」

「…………」


航太は顎の先でトングの先を指した。

そこには、やたらと分厚い封筒が挟まれている。どうやら手紙が入っているようだ。その扱いっぷりに、それが誰から送られてきたものなのか、風間はすぐに悟った。


「なんだそれ……」

「怪文書だよ」


即答しつつも、航太は「ふふ……」と不気味に笑った。手紙の封はされたままだ。航太も、中はまだ見ていないらしい。


「何、書いてんだろうな……」


緊迫した空気を和らげようと風間が笑ってみせると、航太は再びクワッと目を見開いた。


「知らないよ!! 怖くて見れないんだから!!」

「ああ、そ、そうだよな……」

「なんか分厚いし!! 重いし!! かっ、髪の毛とか、何かそんな、へ、変なもの入ってるかもしれないし!!」

「お、落ち着けよ……」


航太の目はぎらぎらと異様な光を宿していた。昨日帰ってこの手紙らしきものをポストで目にしてからというもの、航太のメンタルはガタガタだった。素手で掴むのは危険だと判断し、押し入れの奥からトングを引っ張り出してこの扱いに落ち着いた。


「これ見てから怖くてさ……、キャルメリは退会したんだけど、ずっとスマホが震えてる気がするんだ……」


まばたきもせずに、ぼそぼそと航太が言う。風間は苦笑いを浮かべ、室内には気まずい静寂が訪れた。


そんななか、航太は突然はっとした顔をしてトングを放り投げると、ポケットからスマホを取り出した。はあはあと息を荒らげる航太に、風間は慌てて駆け寄る。


「どうした?」

「て、敵の、敵の様子を探らないと……っ」

「敵?」

「あいつだよ!! あいつしかいないだろ!! あいつ、Twatterで何かやばいこと言ってるかもしれない……っ!」

「おい、やめとけよお前……!」


世の中見なくても良いものがあるのだと知りながら、錯乱した航太は昨晩のうちにTwatterアカウントを作っていた。

なかなか開く勇気が出なかったが、風間が来てくれたことで偵察する踏ん切りがついた。


航太がキャルメリを退会したことに宰が逆上して、個人情報を流しているかもしれない。

だとしたら、本格的に訴えないと——。


震える指で航太は宰のアカウントを探し出した。しかし気が急いて指がすべり、投稿メッセージは最新のものを通り過ぎ、数日前までさかのぼってしまった。







◆◆◆






ツカサ@top_of_theWorld411

Kちゃん!

今晩は、月がきれいですね。(文学的な意味で笑)



ツカサ@top_of_theWorld411

最近、寝るときはお気に入りの服たちに囲まれて寝てます。

全部Kちゃんからの贈り物です。



ツカサ@top_of_theWorld411

なんだか、巣作りみたいだな笑



ツカサ@top_of_theWorld411

こうして巣作りするアルファなんて、世界広しといえども僕くらいじゃないかな?

うーん、お恥ずかしい!(^^)



ツカサ@top_of_theWorld411

Kちゃん。

世界で唯一の存在。


それが僕です。



ツカサ@top_of_theWorld411

いつかKちゃんの巣作りも見たいな……。

なんてね。

やれやれ、贅沢だな!僕はv(^^)v






◆◆◆






しん、と痛いほどの沈黙が降り、航太の指は完全に停止した。

風間はスマホの画面を凝視したままの友人の顔を覗き込む。ひたすらに航太が哀れで、声の掛けようがなかった。


すると突然、航太はスマホを握りしめたまま、ぶるぶると腕を震わせ始めた。


「あ……ああ……」

「航太……?」

「ああああああああ!!!!」

「し、しっかりしろ!」


叫び声を上げながらその場にしゃがみんこんだ航太に怯えつつも、風間は震えるその肩を掴み揺さぶった。航太は髪をかき乱しながら、喘ぐように言う。


「ああ……、あ、頭がおかしくなる……!」

「こ、航太……」

「気が狂ってる……こいつ、気が狂ってるんだ……!」

「そっ、そうだな! 俺もそう思う! お前は正しいよ!」


航太の目は血走っていた。

度重なるスーパーアルファからの猛攻に、やわらかな航太の精神は追い詰められていた。


「こ、こいつきっとまた変なものを送りつけてくるんだ……っ! お、おれを精神的に潰そうとして……っ!」

「大丈夫だって! ちょっと、いやかなりヤバいだけで、航太に危害を加える気はないって!」


よく分からないフォローをしながら、風間は必死に航太を励ました。

普段温厚でおっとりした航太の影はそこにはなかった。キャルメリのメッセージから始まり、昨日のTwatter、そして送りつけられてきた怪文書が航太の心にとどめを刺してしまったのだ。


ひとしきり「狂ってる」をくり返した後、やっと呼吸を整え始めた航太に、風間はほっとため息をつく。


「ご、ごめん風間……、パニクっちゃって……」

「いや、おれは大丈夫だけど……」

「うう、怖い……」

「おれもごめんな。イケメンだからいいじゃん、とか言って……」

「いいよ、それは……」


青ざめたままの航太の瞳には涙の膜が張っていた。風間は改めて警察へ行くことを促したが、航太は力なく首を横に振る。


「親に心配かけたくないよ」

「でも、これじゃあさ」

「うん……」


引越しするにしても親に話を通さなくてはいけない。

過保護気味に育てられた自覚がある航太としては、今の事態を家族に伝える勇気はなかった。特に航太を溺愛している父や兄に「やばい奴につきまとわれている」なんて言った日には大騒動になることは目に見えていた。


アルファは本能的に、オメガを守る。そしてその想いから生まれる行動は、度を超えがちだ。航太はそれをよく知っていた。


途方に暮れる航太を見て、風間は明るい声でこう提案した。


「よし、航太。しばらくおれの家来るか?」

「え?」

「一人でいるとさ、やっぱり気が滅入るだろ」

「でも、迷惑じゃ……」

「気にすんなって」


航太には風間が神様に見えた。

慈愛に満ちたその微笑みには、後光が差していた。


「うっ……、ありがとう……!」

「いいっていいって」


そして航太は、その後一週間、風間の住むアパートに居候することになった。

ひとりじゃないという安心感を胸に、航太は久しぶりに深い眠りについた。


キャルメリを退会してからというもの、宰からのメッセージに悩まされることもなくなった。

Twatterを見る勇気はなかったが、スマホの振動がなくなったことで、航太の気は晴れた。


——犬に噛まれたとでも思っておけばいい。


そう考えてて、意気揚々と自室へ戻り、またいつも通りの日常がやって来た。

封筒は捨てるのも忍びなくて、三重にしたビニール袋に包み、さらに押し入れの奥へ突っ込んだ。


もう少し時間が経てば、いつかこれも笑い話になる。航太はのんきにも、そう考えていた。


だからその日、自室に帰って早々に鳴り始めた電話にうっかり出てしまった。


そう、出てしまったのだ。






『もしもし!航ちゃん?』






初めて聞く男の声だった。

しかしその声のテンションと呼び方で、航太は即座に相手が誰かを理解した。

両脚ががくがくと震え始める。


——なぜ番号を知ってるんだ。


スマホを耳に当てたまま、航太は呆然と立ち尽くす。


荷物を送ったせいで、名前と住所がバレているのは分かる。

でも電話番号は……。


そこまで考えて、航太ははたと気が付いた。

発送のときに書いた送り状。

あれは住所と名前と——電話番号を書く欄も、あったのではないか。

まだ何も知らなかった自分は、何の疑問も抱かず、そこに自分のスマホの番号を書いたのではなかったか。


もし、宰があのときの送り状を、まだ持っているとしたら……いや、持っているのだ。


だから、あんな手紙も送ってきた。


航太の鼓膜を、明るい声が震わせた。






『ごめんね、驚いた?つっくんだよ!』







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