第4話 ねぇ、轟君、どっちが正解?

―七月―

「雛ー、次プール!早く更衣室行こう!」

「うん!」

「あー、こんな紫外線の下で、なんで半裸にならなきゃいけないの?」

「だよねー」


雛、加奈枝、絵里は、不満をぽろぽろ零しながら、プールサイドへ向かった。

プールの授業は、男子と女子とで別れて行われる。しかし、思春期真っ只中の男女が互いの水着姿見て、両者、気にせずにはいられない。


特に、男子は…、

「うおー!白木しらきあいつ、胸でかくね?」

「マジだ!!」

「俺はあの足に惚れるね」

「いや、あの尻だろ!!」

ひそひそとそんな会話に芯柄が口を挟む様子はなかった。


逆に女子は、

「あ、成瀬なるせ、鍛えてるね。さすがバスケ部!」

「ウワー野口のぐちひょろひょろ。あれは太陽で溶けるね」

「アハハ。溶けるって!」

女子も女子で男子に負けぬ勢いで、褒めたり、けなしたりいている。

しかし、本当の女子の視線は、誰にって…決まってる。


芯柄だった。

「あちゃー!プールでも、轟君気怠そうー!」

「でも、男子独特のいやらしさがないよね!」

「うんうん!やっぱそこがクールだよねぇ」

他の男子を一回りして、それでも、そんな中でも、話題の中心は芯柄だった。



その時、加奈枝が雛にあるものがに気が付いた。

「あれ、雛、なに?その右太もも」

「え。あぁ、このあざ?昔からあるの」

「えー、なんか太ももだからエロイけど、そのあざ自体は可愛いね。桜みたい」


その声を拾った幾人の男子の中に、


「…お嫁さん…」


とつぶやいた男子が居た。

「なんだ?今誰か”お嫁さん”ていわんかった?」

「さぁ…」

「なぁ、芯柄は?聞いた?」

「聞こえもしなかった」

「そっか」



放課後、雛と加奈枝と絵里は部室へ向かった。そこへ向かう途中の廊下で、芯柄の事を報告しようと雛は思っていた。”轟君は、照れ屋なだけで、本当はちょっと優しくて、上手な演奏をすると、眠ってしまう”と。


しかし、何故だろう?言いかけたその時、何だかすごく生まれた時から徐々に育てたような、それくらい大切なものをあげてしまうような、宝物を取られてしまうような、心境だったのだ。

でも、二人の好きな人の事だ。きっと二人がそのことを喜ぶだろうし、楽器の上達ぶりも半端ないだろう。きっと楽しさも何倍も大きくなるだろう。

それなのに、どうしても、あの照れた顔は、すやすや眠るあの顔は、胸に秘密に閉まって置きたい…。そんな風に思ってしまい、とうとう言えないまま部室に着いてしまった。


「あ、中島さんと伊東さん!」

「はい!」

三年生の先輩に、部室に着くなり、呼ばれた二人。

「今日から、全体練習に参加して!あと一か月で大会よ。頑張ろうね!」

「はい!!」

「うわー!やったね、絵里!全体練習!この日の為に毎日朝もお昼休みも放課後も練習してきたんだから!頑張ろうね!!」

「うん!雛、絶対最低でも関東大会まで行こう!!」

「頑張ってね!二人とも!私もサポート頑張るから!」

「うん!ありがとう!」


それから、雛と絵里は必死に頑張って練習した。日々を重ね、二人の楽譜には、たくさんの書き込みが溢れるほど増えて、絵のようにカラフルになった。



そして、雛は、お昼休み、恒例となった出来事があった。お昼ご飯を、三人で食べ終えると、

「集中したいから、一人で練習していい?」

と、ちょっとの罪悪感を抱きながらも、たった一人の為の演奏会。

お客様は、どんなに一生懸命演奏しても…うんと練習したから、毎日、ぐっすり眠ってOKの合図をくれた。


それが、何とも言い難い可愛い寝顔だった。


しかし、それを加奈枝と絵里に伝えるとが、どうしてもできなかった。

それは雛にとって、それは、最悪な裏切り行為のように思えてたまらなかった。

けれど、知らぬ間に、雛は芯柄に惹かれ始めていた。

だからこそ、雛はある日、行動を起こす。


「ねぇ、加奈枝、絵里、お昼休み、屋上で練習してみ?絶対いい事あるから!」

自分だけ芯柄と過ごしていた事、可愛い寝顔を見られた時、『演奏うまいんだな』と言ってくれた事。

この秘密を、もう隠しきれなかった。



そして、二人は雛に言われた通り、屋上で練習を始めた。いつも、雛がいた場所だ。

そうこうしていると、壁の向こう側から二人の教祖様が現れた。

「ふーん…。あんたらも吹奏楽部ってやつ?」

「!」

二人は驚いて最初、声が出なかった。

「今日はフルートじゃねぇんだ…。ん?てかその黒い棒は見た事あっけど、その赤茶色の面白い形してるの、なんて楽器?」

「あ…ファゴットって言うの」

「へぇ…。ま、なんでもいいけど、眠くなんねぇな」

「え?本当?」


二人は”それくらいうまい”と言われたと、解釈した。



そして、教室に戻ると、

「雛!」

こそっと加奈枝と絵里が雛に耳打ちした。

「ありがとう、雛!轟君、毎日あそこにいたの?」

「え?ん…と三日前たまたま練習してたら、声かけられて、いつも寝てるって言うから、二人にも話しかけるかな?って、そう思って…。ごめんね、言うの遅くて…。忘れてて…」

「良いよ、そんなの!私たちの演奏聴いて、『眠くならない』って言ってくれたんだよ!それって褒めてもらえた、ってことだよね?」

「え!?」

「え?」

驚く雛に、逆に驚いた二人。

「あ…イヤ、うん。そうだと思うよ?良かったね」


毎日毎日”眠くなるから演奏してよ”と、と言われて、演奏が終わっても、すやすや眠る無邪気なだと思っていた。

(それは嘘だったの?私、ぬか喜びじゃん!)

雛の心には裏切られた様な気持ちしかなった。


その次の日、次の日のお昼休み、加奈枝と絵里は同じ委員会で、昼休み、招集がかかった。

その隙に、屋上へ行って、雛は壁の向こうへ回り込むと、…がいた。


「轟君!」

「ん?あぁあ…」

と腑抜けたような顔で雛を見上げた。


「どっちが本当?」

「は?」

突然の質問に意味不明な芯柄。

「眠くなる方が良いの?眠くならない方が良いの?」

「…なんで?俺みたいなど素人の判断、どうでもいいでしょ?」

「そんな事ない!どうでもよくなんかない!二人は轟君が好きなの!傷つけるような事したら許さないから!!」

ドアを思いっきり閉めると、階段を降り始めた。

その言葉に雛を追いかけ、芯柄が怒鳴りつけるように引き留めた。

「なんなの!?俺、あんたになんかした!?なんでそんな怒られなきゃいけないの!?」

「それは…」

もしも、眠くならない方が、気持ちいいなら、あんな毎日一生懸命練習してた自分が馬鹿みたいだから。寝顔に見惚れた自分が恥ずかしいから。『もっと聴いていたかった』と言う言葉が全部…全部嘘になるから…。


それが、悲しかった…。


「もういい」

「え?」

「もうお昼寝の邪魔しないから…」


そう言うと、雛は階段を早足で降りて行ってしまった。

「…なんだよ…なんなんだよ…ちくしょう…」



雛の奏でるフルートは芯柄にとってに心地良い音色で、あの音がしてる間は

幸せ夢を見る事が出来た。

、眠って、聴いてないようで、心の中で芯柄はちゃんと聴いていた。

本当に、夏の暑さを、フッと風を呼ぶような雛が吹くフルートはお昼寝の時間、欠かせないものになっていたのだ。


それなのに、ある日突然、まるっきり聴いた事の無い音がして、芯柄は嫌がったんじゃない。


悲しくなったんだ。



次の日のお昼休み、加奈枝と絵里は一昨日のように、芯柄に会えると思い、屋上で練習していたが、待てど暮らせど、反対側の壁から何の声もしない。

恐る恐る覗いてみると、芯柄はいなかった。

残念がる二人だが、そこで思わぬ人と出会う。


「ねぇ、南沢さんと伊東さんだよね?中島さんと同じクラスの」

「え?うん。そうだけど、あ、同じ一年の六組の高田たかだ君?」

「うん。二人に聴きたいんだけど中嶋さんは彼氏とかいるのかな?」

「え…いないと思うけど」

「そっか。なら良いんだ。ごめん。いきなり声かけて」

そう言うと、高田心たかだしんは屋上からいなくなった…。


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