第3話 熟睡される、雛のフルート
急なご本人登場に興奮した二人も、何とか頭を切り替え、教室に戻った三人。
授業が終わると、三人はは吹奏楽部の部室へ向かった。
そして、まだ雛と、絵里の、決まっていなかった木管五重奏の選曲に取り掛かった。
「ねぇ、雛はポップスやりたいって言ってたけど、候補はあるの?」
「そうなの?雛ちゃん」
聞き直したのは、九組(雛たちのクラスは、二組)のクラリネットの
「うん。ポップスって言うにはちょっと懐メロだけど、中島みゆき『糸』とか善いかな?って思ってるんだけど」
「あ、それ良い!
最後のメンバー、ファゴットの五組、
こうして、雛たち、木管五重奏の演奏する曲が決まった。
吹奏楽の大会は八月に行われる。それに合わせて、アンサンブルのテストは大会の二か月前、つまり、一か月後早々に行われるのだ。
そうしても、大会に出たい雛にとって、恋などしている場合ではなかった。
それから毎日、雛は朝、部活ののミーティングが始まる一時間前に登校し、練習をし、放課後も許される時間のギリギリまで残って練習した。
家では、腹筋を毎日百回やった。
楽器は”一日休むと三日分下手になる”と中学の時の先輩言われ、さぼったことはなかった。
そうして、アンサンブルの発表会で木管五重奏はS級と判断され、雛は大会に出られることになった。
「すごーい!雛、絵里、おめでとう!あたしら金管五重奏はB級だったよ。残念だけど、一年の代表として頑張ってね!」
「うん!!」
大会には、課題曲と自由曲の二曲を演奏する。雛は今まで以上に練習を重ね、仲間とも意見や提案を出し合い、先輩の足を引っ張らないようにと頑張った。その頑張りを見ていたのは(聴いていたのは)、意外な人物だった。
夏休み前の、最後の一週間、雛は、お昼休み返上で、屋上で練習していた。すると、
「へー、あんたうまいんだな」
とまた雛がいる壁の裏側から、聞いた覚えのある声がした。
振り向くと…、いた。
「フルートって言うんだろ?その楽器」
「と、轟君?」
「良い子守歌になるわ」
「はぁ…」
雛はため息をついた。
「それ嫌み?それとも本気?」
きつく睨む雛。
「本気」
寝転びながら、頬杖ついてそういう芯柄に理由もなく腹が立つ雛。それでも…、
「本当に…うまいと思う?」
「ん?思うけど?ま、俺ど素人だし、細かい事とか全然わかんないけど、眠くなる。昔、親父と行ったオーケストラって言うの?それすげーチケット取るの大変だった有名な楽団だったらしいんだけど、俺、すげー寝ちゃったもん。気持ちよくて。まるで春の小川沿いで眠ってる感じして」
「…」
雛は芯柄の何気に長い感想に、少し驚いた。
「ん?何?今度はそっちが無視?この前『失礼だ』とか言ってなかった?」
「…ありがとう。ありがとう!轟君!褒めてくれて、ありがとう!」
雛はキラキラした真っ直ぐな瞳で、芯柄を見て言った。
芯柄は、少し顔を赤らめたかと思うと、ひょいっと他所に顔を持って行ってしまった。
(あれ?まさか…照れてる?)
その後ろ姿も真っ赤に色づいたようにも見える、芯柄の背中に、
「ふ…ふふふふふふ…」
と笑いが止まらなくなった雛は、
「あんだよ」
と少し困惑する芯柄に、
「轟君て実は照れ屋さんなの?それで自己紹介もあんなだったの?この前の加奈枝や絵里に対する態度も?」
と畳みかけるように芯柄に質問を次々投げかけた。
「ちっ、ちげーし…」
(そうなんだ…)
「とりあえず昼休み終わるまで聴かせて。俺寝るから。じゃあな」
そう言うと、壁越し姿を消した。
その壁を挟んで寝たんだか、寝てないんだか、その壁の向こうで芯柄の真っ赤な顔は、誰も雛さえも知らない…。
芯柄の言う通り、お昼休みが練習を続けた雛。
そして、短い昼休みの終わりの告げるチャイムが鳴った。雛は練習を止め、ケースにフルートをしまうと、こっそり反対側の壁際から、こっそり覗き込んだ。
「轟君?もう予冷鳴ったよ?」
返事はない。
そっと近づいて行くと、すやすやと寝息をたてて、芯柄が熟睡していた。
(私の演奏、良かったって事かな?)
そう思うと、この熟睡っぷりも、何だか嬉しい雛だった。
少し見つめて…、よーく目を近づけてみると、
(あぁ…なんかわかった気がする…こんな格好良かったら加奈枝も絵里も夢中になる訳だ…)
思わず、見惚れてしまった。
(あ!やばい!起こさなきゃ!)
「轟君!轟君!お昼休み終わるよ!」
「ん…あ…もうんな時間かよ…。もうちょい聴いてたかった…な……!」
眠気眼をこすって、まだ半分夢の中みたいな無邪気な顔をして、雛にそう言いかけると、すっと我に返り、えらい恥ずかしい事を言ってたような気がして、慌てて階段を下りて行った。
その後すぐの顔を見ていたら、雛はどう思っただろう?
駆け下りて完全に聞こえなくなってしまわないうちに、雛は叫んだ。
「おれいはー?」
「ういー!」
「私たち、同じクラスなのに、置いてっちゃうの?」
少し膨れて雛も教室へ急いだ。
雛が教室に戻ると、芯柄はもう芯柄はもう席に着いて。机に突っ伏していた。
(あれだけ寝て、まだ足りないの?夜、寝れてんのかな…)
などと考えていると、容赦なく授業は始まり、雛の苦手な数学だったから、ついくのに為に必死で黒板を凝視していた。そんな雛を横目で見て、机に突っ伏したまま、芯柄は、にやけた顔を元のクールな顔に戻せずにいた。
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