第2話 なんだよ、ツンツン芯柄君!
「わー!お母さん!髪型ちゃんとなってる?変じゃない?」
「なってる、なってる」
高校の入学式、雛は身だしなみに余念がなかった。朝早くから制服のリボンを何度も縛りなおしたり、スカートの丈を確かめたり、ハンドクリームを塗ったり、特に、この日の為に覚えたヘアアレンジを昨日から練習し、今、それが出来上がり、母親にそれを見てもらったりしていた。
「ほら!行くわよ雛」
と母親にせかされ、
「はーい!!」
と急いで靴を履いた。
ぞろぞろと新入生が体育館に集まり、入学式が始まった。同じクラスの列に並び、ソワソワする雛。雛はこの高校では中学の時の友達はおらず、新しい友達がちゃんと出来るか、それだけが心配だった。
緊張で破裂するんじゃないかと、本当に心の中はパンパンの風船だった。
しかし、何とか、入学室を終え、それぞれの教室に誘導された。
「はい、皆さん、入学おめでとうございます。このクラスの担任になる、
担任の自己紹介にあるのは、次に待つのは誰もが嫌がる、恐ろしい自分達、生徒の自己紹介だ。
声は小さくならないか、噛まないで最後まで行けるか、声が裏返らないか、言葉に詰まったりしないか、へんてこりんな事を言ったりしないか…、誰もが経験する時間がやって来た。
出席番号順から言わされることでも、腹を立てる人も少なくはないだろう。
でも、雛は”な”行だ。はじめの方でも、遅い方でもない。ちょうど真ん中あたり。最高の名字だ。
みんなしどろもどろになりながら、緊張で咳き込む生徒もいた。
そして、ある男子が壇上に上がると、女子の目が輝いた。雛も、
(ちょっとタイプ…かも)
と、思ってしまった…が、
「
そう言うとさっさと壇上から降りてしまった。一瞬空気が息を止めた。
それをフォローするのが担任の使命でもある。
「轟!もうちょっとないか?好きな食べ物とかおんんがくとかさぁ!」
担任はきっと正しい言葉を言った。しかし、声をかけられたことなど、気にも留めないと言った感じで、席に着くと、大きなあくびをした。
(残念だったな)←作者の心の声
輝いた女子の目は一気に冷め…とはならなかった。そのけだるさな感じが逆にクールだ、とクラスの女子は認識したらしい。
「んじゃ、次、中島」
とうとう雛の番だ。
「はい」
樹院長しいの雛は、この時の為、一週間前から自己紹介を箇条書きにして、全部覚えられるようにずっと練習していた。
「初めまして。中嶋雛です。好きなものは自然です。母の田舎が、長野にあって、小さな頃よく森で遊びました。後は嫌いなものは人参とブロッコリーです。これからは、嫌いな事ものが減って好きな事ものが増えていくと良いなと思ってます。よろしくお願いします」
ぱちぱち…―。
(やったー!言えた―!良かった―!!)
と何とか難関を突破した雛だった。
その後は、特に何があるでもなく自己紹介は幕を閉じた。
初日でクラスの人全員顔を覚えるなんて不可能だ。だが、いい意味でも悪い意味でも一番印象に残ったのは、恐らく、轟芯柄だったに違いない。
「雛!お弁当、一緒に食べよ!」
「うん!今日も屋上で良いよね?」
「だね。実は立ち入り禁止だけど(笑)」
高校生になって、一か月、雛が一番仲良くなったのは、
と
そんな音楽的知識が一致する二人と、雛はよく気が合った。
「ねぇ、今度の一年生の実力見てもらうのに、校内アンサンブルコンテストあるじゃん?雛と絵里は木管五重奏で、私は金管五重奏に決まったね。木管五重奏は曲どうするの?」
「んーまだ決めてない。ね?雛」
「うん。選曲って大事だもんね。私常識破ってポップスやりたいかも」
「あ―それもありかも。残りの三人とも相談しようよ」
「うん!で、加奈枝は?」
「私たちはもう決まったよ。[A Whole New World]にした!」
「あ、良いなぁ!私もその曲好き♡」
と絵里が返した。
高校でも原則として、人数が足りない、個人の実力が突出して技術がある、などの厳しい条件でない限り、一年生は夏に行われる大会には出る事は出来ない。
だから、もしも、この校内アンサンブルコンテストで認められれば、一年生でも大会に出られるかも知れないのだ。気合の入る三人は、きゃいきゃい言いながら、お昼休みを満喫していた。
すると、入り口の向かいにある壁の方から、気怠そうにいやあ~な声がした。
「うっせーなぁ…。静かに寝かせろよ…」
ぺたぺたと、コンクリートと、上履きの張り付きながら、また離れて…の繰り返しで、誰かいると、三人が一斉に声のする方へ振り向いた…、
「と、轟くん!」
けれど、その名を叫んだのは、
加奈枝だった。
「ご、ごめん。いるの知らなくて…」
と今度は絵里が謝った。
すると、特に返事を返すわけでもなく、文句だけ残して、手すり棒にずるずる気怠い音を残しながら、屋上から立ち去ろうとした。すると…、
しかし、屋上から文句だけ残して、立ち去ろうとした。すると…、
「ちょっと!二人謝ってるじゃん!なんか言ったら?失礼だよ!」
ここで雛が二人をかばったのには理由があった。二人ともあの自己紹介の時から、芯柄の事が好きだったのだ。
その二人に、
「…あぁ、悪ぃ悪ぃ」
とまた捨て台詞を残して、芯柄は屋上から姿を消した。
「感じ悪っ!!ねぇ!?」
と二人の方を振り返ると、雛は驚き、呆れ顔をした。
二人は二人とも、キラキラした瞳で立ち去った芯柄の幻影を追いかけ、にんまりしていたのだ。
「…何見てんの?もう轟君、いないけど?それに謝り方も問題だったと思うけど?」
「…良いの良いの。めっちゃクール!しかもちゃんと謝ってくれたし。なんか、まだ轟君がいるみたいで…幸せ~…初めて轟君と話しちゃった!ねぇ!絵里!」
(ちゃんと謝った?あれが?)
「うん!話せなくても、鑑賞物?テレビのアイドルが、クラスに居る…みたいな?」
「…あぁ…そう」
二人の脳細胞がどう動いているのか、雛には到底理解できない事案だった。
キラキラを収めきれない瞳のままで、加奈枝が聞いてきた
「ねぇ、そう言えば、雛にはまだ聞いてなかった」
「ん?何?」
とまたお弁当を食べ始めた雛は聞き返した。
「雛は好きな人居ないの?」
「え?うーん…いない…かな?」
「そうなんだ」
今度は絵里が返した。
「じゃあ、タイプは?」
「よく笑う人が良いな!これは必須条件!」
これは、雛なりに芯柄信者の二人に対する嫌みだった。
しかし、二人に雛の嫌みは届かなかった。
「でも、轟君と話したの、みんなに自慢で出来ちゃう!」
「だね!でも、めっちゃくちゃ緊張しちゃったぁ!」
(どこが良いの?…あんな奴…)
と雛は心の中で思ったが、口にはしなかった。これ以上何を言っても二人は必死になって、芯柄の良い所を探すみたいに、言い返してくるのが目に見えていたからだ。
(そんなにいいかね…?)
やっぱり、理解出来ない、雛だった。
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