二度と逢えない…?でも、僕はいつまでだって春の真ん中で君を待つ。

第1話 私たち、結婚します。

「ひぃ?何処に行くの?」

「お散歩ー」

「あんまり遠くに行っちゃだめよー」

「はーい!」




中島雛なかじまひな、四歳の春。幼稚園も春休みを迎え、雛は毎春母の田舎に帰省していた。

長野県の中部の山間にある、母親の田舎は、奇麗な森と、涼やかで澄み切った川などがあちらこちらに広がっていた。

雛は、そんな森や川や空気の良い母親の田舎に、毎年春に帰省するのが、毎年、楽しみで仕方なかった。


そして、雛は、幼くも、初恋に出会う、特別な春となる。




「わーっ!お魚さんだー!」

【ピュイ】

「あ!今、鳥さんが鳴いたー!」


一人、もう遊びなれた森の中で、雛は色んな自然の世界に魅せられていた。

魅せられ過ぎて、そして、…コケた。


「…!」

グっと痛みを堪えようとする雛だったが、

「う…痛い…いだーい!あーママー!!」

傷は掠り傷程度だったが、子供の頃には、誰もが経験するであろう、この小さな傷が人生終わりに思える。

そんな、声は誰にも聞こえない森の中、神様の声が聴こえた。


「大丈夫?」

泣きじゃくる雛に、一人の男の子が声をかけた。

「?」

今までこの森に来る時は、ずっと一人で遊んでいたから、この森で人の声を聴いたのは初めてだった。


「僕、シン。君は?」

「ひー…」

「ひーちゃんか。可愛いね。傷見せて」

「うん」

少しポカーンとしながら、言われるがままに、擦りむいた傷を見せると、

「あぁ、これくらいなら、この奇麗な川の水で良く洗えばすぐよくなるよ」

「本当…?」

「うん。本当。傷洗うから、靴下脱いで」

”シン”と名乗った男の子は、とでもしっかりしていて、素早くけがの状態を把握し、適切な処置をしてくれた。


「シン君、何歳?」

手ですくった川の水で雛の傷を洗ってくれていたシンに、雛は尋ねた。

「四歳」

パシャパシャ水をかけながら、シンは答えた。

「え!ひぃちゃんも四歳かぁ!」

傷を洗い終えると、笑顔でシンは、

「へー。ひぃちゃんも四歳かぁ」

ぱぁっと、シンの顔が明るくなった。

その頬にえくぼが出来た。

「あぁ!シン君笑うとえくぼ出る!」

「そうだよ。良いでしょ?」

と、二人はすぐ意気投合し、森でたくさん冒険をした。

森で追いかけっこ。川で水を掛け合ったり、それは、長い間一緒に居たかのような時間だった。


また川に入ると、

「シン君!ひぃ、ここからジャンプできるよー!」

「あ!」

(危ない!)

シンは止めよとしたが、時すでに遅し。

雛は、なんの躊躇もなく、大きくジャンプした。

しかし、前の岸から反対の岸まではギリギリ届かず、渡り方が悪くしりもちをついてしまい、シンの目の前で、パンツ丸見えになってしまった。


危ない、と思った思考が、逆回転し、

「あははははははは!!ひぃちゃん、またコケた!パンツ丸見えだよ!!」

と、すっかり危機感んがなくなり、シンは笑い転げた。

またコケた事で泣きそうになった雛だったが、目に少し涙を浮かべてはいたけれど、ぐしゃぐしゃの泣いた顔は、シンの爆笑で固い表情はすぐに笑い泣きに変わった。

「…、えへ…。えへへへへへ」

とシンにつられて笑い出した。

「あ、ひぃちゃん、桜のあざがある!」

とシンが丸見えになった雛の右桃の内側に、桜模様のあざがある事に気が付いた。

「え?本当?」

と、一生懸命探そうとした時、雛は、は!とっした。

「あ!シン君スケベだ!!」

と、ぷくぅと頬を膨らませた。

「スケベじゃいないよ!偶然見えただけだもん!」

と、必死に弁解するシン。


二人は、まるで生まれた時から、一緒に居たかのように仲良く、時間を忘れ遊びまわった。

しかし、時間とは残酷なもので、二人が気が付くと、陽が傾き始めていた。



「…シン君、ひぃ…もう帰らないと、ママに怒られちゃう…」

雛が涙目になってシンの手をぎゅっと握った。

「そうだね。怒られちゃうね…。僕もそうだよ。また会おうね」

シンも、寂し気に、手を握り返した。

その時、


「シン君、ひぃ…シン君のお嫁さんになりたい!」

「本当!?やった!!約束だよ?」

「うん!約束!」


おませな二人だ。たった一日だけ遊んだくらいで、結婚の約束をしてしまった。

「じゃあ、ひぃちゃんに、これあげる!」

とシンが言うと、自分の左手首に縛っていた紐を外して、雛の左手首に結びつけた。

「これはね、ミサンガって言って切れると、願いが叶うんだって!」

「わー可愛い!じゃあ、このが切れたらひぃとシン君、結婚する時だよね!?」

こんな幼い男の子が、いっちょ前に、

「そうだね…」

そう言って、雛を抱き締めると、照れくささに耐えきれず、一言も言わず、森から離れて行った。

「またねー!シンくーん!!!」


返事は聞こえなかったけれど、体中にシンの温かさが残っている。


雛は、大人になるのが、少し、嫌になった。何だか…少し…。



薄暗くなった頃、雛は母親の待つ家へと帰ってきた。

そして、すぐに母親にシンの事を話そうとした。


「ねぇ!ママ!あのね!」

すると、びっしょり濡れた雛の服を見た母親は、

「雛!川に入って遊んだの!?」

と、怖い顔で雛に尋ねた。

「う…、でもね…」

続けようとした雛を置き去りに、

「川に入ったらダメって何度も言ったでしょ!?溺れたりしたらどうするの!?もう森へ行ったら駄目よ!!」

「…え…ヤダ!ママ!もう川入らないから、行かせて!!」

そう訴える雛に、母親は冷たく、いや、心配して

「だーめ」

と言い、台所に行ってしまった。



「う…わ―――――!!ママのバカ――――――――――!!!」

と雛は大泣きしたが、次の日から森へ行くことは許されなくなってしまった。


そして、次の年から春休みは父方の実家に帰省することになって、あの時のシンには、もうあの森には、二度といけなくなり、会えなくなった。


雛は、ミサンガを、失くさないようと、自分の宝箱の中にしまいこんだ。


それが不幸になり、一年一年、だんだんと、歳を重ね行くと同時進行で、雛の記憶からの存在は薄れ、高校生になる頃には、欠片も残らぬほどになってしまった――。

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