第28話 終焉

 伊織の葬儀が終わると翌日には、皆それぞれの家に帰って行きはじめた。翔はリラ達を見送るのは止めていた。伯父一家は英輔の車と、真奈の車で、空港に行った。

 アボは香奈一家に引き止められ、香奈たちの家に行くらしい。

 翔はアボに、

「俺のアイデアだけど、シンが色々小細工して、免許取ったり家を手に入れたりしていたようだし、それに極み爺さんの遺産とかある。それ貰っちまったらどう。どうせシンは黄泉に行ってしまったんだから、必要ない。アボが入れ替わったら良いと思うな」

「俺は誰が見ても、外国人だぞ」

「日の国の奴に化けられないのか。この前病院で妙な技使ってないか」

「妙な技とは心外だな。皆を落ち着かせていただけだ。俺はシンの様に化けることはできないぞ」

「ふうん、じゃあシンがアボに化ければいいんじゃないかな。免許証の写真を入れ替えてもらえばどうかな」

 アボは辛抱強く、もう一度言った。

「何度も言うようだが、俺は日の国の男じゃあない」

 翔も負けずに言い張り、

「ハーフって事にしたら」

 そこへシンが現れた、事件でもないのに良く来られたものである。アボに全部渡す気なのか。そのくせ、翔に反論する。

『言っておくが、親も日の国の者の設定にしておるから、ハーフでは無いのう』

 翔は訊いてみた。

「それならどうして来たのさ」

『写真を入れ替えるのであろう。主のアイデアなら、齟齬があるのは仕方あるまい』

「じゃあ、シンには齟齬のないアイデアでもあるの?」

『アボは、日の国の生まれじゃと言い張るしかあるまい』

「だろ。そういう事でアボ、晴れて香奈姉ちゃんと結婚できるね。シンがこの前、工夫してでっち上げたものくれるって。シンはホントに良い人、じゃあなかった良い龍だねえ」

 喜べば良いものを、アボは何故か不満気だ。

「お前らはそれで良いだろうが、はっきり齟齬のある本人としてはなあ」

「もう人間になり切るつもりになっているね、今の言い方では。突然変異でこの顔になったって事にすればどうかな」

 翔が結論付けた。

 シンは舞羅と暮らしたかった日々に、でっち上げて作った人間としてのあれこれを、アボにすっかり渡した。すでに全部揃えて持って来ていたのだ。

『これが役にたつ事になって良かった。我では無くても、お主が我の代わりに幸せになれば我としても本望と言うもの・・・』

 そう言いながらシンは消えてしまった。

「もう行ってしまったのか、俺の礼の言葉を聞く気にはなれなかったと言う事かな」

 アボはそう言いながら、香奈たちと帰って行った。香奈たちにはシンは見えなかったらしい。シンはきっと香奈が知れば、真奈や舞羅にも知られてしまうと思ったのだろう。翔はこの事は誰にも言えない、黙っておこうと思った。

 皆、帰ってしまった。見送り終えて、翔は家に入った。すると美奈が一人ぽつんとソファに座っている。

「あれ、ママは伯父さんたちを見送りに行かなかったの。支度していたみたいなのに」

 美奈は、翔を見て、

「こっちに用事があったのさっ」

 と、図太い声で叫んだ。

 翔は慌てて、御神刀を取りに行こうとした。しかし、美奈に入っている奴に実体は抑え込まれたので、霊魂に変わり、素早く御神刀を手にした。自分の本体の方を、振り返ると、美奈は倒れており、美奈から抜け出たらしい奴が、翔を切りつけていた。

『何して居やがる』

 と、御神刀で切った。あっさり消え果てたが、気が付くと翔の周りには、二十人以上は居ようかと思える大勢の奴がいた。おそらく、昨日和夫が言っていた、地獄に落ちたと思われる紅軍団の性根の腐った奴らだろう。

『お揃いで何の用かな』

『お前のような奴が、紅軍団の長とは片腹痛いわ』

『その件なら俺も同感だが、他に適当な奴が居なかったんだ』

 翔が言い返すと、囲んだ奴の中でも、一際、質の悪そうなのが、

『そんな事は無い。我ら、死しても軍団の使命は果たす。その御神刀を寄越せ。我らで地獄の魔物を一掃しに行くのだ。その御神刀さえ有れば、こっちの勝ちだ』

『あのう、あんたらも、そのお仲間になっているのに気が付かないの』

『何、デタラメを申すと、只ではすまぬぞ』

 すると、別の奴が、

『御心配には及びませぬぞ、奴の本体は田辺の者が遺恨があった様で、先ほど始末しましたぞ。どこぞから猛毒を手に入れ、奴の体をその毒を塗った刀で始末しましたから、体が朽ち果てれば霊魂も、この世に存在できませぬ。御神刀は何もせずとも手に入りますぞ』

 翔はそれを聞いて、何だか笑えて来た。

『ぷはっ』

 と噴出した。自称、長のつもりだった奴が、訝って言った。

『貴様、何が可笑しい』

『お前ら、もう地獄の住人じゃあないか。操られて御神刀を手に入れに来たくせに。次の魔王か何かに命令されているんだろう。今、そいつが匂わせたじゃあないか。刀に地獄の毒を塗ったんだろ。言っておくが俺は死んだら、お前らとは違う所に行くのさ。御神刀は持って行く、渡さないぞ』

 すると、そいつは顔を真っ赤にして怒り出し、

『ええい、何をごちゃごちゃと言い出す。皆の者、この小憎らしい奴をやってしまおう』

 と声を掛け、周りの奴も、

『おおーっ』

 と叫び、翔を襲ってきた。もうはっきり言って無茶苦茶と言うものだ。

 翔は応戦したが、何だかいつもと違い、うまく動けない気がしてきた。

『ちぇっ、毒が霊魂に迄、回って来たのかな』

 御神刀は毒から守ってはくれなかったのかな。考える間がなく、必死で応戦した。段々調子が出てきたように思えた。黄泉で練習していたからだろう。だが、あの奥義を使う力は残っているだろうか。不安になってはいけないと、考えを振り払い、無心になって戦った。

 だが、少し痺れが出たのか避けられず、背中からバッサリ切られた。翔は翻って切った奴を倒した。

 テレビのチャンバラの様には、一人ずつ襲って来てはくれないし、切りつけて来る順番は決まってはいない。

 背中の傷は直ぐ回復した。御神刀が守ってくれたのだろう。

 だが、翔はこのままでは全員始末する前に、毒が回ってしまいそうな気がした。あの奥義を使わなければ時間がない。

 翔は必死で集中して、光一さんがやって見せた、光に似せた速さって言うのを思い出そうとした。毒が回って来ているようで、良く思い出せない。

 兎に角、速く動くんだった。出来るだけ一生懸命動いた。するとしばらくすると不思議な感覚になった。一瞬で相手が倒れて行く。その時まだ十二、三人残っていたが、それからはあっという間に片付いた。

『ちゃんと思い出していたんだな』

 翔はため息をついて、呟いた。

 気が付くと、横にシンが居た。

『随分来るのが遅いじゃあないか。俺の体見ろよ。死にそうになっていないか』

『確かに、間に合わなかった』

『この前、話したとき分かっていた?』

『うむ』

『でも、7、80年って言ったね』

『普通言えまい。寿命など』

『他の龍神も知っていたんじゃあないか。今、思えば皆優しかったな』

『そのようだな』

『黄泉に行ったら、もう会えないのかな』

『行くところが違うからのう。本当の別れじゃな』

『シン、いつも助けてくれて、有難う』

『肝心な時には、間に合わなかったがの』

『いいよ。俺、黄泉に行ったら、この間の続きをするつもりだ。きっとしっぺばかりして、指が痛くなるはずだな。負けなしだ。そうだ、ちょっと今から行って来る。俺の葬儀の時は戻って来るから。葬儀の時会えるだろ』

 御神刀を、その辺に転げ落として、翔の霊魂は黄泉へ自ら行くつもりの様である。

『我は必要とされておらねば、下りては来れぬのだが・・』

 シンが言いかけたが、翔はとっとと行ってしまった。

『もう会えぬのう。さらばじゃ、翔』

 シンは見上げて呟き、翔の落とした御神刀を拾った。

『これはアボにでも渡しておこうかの。あの漢、自らとっとと黄泉に行ってしもうたのちに、この世に戻って来れようとは思わぬがなあ』

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翔の冒険 2 龍冶 @ryouya2021

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