第27話 龍神が助ける者

 翔は我ながら、自分の馬鹿さ加減が身に染みた。倒れていた筈の叔母の事を失念していたのが、信じられない。自己嫌悪になりながら、自分の体に戻ると、自分の体の状態をあまりよく見てはいなかったせいで、悲鳴を上げる事となった。

 上も下も管が付いていた。痛くなっていたので、自分で引っこ抜いてしまったが、看護師さんを呼ぶべきだった。異変の状況がナース室に送られ、看護師さんが慌ててやってきた。

 その時は、アボは所定の位置らしいソファと言うより椅子に近い代物に横になり、寝たふりをしていた。

 看護師さんは優しく、

「まあ、目が覚めたんですね。皆さん心配されていましたよ。自分で抜きましたか。良いんですよ。でもちょっと見せてくださいね。あ、点滴はしておきましょうね。もう一度セットしましょう」

 看護師さんは、翔を色々チェックしながら、

「付き添いの方は良く寝ていらっしゃるから、そっとしておきましょうか。桂木さんが目が覚めるのを待っていて、一昨日はお眠りではありませんでしたから、お疲れになったんでしょうね。毎日ご家族が来られて、心配されていましたよ。桂木さんは目が覚めれば退院だったんですけど覚めなくてね。頭を打った場合、原因が分からなくても昏睡状態になる人も、居るには居るもんですからね。多くはありませんけど。そうなるかもしれなくて、昨晩こういう処置をしたんですよ。朝になったら、ご家族が来られて、皆さん喜ばれるでしょうね。明日は退院ですからね」

 ずうっと看護師さんのお話は続いたが、アボは頑張って寝たふりをしている。翔はされるがままになりながら、叔母さんはきっと、翔の家で皆と一緒に泊っていたんだろうなと思った。それで御神刀を持って来てくれたんだろう。今度の事で、世話になったのに、お礼も言わなかったな。と思うと泣けてきた。今までも、三人の姉弟の中では一番可愛がられていたのに、酷い甥である。

 葬式の時は、黄泉から戻って来てくれるだろうか。ひょっとしたら、シンみたいにしばらく翔には会いたくないと思って、来ないかもしれない。

 翔は紅軍団の奥義を教えてもらい、有頂天になった事を反省した。これで何もかもうまくいくとあの時は思ったが、今となっては何だか自分が疎ましい。

『そうだ、リラの弟達にこの技を伝授して、お役御免になろう。俺は長なんて柄じゃあない。それに俺は苗字が違うだろ。代々広永家が本家として長を務めていたんだっ』

 翔は、看護師さんが居なくなったところで、むくっと起き上がりその決心を霊魂になって言った。思い立つと、さっそく御神刀を持ち、USBBのリラの所へ行こうとすると、アボが寝たふりを止めて、

『おい、また寝てしまうのか。大概で退院しろ。それに叔母さんの葬式に出ろ』

 と翔の霊魂の腕をつかんで引き留めた。

 それもそうだと、元に戻った翔は、叔母さんの事を思って、涙ぐんだ。実態になると、泣けてきて良くないと思うと、

『泣くのが真面だろう』

 アボに指摘された。

 朝になると、真奈や香奈が子連れで血相を変えやって来た。病院の中だと言うのに、ドタバタ走って来る。ドアを激しく開けると、

「アボ、伊織叔母さんが寝ている間に死んじゃった。翔、目が覚めたね。泣いているの。叔母さん、魔王か何かに殺されたの?」

 真奈や、香奈、そしてその子供達も、そう言った事を口々に叫ぶ。

 翔は静かにしないと、皆の叫ぶ内容を聞いた病院関係者が、集団ヒステリーの奴が来たと、精神科病棟に入れられるんじゃあないかと心配になった。

 アボも、そんなところを考えただろう、

「ここは病院なんだからね。皆、静かにしようね」

 と、低い声で話しかけると、皆叫ぶのを止め、深呼吸などを始めた。きっとアボは、何か技を使ったと翔は察した。

 看護師さんたちや、他の患者がこの騒ぎを見に来ることも無く、他の病室はひっそりしている。アボはそっちの方の人達にも、何かしたんじゃあないかと思った。そうでなければ誰かやって来るはずだ。

 今更ながら、龍神の力は凄いと思えた。

 舞羅が、

「叔母さん此処で死んだの。叔母さんも霊魂になって動けたんだね。知らなかったけど」

「俺も今日、初めて知ったんだ」

 翔はそう言うと、布団にもぐり込んだ。アボが代わりに、話している。

「魔王が翔を狙ってやって来たが、伊織さんが御神刀を、持って来てくれたし、シンが加勢に来てくれ、成敗できた。伊織さんは魔王の怒りを買って、殺されてしまった。あっという間の事で、私は助けることが出来なかった。翔は黄泉で伊織さんの家族や強さんと剣術の稽古をしていて、光一さんから紅軍団の奥義を授かったそうだよ。それをシンや私に伝えたので魔王が倒せた。今回やって来た奴が本当の地獄の主だったらしい。私を毒で殺そうとして殺しそこなったのも奴だ。私も恨みを晴らすことが出来たのは、伊織さんの働きがあってこそだった。死なせてしまって、申し訳なく思っている」

 アボは本当に、日の国の言葉が堪能だ。翔は聞きながら、自分はこうキチンとは事情を言えないと思った。

 真奈が、

「その話、ママにしてやって、アボ。さっきもう、叔母さんは冷たくなっているのに救急車を呼んでとパパに話していたから、あたし達皆、居た堪れなくなって、翔のとこに行くって、出て来ちゃった。翔、退院の手続きしに行こう。早く着替えてね」

 そう言われた翔は、ずるっと起き上がると、手続きを済ませ、皆で家に帰った。


 家では、美奈は泣いてばかりなので、英輔ひとり、葬儀屋と打ち合わせしていた。翔を見ると、

「翔、お前が和夫達に知らせてくれ。俺はまだそこまで済んでいない」

「熊蔵さんとこは?」

「あっちは止めておこう。この間で懲りた」

「ふうん」

 翔は気付かなかったが、英輔は追い立てられたのが、ショックだったらしい。親戚付き合いはもう、しないつもりなのだろうか。母親の様子を見に行くと、伊織叔母さんを寝かせた横で、アボに話していた。

「今日は伊織ちゃんと翔の見舞いに行って、それから、お昼を食べて帰る事にしていたの。最近、病院の近くに和食のおいしい店が出来ていたから、そこに行く事にしていたの。今朝、皆、起きて来たのに、やけに朝ご飯を食べに来るのが遅いと思って見に行ったら、まだ眠っている様に見えたのよ。声を掛けてもまだ寝ててね。だから朝ごはんの用意しに戻って、・・・」

 と言っている。アボがママに話している。事情を話しながら、ママを慰めてくれている。

 翔は外に出て、リラに電話して、伯父さんに変わってもらおうと思った。ママの泣き声が聞こえてきた。きっと気が済むまで泣いた方が、立ち直れるのだろう。

 翔が、和夫伯父さんに伝えると、一家は伊織叔母さんの葬儀に全員出席するそうで、一番早い飛行機に乗って行くと言っていた。

 霊魂で翔が行く必要も無く、話を付けることが出来そうだ。葬儀に来るに決まっているのにと思い、翔は自分のやっている事、やろうとしている事に、不信感が湧いてきた。子供の頃から、出来の良い方では無かったはずであるが。自分の頭は、限界に近付いているのではないのか。順番で行けば広永和夫一家が、継ぐべき紅軍団長の役目である。和夫伯父さんに言って、話を付けねばならない。そう決心した翔は、少し気が済んで、伊織叔母さんの横たわる側へ行ってみようと思った。

 美奈は涙に暮れている。

「ママ、大丈夫?今日、何か食った?」

 翔は母親の様子を見て、心配になった。

「ううん。食べたくないの。それより翔の方も大丈夫だったの。ママ、今日お見舞いに行くつもりだったのよ。伊織と一緒に、ううっ」

 叔母さんの名を口にする度、泣けてくるらしく、話題を変えようと思う翔である。

 辺りにアボが居ないし、子供たちの声もしないのできっと外で遊ばせていると思って、

「所でママ、さっきまで居たアボの事だけど、香奈姉ちゃんと、どうも相思相愛らしいんだよ」

 母には、教えておいた方が良いと思った。翔らは両親に内緒の事が多すぎると、最近気が付いたのだ。

「そうらしいわね、そのことで喧嘩になったんだってね。香奈に聞いたわ」

「知っていたの。俺、気が付かなかったから、アボに悪いこと言ったなと思うけど。アボの様子では何だかもう、アマズンに帰っちまいそうだ。俺がぶち壊したみたいで、ちょっと困っているんだ。ママはどう思う」

「大丈夫よ、心配しなくても。翔がどうこう言っても、なるように成る物よ、こういう事は。それより翔、あたしよりも元気ないみたいね。きっと無理しているんでしょう。昨日もその事、伊織と話していたのよ、ううっ」

 翔はどうしても、最後は叔母さんの話に戻るなと思い、会話はこれで止めておいた。


 広永和夫一家は、早い便と言っても、次の朝しか席は取れなかったそうだ。一家総出だからだろう。午後からの葬儀では皆、悲しみに暮れていた。リラ達も伊織叔母さんとは仲が良くて、ケインやアンリもすっかりしょげていた。

 翔はこんな日に言い出すのも気が引けたが、彼らも長居するはずは無いので、葬儀が終わった夜、和夫に話した。

「伯父さん、俺、アボの能力で黄泉に行ってきたんだけど、そこで光一伯父さんから、奥義を教えてもらったんだ。剣術のをね。格闘技の方はまだだけど。それでケインとアンリに伝えたいんだけど、こっちが落ち着いたら、USBBに行ってしばらく滞在してもいいかな」

「意味が解らんな。お前が伝授されたんだから、お前の技だろう。大体ケインとアンリの才能の有る無しが、お前に分かるか。私は今まで育てて良く判っている。剣術の才能など全くない。親が言うのもなんだが、ハーフだからな。生まれつき忍びにはなれない。体格が向かないんだ。はっきり言って動きに、しなやかさが無い。日の国の刀を持ってどうこうとかは、できっこないんだ。で、私は剣術の基本の技も教えていない。格闘技は少し教えたがな。熊蔵さんも同意見だった」

 翔は、二人きりで話しているつもりだったが、気が付くと、リラ達姉弟が立ち聞きしていた。リラは翔に、

「翔ったら、もう自分の立場を持て余しているんだね。あんたしか居ないんだよ。今はね。観念しなきゃ。次に誰か、才能のある子が生まれてくるまではあんたが長だよ。次が生まれて来るかどうかも分からないって、熊蔵さんが言っていた。あたしが子供の時にね。それで困っていたんだから、熊蔵さんは」

 和夫伯父さんが、極めつけの話を言い出した。

「こうも跡取りになる器の者が居なくなるのは、魔物と私達紅軍団の決着は、終わりに近づいているのだろうな。この間の明ゾンビが、軍団の諸派のメンバーたちをことごとく始末していたんだよ。日の国に滞在している者はほとんど全員な。皆、人里離れた所に住んでいたから、表ざたにはならなかったから、知らなかっただろうな。桂木家は一番裾の家系だが。私は、龍神様は桂木家しか助けないと見た。他の流派は、龍神様のご意向には、外れてしまっていたようだ」

「外れたってどういう事」

「性根が腐ってしまったのさ。昔から殺戮を繰り返していてな。皆、死ねば地獄に行きそうな、殺戮を好む奴らだった。本性がな」

「あのう、その人たち皆死んだって、今、言いましたよね」

「ああ、地獄のメンバーになったろうな。だが心配はあるまい。お前が手こずるような奴は居ない」

「翔、頑張ってね。あたし、実を言うともう無理。最近良く分かった。このままじゃあ、翔の足手まといになる。シンが加勢するのは翔の家系よ。あたしんちじゃあない」

「皆、俺を煽てて、関わらないつもりだな。薄情な奴らだ。良いよ、もう頼まないから」

 そう言って翔は部屋を出た。

 広永一家は何のための広永家かと思ったが、和夫伯父さんの話をもう一度思い出し考えて、どうやら広永家も、龍神様のご意向から外れているらしいと思えてきた。そうでなければ、光一伯父さん一家を助けていなかった理由が分からない。

 シンがやって来たのは、翔のピンチからである。それに思い至ると、翔は何だか不思議な気分になって来た。

「俺って、どの辺が龍神様のご意向に合っている訳?シンとはよくケンカみたいになるのに」

 呟きながらキッチンに行き、冷蔵庫を開けて、食い物を探した。どうやら、頭に栄養が行き渡っていないらしいと思った。残り御飯を温めて、脳には炭水化物だなと思いながら食べていると、美奈がやって来た。

「あっ、ひょっとしてこれ、ママが食べていない分だったかな。もう食って無くなったけど」

「いいのよ、喉が渇いたから、お茶を飲もうと思ったの。翔はたくさん食べないと、少し弱ってしまったみたいよ。気弱にな事言ったりしているでしょ」

 リビングで騒いでいたのが聞こえたのだろうか。

 母親の悲しそうな顔を見て、しっかりせねばと考える翔だった。



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